第三章 三種の神器を求めて

第三十話 柚子、再び

 篤丸が得た情報により、綾姫と瑠璃が、静居にとらわれていると確信した柚月達は、聖印京に帰還することとなった。 

 だが、彼らの様子が変だ。

 全員、いつもと違う衣服に身を包んでいる。

 しかも、髪の色が漆黒だ。

 朧と光焔は、銀色。

 餡里は、灰色だったというのに。

 しかも、皆、髪の毛が短い。

 まるで、変装しているようだ。


「戻ってきた。けど、やっぱり、そう簡単に入れそうにないな」


「ああ……」


「ここまで、送ってくれた帝に感謝しないと」


「ああ……」


 柚月は、とうとう、聖印京まで戻ってきたようだ。

 こっそりと、聖印門の方を確認するが、やはり、隊士が、門の前に立っている。

 そう簡単に入る事はできなさそうだ。

 朧が、柚月に話しかけるが、柚月の様子が、おかしい。

 まるで、上の空のようだ。

 柚月は、一体どうしたというのだろうか。


「朧、柚月の様子が……」


「うん、仕方がないんだ。兄さん、納得してないだろうし……」


 柚月の様子が気になったのか、光焔は、朧に尋ねる。

 彼の身を案じての事なのだろう。

 だが、朧は、困惑していた。

 柚月の様子が、おかしいのには、わけがあったからだ。

 なんと、柚月も、変装している。

 だが、朧達とは、異なった姿をしていたのだ。

 長くて、黒い髪に、女性物の衣服に身を包んでいる柚月。

 そう、柚月は、女装していたのだ。

 もちろん、本人の意思は、無視されて。

 ゆえに、柚月は、落ち込んでいるというよりも、機嫌が悪かった。



 さかのぼる事、少し前の事だ。

 柚月達が聖印京に戻ると決意した時であった。


「けど、兄さん、行くって言っても、そう簡単には、潜入できないよな?」


「確かにな。俺達は、お尋ね者だしな……」


 戻ると決意したものの、柚月と朧は、聖印寮に追われている。

 ゆえに、このままの格好で潜入など不可能だ。

 瞬く間に、捕らえられ、処刑されてしまうであろう。

 そうなれば、光焔も、餡里も、巻き込むことになってしまう。

 だが、どうやって、潜入すればいいのか、柚月は、答えが出せず、悩んでいたのであった。


「なら、変装すればいいよ。その方が、潜入しやすいよ」


「助かります。蛍さん」


 蛍が、提案する。

 変装すればいいのだと。

 そうすれば、柚月達が、潜入しているとは、気付かず、捕まることもないであろうと推測したようだ。

 さすがは、女装の名人・蛍。

 朧は、蛍に、感謝した。


「じゃあ、ちょっと待ってて、衣装とってくるから」


「あても行きましょ」


 蛍は、衣装を取りに部屋を出る。

 だが、なぜかは知らないが、撫子も、ついていくと言って部屋を出たのだ。

 なぜ、撫子もついていったのであろうか。

 柚月達も、濠嵐達も、わかっていないらしい。

 とにかく、柚月達は、撫子と蛍が戻ってくるのを待った。



 しばらくして、撫子と蛍が戻ってきた。

 衣装を手にして。


「はい。どうぞ」


「ありがとう、助かります。……て、これ」


 蛍が、柚月達の前に、衣装を置く。

 柚月は、感謝しながら、衣装を手にしたが、固まってしまった。

 あっけにとられた様子で。

 なぜなら、柚月の衣装だけ、朧達と異なっていたからだ。

 彼が手にした衣装は、なんと、女物であった。


「女物ですよ?」


「うん。そうだよ」


 柚月は、目を瞬きさせる。

 間違って持ってきたのだろう。

 柚月は、そう、自分に言い聞かせ、蛍に尋ねった。

 だが、蛍は、堂々とうなずく。

 間違って持ってきたわけではない。

 柚月が手にしている衣装は、女物であるとわかってて持ってきたのだ。


「いやいや、俺、男なんですけど?」


「わかってるよ?」


「じゃあ、なんで?」


 柚月は、自分は、男だと告げるが、これまた、蛍は、堂々とわかっていると告げる。

 全くもって、意味が分からない。

 なぜ、男だとわかっていながら、女物の衣装を持ってきたというのだろうか。

 柚月は、顔を引きつらせ、蛍にもう一度、問いただしたのであった。

 しかも、不機嫌になって。


「そりゃあ、決まってますやん。全員、男やと、怪しまれてしましますから」


 蛍の代わりに、撫子が答える。

 全員、男だと、怪しまれるため、女性だと思わせ、怪しまれないようにするためだと。

 彼女の言葉を聞いた柚月は、衝撃が走った。


――絶対嘘だ!俺を女装させようとしてる!!そうに、決まってる!!


