第二十二話 暗殺者、現る

 暗殺者に命を狙われていたにもかかわらず、柚月は、余裕の表情を浮かべ、暗殺を阻止してみせる。

 これには、さすがの暗殺者の驚きを隠せない。 

 柚月達は、眠りについていたはずだ。

 まさか、自分の気配に気付いたとでもいうのだろうか。


「くっ!」


 暗殺者は、距離をとり、構える。

 柚月は、真月を鞘から抜き、構えた。


「暗殺か。誰に命じられた」


「……」


 柚月は、暗殺者に問いただす。

 だが、暗殺者は、答えようとしない。

 黙秘と言ったところであろう。


「答えるつもりはないか……」


 暗殺者が、自白するつもりはないと判断した柚月。

 ここで、捕らえるしかないと思っているのであろう。

 だが、今の状態では、柚月の方が不利だ。

 なぜなら、部屋に灯は灯していない。

 朧達も、未だ、眠りについているようだ。

 暗闇の中で、彼らを守りながら、攻防戦を繰り広げるのは、柚月でも、至難の業なのであった。

 暗殺者は、状況を把握したうえで、黙秘し、柚月を殺す機会をうかがっていたのだ。

 しかし……。


「朧!」


「わかってる!」


 柚月に呼ばれた朧は、飛び起き、側に置いてあった明枇を鞘から抜く。

 その直後、光焔と餡里も、起き上がり、朧の後ろへと下がった。

 彼らは、起きていたようだ。

 だが、いつから起きていたのだろうか。

 暗殺者は、驚愕し、動揺していた。


「朧さん……」


「大丈夫、安心して」


 暗殺者の殺気を感じたのか餡里は、声を震わせる。

 怯えているようだ。

 当然であろう。

 まさか、暗殺者が、侵入してきたとは、誰が、予想できたであろうか。

 朧は、餡里の心情を察したのか、餡里に対して、優しく語りかけ、餡里は、うなずいた。


「光焔、俺のそばから、離れるなよ!」


「うむ、わかった」


 朧は、光焔に自分の側にいるように指示し、光焔は、うなずく。

 彼らを守ろうとしているのだ。

 暗殺者は、光焔と餡里の命を狙っている可能性があるのだから。


――向こうは、暗闇にもなれてる。どうするかだな……。


 柚月は、思考を巡らせ、暗殺者の動きを読み取ろうとする。

 だが、部屋を今も、暗闇の中だ。

 灯をともそうにも、暗殺者がそれを阻止するだろう。

 何とか、隙を作って、灯をともしたいところなのだが、やはり、暗殺者と言ったところであろうか。

 隙が無いように感じる。

 柚月は、一歩踏み出し、構えるが、暗殺者は、突如、柚月の背後に回り、柚月は、気配を感じて、とっさに、暗殺者の刃を防いだ。


「兄さん!」


「大丈夫だ!」


 柚月は、暗殺者の動きに対応できるが、やはり、暗闇の中では、分が悪い。

 柚月の方が、遅れをとっているようだ。

 朧は、灯をともそうと、徐々に近づいていくが、戦いが激しくなり、緊張感が高まっていく。

 もし、自分が、離れれば、餡里達の命が狙われる可能性もある。 

 そう思うと、朧は、うかつに動くことができなかった。


――やはり、光がなければ……!


