第二十五話 信じるからこそ、気遣うからこそ
何もしないと堂々と宣言した撫子に対して、濠嵐達は、戸惑う。
それは、朧も同じだ。
彼女は、いったい何を考えているというのだろうか。
朧達は、撫子の意図が読み取れなかった。
「な、なにもしないというのは……」
「せやから、言うた通りでございます」
濠嵐が、恐る恐る問いかける。
撫子は、きっぱりとその通りだと言い切った。
つまり、疑惑をかけられた自身と七大将軍に対して、何も対策をしないというのだ。
それは、あまりにも、無防備すぎる。
もし、この中に、本当に、内通者がいるとしたら、事件は、再び起きてしまうだろう。
朧達は、ただ、戸惑うばかりであった。
「どうして?俺達の中に裏切り者がいるのは、確かでしょ?」
「篤丸!」
「いい加減にしな!」
苛立ちを隠せなくなったのか、篤丸が、撫子に問いただす。
裏切り者がいるとはっきりと言って。
篤丸は、確信を得たから、そう言いきったのだろう。
だが、濠嵐は、篤丸の発言に対して、怒りを覚えたのか、名を呼ぶ。
春見も、怒りを抑えきれず、篤丸の胸倉をつかみ始めた。
しかし……。
「待ちなはれ」
撫子が、低い声で静かに制止させる。
ただ、それだけだというのに、濠嵐も、篤丸も、春見も圧力をかけられたかのように、体を跳ね上がらせ、静かに、座る。
それほど、彼女は、影響力があるのだろう。
朧は、改めて、そう感じた。
「なら、篤丸、裏切りもんがいるという証拠は、どこにありますの?」
「そ、それは……」
撫子は、篤丸に問いただす。
証拠はあるのかと。
篤丸は、口をつぐんでしまう。
どうやら、証拠なしに彼らを疑っていたようだ。
だが、疑うのも無理はないだろう。
実際に、事は起きてしまったのだから。
「ただの推測で物を言うたらあきまへん」
「す、すみません……」
撫子は、篤丸を叱責する。
彼らを疑うなと言いたのであろう。
篤丸は、それ以上、何も言えず、ただ、納得した様子を見せず、うつむくばかりであった。
「あては、あんさん方を信じております。せやから、何もしまへん」
撫子は、堂々と宣言する。
七大将軍を信じていると。
それは、嘘偽りない本音だ。
これまで、共に戦ってきたからこそ、言いきれるのであろう。
本当に、彼らの中に、裏切る者がいるとも限らない。
外部の人間が、情報を手にした可能性も高い。
それゆえに、撫子は、そう言いきったのであった。
「それに、このままやと、お互いを疑うことになる。それは、あの男の思惑通りになりますやろ?」
「た、確かに……」
撫子は、懸念したのだ。
このまま、お互い疑っていると、誰も信じられなくなる。
そうなれば、平皇京を守れなくなる。
それは、静居にとっては、好都合でしかない。
いや、そうさせる為に、仕向けた可能性だってあるのだ。
静居の思惑通りには、させまいと撫子は、決意している。
それを感じ取った濠嵐は、納得していた。
「けど、犯人の追跡と台所の監視は、させてもらいます」
「はっ」
撫子は、このまま、何もしないというわけではない。
対策は、しっかりと練っていたのだ。
まずは、毒を持った犯人を探しださなければならない。
なぜなら、犯人は有力な情報を手にしているからだ。
誰が、このような事を命じたのか。
暗殺者が自害した為、今度こそ、慎重に、そして、必ず、情報をつかまなければならなかった。
そして、撫子が、次に対策を講じたのは、台所の監視だ。
今回、毒を持ったのは、台所にいた人物が有力候補であろう。
もし、女房や奉公人が犯人だとしたらの場合なのだが。
それでも、犯行を防ぐと同時に、犯人を捕らえる事もできるかもしれない。
撫子は、この二つの策を提案し、これ以上事件を起こさせまいと誓うのであった。
会議のやり取りを朧から聞いた柚月達。
七大将軍が、疑心暗鬼に陥ったと聞かされ、何か思うところがあり、各々、口をつぐんでしまった。
「そうか、あの人は……」
「うん。皆を信じてるみたいだ」
柚月が、重たい口を開け、呟き、朧が、うなずく。
撫子は、彼らを信じているのだと、改めて、理解して。
だが、それで、本当に良いのだろうか。
柚月達は、葛藤し始める。
なぜなら、事件が、起こってしまったのは、自分達が、ここへ来たのが原因なのだから。
責任を感じずには、いられなかったのだ。
「兄さん……あのさ……」
「ここから出よう」
「え?」
朧は、申し訳なさそうに、柚月に、語りかけようとする。
だが、その時だ。
柚月が、ここから、出ようと提案したのは。
朧は、驚き、困惑した。
それは、光焔、餡里も、同様であった。
「これ以上、ここに留まっていては、帝達を巻き込んでしまう。帝達には申し訳ないが、ここを出るしかない」
現状、被害にあったのは、自分達だけであるが、今後、撫子達にも被害が及ぶ可能性がある。
ましてや、これ以上、事件が起こっては、ますます、彼らは、お互いを疑うことになるだろう。
そうなれば、撫子も、対策を講じなければならない。
もしかしたら、彼らだけでなく、平皇京に住む人々も巻き込んでしまう可能性がある。
となれば、柚月は、黙って、ここを出る事を考えていたのだ。
