第二十八話 鉄壁の守り

 ついに、聖印寮の一般隊士が、姿を現した。

 やはり、聖印寮の人間は、柚月達が、ここにいる事を知っていたようだ。

 とすれば、情報が漏れていたことになる。

 一体、どこから、漏れていたというのであろうか。

 柚月達は、混乱するばかりであった。


「あんさんが、妖を召喚してたんどすか?」


「そうでございます。彼らを殺す為に、軍師様から授かったのですよ」


 撫子に問いかけられた、一般隊士の男性は、不敵な笑みをこぼしながら、説明する。

 なんと、あの大量の妖を召喚していたのは、静居ではなく、彼だというのだ。

 しかも、静居から力を分け与えてもらって。

 静居は、そのような事もできるようだ。


「ですが、こうなっては、仕方がない。ここは、一つ、交渉させていただきましょう」


「交渉、どすか」


 しかし、柚月達を殺すことは、不可能となってしまった。

 召喚にも、限度があるのだろう。

 そこで、今度は、一般隊士の男性は、交渉すると堂々宣言したのだ。

 撫子は、嫌悪感を露わにしながら、問いかける。

 どう考えても、いい交渉ではない事は、明らかだ。


「そこにいる鳳城柚月と鳳城朧をこちらに差し出してほしいのです」


「……」


 撫子の心情などお構いなしに、一方的に要求を述べる一般隊士の男性。

 柚月と朧をこちらに差し出してほしいと告げたのだ。

 柚月は、言葉を失ってしまう。

 もし、断れば、撫子達や平皇京がどうなるか、目に見えて分かるからであった。


「断る、と言ったらどうしはります?」


「平皇京に攻め入るだけでございます」


「なっ!」


 撫子は、一般隊士の要求を突っぱねながら、問いただす。

 柚月と朧を差し出すつもりなど毛頭ないのだ。

 だが、断った場合、彼らは、何をするつもりなのか懸念しているようだ。

 すると、一般隊士は、堂々と述べる。

 平皇京に攻め入ると。

 これには、朧は、愕然とし、言葉を失ってしまった。


「隊士達が、そちらへ向かっております。その気になれば、いつでも、滅ぼせますよ?」


「やはり、そうか……」


 一般隊士の男性は、さらに、脅しにかかる。

 だが、偽ってなどいないだろう。

 柚月と朧を差し出さない限り、本当に、平皇京に攻め入るようだ。

 柚月は、その事を予想しており、怒りを露わにして、こぶしを握りしめていた。


「篤丸の言う通りどすなぁ」


「何?」


 撫子は、ため息交じりに呟く。

 だが、彼女の発した言葉が、何を意味するのかは、柚月達には、理解できなかった。

 そして、一般隊士の男性もだ。

 一般隊士の男性は、眉をひそめ、撫子に問いただす。

 だが、撫子は、答えるつもりはないようだ。

 その時だ。

 突然、大きな揺れが発生したのは。


「なっ、なんだ!?」


 突然、地面が揺れ始め、一般隊士の男性は動揺し始める。

 だが、柚月達も、同様だ。

 何が起こっているのか、見当もつかない。

 だが、撫子達は、冷静さを保ち、静かに、揺れに耐えている。

 すると、平皇京の周りを壁が囲い始めた。


「か、壁!?」


「もしかして、あの術を?」


 壁の出現に、柚月は、困惑を隠せない。

 だが、朧は、何が起こったのか、察したようで、撫子に問いかける。

 撫子は、微笑み、静かに、うなずいた。


「完成したようどすな」


 揺れが収まり、壁が平皇京の周りを囲んでいる。

 それを見ていた撫子は、微笑んで、そう、呟いたのであった。


「篤丸、本当の事、話して、ええどすよ」


「やれやれ、やっと、本当のことが言えるってことか」


「ど、どういう事だ!」


 撫子が、篤丸に本当のことを話していいと許可する。

 篤丸は、待ちわびていたかのように、呟き、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 まるで、今まで、何か隠していたようだ。

