第二十四話 疑心暗鬼

 またしても、事件が起きる。

 今度は、柚月が汁物を飲んだ直後、血を吐いて倒れてしまった。

 大広間は、騒然とし、朧達は、すぐさま、柚月の治療に取り掛かった。

 まずは、朧や撫子達が、毒を吐かせて、応急処置をし、その後、光焔が、妖術を使って、治療に取り掛かったのだ。

 朧が、短刀で背中を刺された時と同じように。

 光焔のおかげで、体力も回復した。

 その後、調査した結果、なんと、柚月の汁物に毒が混入されていたようだ。

 柚月は、部屋に運ばれ、朧達は、柚月が目覚めるのを待っていたのであった。


「ん……」


 しばらくして、柚月は、目覚める。

 目を開けた柚月だが、まだ、視界がぼんやりとしているようだ。

 何度も、目を瞬きさせ、視界がはっきりしてくると、自分の顔を覗き込む、光焔と餡里の姿を目にした柚月なのであった。


「柚月さん!」


「大丈夫か!?」


「光焔……餡里……」


 柚月の様子を見て、心配そうな表情を浮かべる二人。

 柚月は、ゆっくりと体を起こし、周囲を見回す。

 ようやく、自分が部屋に運ばれたのを悟ったのだ。

 だが、何があったのかまでは、柚月は、把握できていなかった。


「俺は……どうしたんだ?」


「血を吐いて倒れたのだ」


「汁物に、毒が混入されてたそうです」


「……そうだった」


 光焔と餡里の言葉を頼りに、記憶を思いだしていく柚月。

 柚月は、最初に、汁物に手を付け、毒が混入されていた事に気付き、朧達に飲まないよう止めたのだ。

 だが、説明する前に、血を吐き、倒れ、意識を失ってしまった。

 ここまでは、理解できた柚月であったが、その後、何があったかまでは、やはり、理解できないようであった。


「光焔さんが、柚月さんを助けてくれたんですよ」


「撫子達も、すぐに、応急処置をしてくれた。だからだ」


「そうか、ありがとう」


 光焔と餡里が、説明する。

 光焔が治療してくれたのは、確かだが、撫子達や朧の適切な応急処置のおかげでもあったのだ。

 それゆえに、光焔の治療も滞りなく、終わり、柚月は無事に体力を回復させることができた。

 柚月は、光焔達にお礼を述べた。

 だが、柚月は、とあることに気付いた。

 それは、朧の姿が、見当たらない事だ。

 部屋のどこにも。


「朧は、どうした?」


「今、緊急会議に、参加しています」


「そうか……」


 朧は、会議に参加していたのだ。

 柚月の治療が終わった後、撫子は、緊急会議を開くと宣言し、七大将軍は、承諾した。

 すると、朧も、参加したいと懇願したのだ。

 本当は、柚月の側にいるべきだとも、考えたのだが、昨日の暗殺、そして、毒物混入。

 立て続けに、事件が起こり、何が起こっているのか、どうやって対策を取るべきなのか、知る必要もあると判断し、柚月の事を光焔と餡里に任せ、朧は、参加したのであった。

 朧が、いない理由を聞いた柚月は、納得する。

 その時であった。

 朧が、柚月達のいる部屋に戻ってきたのは。


「朧!」


 光焔は、朧の名を呼び、柚月と餡里は、朧へと視線を向ける。

 朧は、深刻な表情を浮かべていたのだが、目覚めた柚月の姿を見て、朧は、目を見開き、柚月を凝視していた。


「兄さん、大丈夫なのか?」


「ああ」


「良かった」


 柚月の身を案じる朧。

 柚月は、朧の質問に答えると、朧は、安堵した様子を見せていた。

 柚月の事が気がかりであったのだろう。

 だからこそ、柚月が無事だと知って、安堵したのだ。

 心配をかけてしまったと柚月は、感じ、反省していたのであった。


「それで、会議の方は?」


「……うん」


 柚月は、朧に会議の事を尋ねる。

 気になったのだろう。

 撫子が、どう判断したのか。

 それは、光焔も餡里も、同じだ。

 息を飲み、朧の回答を待つ。

 朧は、再び、深刻な表情を浮かべ、重たい口を開ける。

 どうやら、会議は、あまりいい方向に進まなかったらしい。

 柚月は、朧の表情を目にした途端、そう、察したのであった。


「あれから、全ての食事を調べたんだけど。毒物が入ってたのは、俺達の前に置かれた汁物だけだったらしい」


「と言う事は、今朝の女房が……」


 朧は、まずは、今回の毒物混入について詳しく説明する。

 なんと、柚月達のみが命を狙われていたようだ。

 とすれば、そのような事ができるのは、配膳した女房ではないかと柚月は、勘ぐる。

 誰かが、指示をしたという可能性もあるが、それでは、違和感を持ち、このような事件を未然に防ぐことはできたであろう。

 となれば、女房が毒物を混入し、部屋に運んだとしか考えられなかった。


「いや、違うんだ。俺達の食事と、帝の食事は、少し違ってたんだよ」


「と言うのは?」


 朧は、柚月の考えを否定し、その理由を説明する。

 なんと、柚月達の食事と帝と七大将軍の食事は、異なっていたというのだ。

 だが、どこが異なっていたというのであろうか。