 柚月は、撫子の言葉を全力で否定する。

 絶対に、女装させるための口実だと。

 だが、そんな事、口が裂けても言えない。 

 相手は、帝なのだから……。


「あ、あの、俺には、女装は務まりません。すぐに、気付かれてしまいますよ……」


 柚月は、顔を引きつらせ、やんわりと拒否する。

 なんとしてでも、女装するのを避けようとしているのだ。

 あの悪夢をもう一度味わうわけにはいかないと。

 が、しかし……。


「え?せやけど、朧から聞いてますよ?女装したことあるって。しかも、綺麗やったって。見てみかったんどすよ~」


 撫子が、楽しそうに、語りかける。

 朧から聞いていたのだ。

 かつて、柚月は、女装をしたことがあると。

 朧曰く、綺麗だったらしい。

 ゆえに、撫子は、どうしても、柚月を女装させたかったのだ。

 まさか、朧が、そのような重大な情報を漏らしていたとは、柚月は、気付かず、思わず、朧をにらみつけた。

 しかも、朧が、女装した柚月の事を綺麗だったと思っていたとは、思いもよらずに……。


「ご、ごめん……。そんな事、言ったかも……」


 朧は、困惑しながらも、柚月から目をそらす。

 実の所、朧は、覚えていないのだ。

 おそらく、最初に、ここを訪れた時、柚月の事を話した時に、うっかり、しゃべってしまったのだろう。

 撫子は、その事を覚えていたのだ。

 何とも、恐ろしい展開だろうか。

 柚月は、げんなりしていた。


「そういわけやから、着てみて?」


 そんな柚月の心情を気にすることなく、撫子は、女装してみてと柚月にせがむ。

 それも、満面の笑みで。


「いや、お断りしま……」


「着てみて?」


 柚月は、断固拒否しようとするのだが、撫子の黒い笑みが、柚月に迫る。

 微笑んでいるというのに、まるで、圧力をかけているかのようだ。

 ゆえに、柚月は、断れなくなってしまった。


「……はい」


 柚月は、とうとう、うなずいてしまった。

 女装をすると……。


 

 こうして、柚月は、再び、柚子となることになってしまった。

 しばらくして、着替え終えた柚月達は、撫子の前に姿を現した。

 もちろん、柚月は、不本意ながら。


「いいどすなぁ、朧は、男前やわぁ」


「あ、ありがとうございます」


 撫子が、最初に目にしたのは、朧だ。

 幼い朧を見てきたからであろう。

 こうしてみると、やはり、朧は、男前だと改めて、感じさせられる。

 朧は、照れながらも、うなずいたのであった。


「光焔も、餡里も、決まってますよ~」


「は、はい、ありがとうございます!」


「まるで、別人のようだ。これは、驚きだ」


「そうでしょ?変装はいいよ~」


 次に、撫子が、目にしたのは、光焔と餡里だ。

 光焔と餡里は、まるで別人のようで、似合っている。

 餡里は、戸惑いながらもうなずき、光焔は、自分の変装に、慣れていないものの、褒められて嬉しそうであった。


「けど、やっぱり、一番、似合うのは~」


 だが、撫子と蛍が一番注目しているのは、やはり、柚月だ。

 その場にいた全員が、一斉に、柚月へと視線を向ける。

 柚月の女装は、完璧だ。

 どこからどう見ても、女にしか見えない。

 これで、目の前にいる人物が柚月とは、気付かないだろう。

 誰もが、そう確信していた。


「はぁ……」


 柚月は、思わず、ため息をついてしまう。

 なぜ、このような展開になってしまったのか、未だに理解できないからだ。

 だが、彼の心情とは、裏腹に、撫子は、楽しそうに、まじまじと柚月の顔を見つめていたのであった。


「ほんに、綺麗やねぇ。思うたとおりどすわ~」


 撫子は、惚れ惚れした様子で、柚月を見つめる。

 彼女は、柚月を褒めたつもりだ。

 だが、「綺麗」と言う言葉は、柚月にとって禁句であった。

 柚月は、初めて、撫子に殺意を抱いたのであった。


「兄さん、落ち着いて!頼むから!」


 朧は、柚月から、殺気を感じたのだろう。

 慌てた様子で、小声で柚月をなだめさせた。

 もちろん、柚月は、怒りを押し殺そうとしている。

 何とかして。

 朧になだめられた柚月は、息を吐き、心を落ち着かせた。


「あ、あの……」


「なんどす?」


「この格好で、戻るのは、ちょっと、動きにくいんですよね……。だから、元に戻りたいんですが……。あ、もちろん、潜入する前には、女装しますので」


 柚月は、顔を引きつらせて、撫子に懇願する。

 女装は、柚月にとっては、慣れないことなのだ。

 それゆえに、今の格好で聖印京まで行くのは、大変な事であり、元の姿に戻りたいと頼みこんだのだ。

 聖印京に潜入する前に、女装すると約束して。

 もちろん、女装する気など全くないのだが。


「心配ありまへん。あてが、送り届けます。これを使って」


「え?」


 撫子は、心配ご無用だと伝え、神薙を見せる。

 なんと、神薙から召喚する龍に乗って聖印京まで送りとどめると申し出たのだ。

 確かに、その方がありがたい。

 だが、それは、柚月にとっては、悪夢でしかなかった。



 こうして、柚月達は、撫子が召喚した龍に乗り、撫子の術で姿を消して、聖印京まで戻ってきたのだ。

 だが、近くで下せば、静居が気付いてしまうだろう。 

 ゆえに、撫子は、少し遠く離れた場所で、柚月達を降ろし、再び、平皇京へと戻っていったのだ。

 柚月の心情に全く気付かないまま。

 龍から降りた柚月達は、徒歩で、聖印京までたどり着いたのであった。

 誰にも、気付かれることなく。


「はぁ……」


 柚月は、ため息をつく。

 これで、何度目のため息だろうか。

 それほど、柚月にとって女装は苦痛でしかないのだ。

 しかも、この格好で、故郷に戻ることになる。

 誰に気付かれませんようにと願うばかりであった。


「に、兄さん?」


「わかってる。ほら、行くぞ」


「う、うん」


 朧は、柚月を心配し、声をかける。

 覚えてはいないが、うっかり話してしまった事に、責任を感じているのだろう。

 だが、柚月も大人だ。

 腹をくくったつもりでいる。

 変装でもしないと、潜入できないのは、確かなのだから。

 柚月は、朧達と共に聖印門へと近づいていった。

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