神々に関する有力な情報を提供し、かくまってくれた撫子達には、申し訳ないと感じながら。
「……うん、俺も、そう思う。実は、俺も、同じこと考えてたんだ」
「そうか……」
朧も、同じことを考えていたらしい。
ここを出た方が、撫子達にとっては、いいのだと。
自分と同意見であったと知った柚月は、微笑み、うなずいた。
「光焔、餡里、悪いが……」
「わかっておる。わらわは、大丈夫だ」
「はい。僕も、その方がいいと思います」
「ありがとう」
柚月は、光焔と餡里に語りかける。
彼らには、申し訳ないと感じていたのだ。
ここにいれば、少なくとも、外よりは、安全だ。
特に、餡里は、今は、戦う力を失っている。
もちろん、自分達が守ると決意しているのだが、危険にさらされる可能性だってあるのだ。
そう思うと、心が痛む。
だが、光焔も餡里も、柚月と朧の提案に賛同しているようだ。
柚月は、本当に助かると二人に、感謝したのであった。
「なら、すぐに出よう」
「え?でも、兄さん、体の方は……」
「俺なら、大丈夫だ。皆のおかげでな」
「なら、いいけど……」
朧は、柚月の身を案じる。
まだ、柚月は、目覚めたばかりだと、朧も察しているからだ。
回復したからと言って、すぐ、動けば、体に悪影響を及ぼす危険性だってある。
だからこそ、もう少し、休んでからと思ったのだが、柚月は、大丈夫だと朧達を気遣った。
確かに、柚月は、体力がある。
だが、朧は、どこか、心配しながらうなずいたのであった。
おそらく、何を言っても、柚月は行くというだろう。
仕方なしに、納得するしかなかったのであった。
「裏門からなら、誰にも気付かれずに出られる。俺、場所知ってるんだ」
「案内、頼めるか?」
「任せて」
柚月達は、立ち上がると朧は、裏門から出ようと提案する。
そこも、門番がいるが、撫子や七大将軍に気付かれることはないだろう。
見回りだと言えば、疑うことなく、納得するかもしれない。
柚月は、朧に案内を頼み、朧は、うなずいた。
こうして、柚月達は、撫子達に気付かれないように、部屋から出たのであった。
撫子は、部屋で、考え事をしている。
まるで、何か、悩んでいるようだ。
「参りましたなぁ……」
撫子は、ため息交じりに呟く。
今回の事で、相当参っているようだ。
立て続けに起きた事件。
助かったものの柚月と朧は、命の危機にさらされた。
そして、七大将軍達がお互いに疑い始めてしまった。
撫子にとっては、相当の痛手だ。
会議の時は、堂々としていたのだが、内心、ため息が出るほど、参っていたのであった。
「あの男は、過激な事を……」
撫子は、静居に対して、怒りを露わにする。
もちろん、これが、静居の差し金だとは、決まっていない。
だが、わかるのだ。
自分の手を汚さず、部下を駒として扱う。
このような卑劣な手を使ってくるのは、静居だけなのだと。
「さて、どう動くか……」
撫子は、頭を悩ませる。
静居が、どのような手を使ってくるかは、推測は容易ではない。
いや、推測で来たとしても、回避することさえも、容易ではないだろう。
静居を食い止めるには、至難の業であった。
その時だ。
「帝!」
「どうされましたん?」
濠嵐が、慌てて、撫子の部屋へと入る。
彼の様子からして、ただ事ではない。
そう、察した撫子は、内心、焦燥に駆られながらも、平静を装って、立ち上がり、濠嵐の前へと歩み寄った。
「ゆ、柚月殿達が、いなくなりました!」
「え!?」
濠嵐が、息を切らしながら撫子に報告する。
なんと、柚月達が、城からいなくなったというのだ。
これには、さすがの撫子も驚いた様子を見せる。
まさか、柚月達が、城を出るとは、撫子も予想していなかったのであろう。
柚月達は、撫子が柚月達がいなくなった事に気付いたとは、まだ知らず、平皇京から少し離れた場所まで、歩いていた。
平皇京から、どんどんと遠ざかっていく。
だが、それでいい。
撫子達を巻き込まずに済むであろう。
柚月達は、そう、考え、進んでいたのであった。
「これから、どうする?」
「ひとまず、休められる場所が欲しい。そこで、考えよう」
「なら、この近くに洞窟があるよ」
「そうか、本当に、助かるな」
朧は、柚月に問いかける。
柚月は、まず、休める場所を確保したいと思っているようだ。
平皇京から出たものの、これからどうするかまでは、決めていない。
まずは、平皇京からなるべく遠くへ行こうと考えていたようだ。
撫子達の為にも。
朧は、柚月に、近くに洞窟があると話す。
やはり、朧は、頼りになる。
自分だけでは、体を休める場所さえ、見つけるのに苦労したであろう。
柚月は、朧に感謝していた。
しかし……。
「み、みなさん!あれを!」
餡里が、慌てた様子で、指を指す。
なんと、視線の先には、妖達が柚月達に向かってきていたのだ。
それも、数十匹の大群が。
「来たか……」
「うん……」
やはり、簡単には、進めそうにない。
柚月も、朧も、そう予想していたようだ。
柚月と朧は、覚悟を決めたかのように、刀を鞘から抜いて、妖の方へと歩き始めたのであった。
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