 柚月は、見当もつかず、朧に尋ねた。


「俺達は、客用の食事だった。だから……」


「誰でも、毒物を混入できる、か」


「うん」


 朧曰く、自分達の前に運ばれた食事は、客人用だったようだ。

 それゆえに、帝たちの食事と区別がつく。

 つまり、汁物がお椀に注がれ、全ての料理が善に配置された時に、混入したのだろう。

 と言う事は、台所にいた人物の誰もが、容疑者になりうるのだ。

 そして、毒物が混入されたと知らず、女房達は、食事を運んだ可能性があった。


「毒物を混入した犯人は、誰かは、不明だ」


「犯人は、この城に、潜んでるかもしれないという事か」


「うん……」


 誰が、自分達を毒殺しようとしたのか、未だ、不明。

 つまり、犯人は、見つかっていないという事だ。

 この城に潜んでいる可能性もある。

 柚月達は、命を狙われる可能性が高い。

 柚月の推測に対して、朧は、うなずくが、どこか、浮かない様子であった。


「何かあったか?」


「え?」


「お前は、すぐ、顔に出る。だから、わかるんだ」


「気をつけないとな。兄さんの前では」


 柚月は、朧に尋ねる。

 会議の時に、何かあったと見抜いていたようだ。

 おそらく、朧が、部屋に入ってきた時からであろう。

 柚月曰く、朧は、顔に出てしまうらしい。

 朧は、苦笑しながら、観念したように呟いた。


「昨日、暗殺者が現れただろ?それに、今朝の毒物混入。まるで、俺達が、ここにいる事を知ってるみたいだ」


「確かにな」


 柚月達が、ここを訪れてから、事件が立て続けに起きている。

 しかも、すぐにだ。

 これは、明らかに、聖印寮の人間は、自分達がここにいる事を知っているかのようだが、いくら何でも、そんなに早く見つかるものなのかと、撫子達は、違和感を覚えていたのであった。

 もちろん、柚月達も同意見だ。

 聖印寮の人間は、自分達が、ここにいるとは、まだ知られてないと推測し、しばらくの間、ここに身をひそめると確信していたのだから。


「だから……内通者がいるんじゃないかって」


「内通者?」


「うん、それも、帝か七大将軍の誰かが」


「何?」


 朧は、言いにくそうに、話を続ける。

 なんと、撫子か七大将軍の誰かが聖印寮の人間と内通しているという疑いがかけられたのだ。

 確かに、自分達が、聖印寮の人間に追われているのを知っているのは、撫子と七大将軍のみである。 

 それも、柚月達の安全確保と混乱を招かないようにと言う配慮だ。

 だからこそ、彼らは、疑い始めた。

 お互いを……。



 朧は、会議の事を思いだす。

 内通者がいるのではないかと疑い始めたのは、篤丸であった。


「どういう事だ!篤丸!」


 疑いをかけられた春見は怒りのあまり、掌を畳にたたきつけ、篤丸に問いただす。

 だが、篤丸は、怖気づいた様子を見せない。

 それどころか、詫びる様子も見せなかった。


「だから、さっき、言ったでしょ?暗殺者が来るのが早すぎるって。これって、誰かが、聖印寮と通じてるってことなんじゃないの?」


「確かに、そう言えるかもね。一応、言っておくけど、僕じゃないからね」


 篤丸は、面倒くさそうにもう一度、説明する。

 確かに、暗殺者が来るのも、早すぎる。

 どこからか、情報が漏れたとしか考えられないのだろう。

 世津も、納得した様子でうなずいていた。

 しかも、自分ではないと、否定して。


「ちょっと、それ、本気?俺らを疑ってるってこと?」


「心外だ」


 蛍も、いつになく、いらだった様子で、問いただす。

 おそらく、聖印寮に侵入した自分が、最も、疑わしいと思われている事に気付いたからであろう。

 だが、疑われているのは、蛍だけではない。

 帝と七大将軍、全員だ。

 それゆえに、満英も、目を細め、篤丸と世津をにらみつけて、呟いた。

 一触即発の状態だ。

 皆、疑心暗鬼になってしまったらしい。

 朧は、状況を察し、戸惑ってしまった。


「ちょっと、みなさん、落ち着いて、ください……」


「そうでごわす。これでは、仲間割れとなってしまうでごわす」


 藤代が、おどおどした様子で、語りかける。

 状況を察したのだろう。

 このままでは、仲間割れとなってしまうと。

 濠嵐も、同じことを考えていたようであり、篤丸達をなだめたのであった。

 彼らは、一旦は、落ち着くが、やはり、納得はいってないらしい。

 にらむ者もいれば、堂々としている者もいる。

 まるで、自分は、犯人ではないと訴えているようであった。


「帝、どうする?」


 篤丸は、撫子に問いかける。

 対策を求めているのであろう。

 このままでは、再び、事件が起きてしまう事を懸念して。


「別に、何もしまへんよ?」


 濠嵐達にとっては、意外な言葉であった。

 なんと、撫子は、何もしないと堂々と宣言した。

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