 何のことなのか見当もつかない一般隊士の男性は、撫子達に、問いただした。


「ぜーんぶ、知ってたってことさ。あんたらの動向は」


「なっ!」


 春見が、真実を語り始める。

 なんと、聖印寮の動向は見抜いていたというのだ。

 これには、さすがの一般隊士の男性も、驚愕し、動揺を隠せない。

 なぜ、自分達の動向を見抜かれていたのか。


「だから、術を発動して、鉄壁を出現させた」


「今頃、聖印寮の隊士達は、足止め食らってると思うよ?」


「な、なぜ!」


 満英が、術を発動したと説明する。

 あの壁は、術でできたものだが。

 だが、術で強化されているために、頑丈であり、刀や弓矢、術で破壊することは、容易ではない。

 守りを固めるには、十分すぎるほどなのだ。

 さらに、蛍が、付け加えて説明する。

 平皇京に侵攻しようとしていた聖印寮の隊士達は、壁の出現により、行く手を阻まれ、足止めを喰らっていると。

 だが、それでも、一般隊士の男性には、不可解な事がある。

 なぜ、自分達の情報を知っていたというのか。


「そうりゃそうでしょ。情報は、全部、筒抜けだったし」


「筒抜け?」


「まだ、わからないんですか……?」


 世津が、一般隊士の男性を見下したように、説明する。

 情報は、全て、筒抜けだったというのだ。

 だが、それでも、一般隊士の男性は、理解できない。

 今度は、藤代が、あきれた様子で、問いかけるが、やはり、答えなど出なかった。


「あったま悪いねぇ、君。あ、そっか。僕、君とは、話したことなかったね」


「え?」


 ついに、篤丸が、一般隊士の男性を見下したように、語りかける。

 しかも、彼とは、初対面だったと告げて。

 一般隊士の男性は、困惑した様子を見せた。


「僕と聖印寮の隊士は、情報交換をしてたのさ」


「え!?」


 篤丸は、真実を語る。

 なんと、聖印寮の隊士と、情報交換をしていたというのだ。

 これには、柚月も、驚き、動揺を隠せない。

 なぜなら、篤丸が、何をしたのか、理解してしまったからだ。


「つまり、裏切り者は、僕ってわけ」


「ど、どういう事ですか?」


 篤丸は、自分が、裏切り者だったと堂々と明かした。

 しかも、篤丸が疑い始めたというのに。

 朧も、動揺し、篤丸に、問いかけた。

 なぜ、彼は、裏切ったのか。

 そして、今になって、なぜ、正体を明かしたのか。


「こう言う事どす。情報をつかむには、裏切り者の役が必要だったんどす。その役を篤丸に引き受けてもらったんどすわ」


「じゃあ、暗殺者が侵入してきたのも、毒を盛られたのも……」


「僕が、話したからだよ。柚月と朧が、ここにいるってね」


 撫子が、代わりに打ち明ける。

 聖印京の状況を知るために、篤丸に内密をさせていたのだ。

 柚月達が、平皇京にいるという事を聖印寮の隊士に密告したのも、篤丸なのだが、それも、有力な情報を得るためであった。


「なぜ、そのような事をしたのだ?」


「情報が欲しかったからだよ。あ、でも、勘違いしないでね。君達を本気で売ろうとはしてないから。でなきゃ、ここまでしないでしょ?」


 光焔が、篤丸に問いただす。

 それも、険しい顔をして。

 怒っているだろう。

 篤丸が、密告したせいで、柚月と朧は、命の危機にさらされたのだ。

 情報の為に、彼らを売ったと疑っているらしい。

 だが、篤丸は、決して、柚月達を売るつもりなどなかった。

 なぜなら、彼も、先ほどの戦いに参加していたからだ。

 致し方なしと言う事なのだろうか。

 光焔は、一旦は、納得したものの、まだ、篤丸を疑っているようであった。

 だが、その時だ。

 平皇京の隊士が、濠嵐の元へ駆け付け、耳打ちをし始めたのは。


「うむ、分かったでごわす」


 濠嵐は、隊士から報告を受けたらしい。

 うなずいて、撫子の元へと歩み寄った。


「帝、隊士達が、壁で、足止めを喰らっているようです」


「わかりもうした。なら……」


 濠嵐は、撫子に報告する。

 なんと、聖印寮の隊士達は、壁の前で、足止めを喰らっているようだ。 

 つまりは、侵入を防げたということになる。

 だが、撫子は、うなずき、術を発動した。

 すると、また、再び、大きな揺れが発生したのであった。


「また、地震ですか!?」


「違う、これは……」


 大きな揺れに戸惑う餡里。

 だが、朧は、地震ではないと気付いているようだ。

 すると、壁の周りに壁が出現し始めた。


「か、壁が……」


「聖印寮の隊士を捕らえさせてもらいました。これで、戦力は減ったはずどす」


「そ、そんな……」


 なんと、撫子は、壁を二重に発動させたのだ。

 壁と壁に挟まれた聖印寮の隊士達は、行き場をなくしたことになる。

 つまり、聖印寮に戻ることすら不可能となってしまったのだ。

 一般隊士の男性は、愕然とし、言葉を失った。


「静居に伝えてほしいんどす。あてらは、あんさんの言う事なんかききまへん。宣戦布告させてもらいます」


 撫子は、堂々と宣戦布告する。

 何があっても、静居と戦い、平皇京を守ると覚悟を決めたのであった。


「こ、こうなれば……!」


 一般隊士の男性は、怒りを露わにして、宝器を手に取り、構え、撫子に襲いかかる。

 撫子を殺すつもりなのだろう。

 柚月と朧、そして、七大将軍が、撫子を守るために、彼女の前に出て構える。

 だが、その時であった。


「ぐっ!」


「どうした!?」


 突如、一般隊士の男性が、苦悶の表情を浮かべ、うずくまる。

 苦しんでいるようだ。

 いったい何があったのか、柚月には、見当もつかなかった。


「あやつのせいだ。妖を召喚する力は、驚異的だ。だが、それは、命を削ることになるのだろう」


 光焔が、説明する。

 静居の力は、驚異的だ。

 だが、聖印を持たぬ一般隊士にとっては、毒でしかない。

 体に悪影響を及ぼすだけだ。

 そうとも、知らず、一般隊士の男性は、妖を召喚し続け、ついには、限界を超えてしまった。


「うっ、ぐああああああっ!!!」


 苦しみにもだえた一般隊士の男性は、絶叫を上げ、消滅してしまった。

 跡形もなく……。

 静居は、またもや、一般隊士を捨て駒として扱ったのだと、柚月達は、思い知らされたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る