 光さえあれば、暗殺者の姿を目でとらえることができ、柚月の方が、優勢になるだろう。

 だが、隙をつくことができない。 

 暗殺者は、柚月の命を狙い続け、刃が、柚月の心臓を捕らえようとした。

 その時だ。


「っ!」


 突如、光が放たれ、暗殺者の顔を照らす。

 光焔だ。

 実は、光焔は、暗殺者が、自分の正面に来るのを待っていたのだ。

 柚月達は、暗殺者がここに来るかもしれないと考え、作戦を立てていたのだ。

 光焔が、光を放てるよう柚月が、うまく、誘導していただけに過ぎない。

 そして、わざと、油断し、暗殺者が柚月を殺すよう仕向けていたのであった。


「よくやった!光焔!」


「くそっ!こうなったら!」


 柚月は、反撃に転じる。

 暗殺者の短刀を狙い、斬りにかかったのだ。

 だが、目がくらんでいても、暗殺者が、ひるむことは無かった。

 劣勢に立たされたにも関わらず。

 暗殺者は、短刀を投げつけたのだ。

 だが、その短刀は、柚月をすり抜けていく。

 暗殺者が狙ったのは、柚月ではない。

 餡里だ。

 朧と光焔は、隙を見せていない。

 だからこそ、餡里が狙いやすく、暗殺者は、餡里の命を狙ったのであった。


「しまった!」


「餡里!」


 暗殺者の動きを読み取れず、焦燥に駆られて、振り返る柚月。

 だが、朧は、餡里の危機を察知し、餡里を守るために、暗殺者に背を向けて、餡里の前に立った。

 暗殺者が投げた短刀が、深々と朧の背中に突き刺さった。


「ぐっ!」


「朧!」


 朧は、苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げながら、前のめりになって、倒れていく。

 餡里と光焔は、とっさに、朧を支えた。


「ちっ!」


 柚月は、自分のふがいなさに、苛立ち、舌打ちをしながら、暗殺者に斬りかかる。

 暗殺者は、懐から、別の短刀を取り出そうとするが、それよりも、早く、柚月が、短刀を弾き飛ばし、暗殺者の体勢を崩す。

 柚月は、そのまま、暗殺者の服をつかみ、畳に押し付けて、捕らえた。

 暗殺者は、抵抗しようとするも、真月を首に当てられ、動けなくなってしまった。


「朧さん!」


 餡里は、朧の背中にふれ、朧を呼びかける。

 だが、朧は、荒い呼吸を繰り返している。

 激痛により、返事もできないほどであった。 


「餡里、灯を!」


「あ、ああ……」


 柚月は、餡里に、灯をともすよう促す。

 だが、餡里は、体を震わせ、冷静さを失い始めた。

 判断ができないほどに。


「早く!」


 柚月は、焦燥に駆られて、灯をともすように、叫ぶ。

 だが、餡里は、心を落ち着かせることもできず、恐怖に怯えていた。

 その時であった。


「何事どすか!」


「撫子さん!朧が!」


 物音がして、不穏を感じた撫子達が、慌てた様子で、部屋に入る。

 柚月が、朧が、怪我を負っていると説明しようとするが、撫子は、何が起きたのか、状況を把握した様であった。


「今、灯をともします!」


 撫子は、すぐさま、灯をともす。

 部屋は、明るくなり、中がどのような状態になっているのか、はっきりと目に映った。

 しかし……。


「っ!」


 撫子や餡里が、絶句してしまう。

 朧は、血を流しているのだ。

 短刀が背中に刺さったままで。

 しかも、血は、今も流れている。

 このままでは、朧は、命の危機にさらされてしまうであろう。

 だが、柚月は、暗殺者を捕らえたままだ。

 ここで、手を放すわけにはいかなかった。


「朧……」


「ど、どうしよう……」


 柚月は、どうすることもできず、餡里は、体を震わせたまま、どうするべきなのかと判断ができないほど混乱している。

 撫子達は、朧を助ける為に、駆け寄り、短刀を引き抜く。

 朧は、うめき声を上げ、背中から血があふれ出ていく。

 撫子達は、すぐさま、止血しようとするが、突如、光焔が、彼女達の前に出た。


「わらわが、やる。だから、案ずるな」


「……頼んます」


「うむ」


 光焔は、治療をすると、撫子達に、告げたのだ。

 妖である光焔が、治療できるとは撫子達は、まだ知らない。

 だが、撫子達は、光焔の事を疑うことなく、託した。

 光焔は、うなずき、光の力で、治療に取り掛かったのであった。



 しばらくして、治療が終わる。

 血も止まり、傷口も、ふさがっているようだ。

 安堵したからなのか、緊張の糸が解けたからなのか、朧は意識を失い、眠りについていた。


「治療は、終わったぞ」


「助かった」


 光焔が、汗をかきながら、一呼吸し、呟く。

 柚月も、朧の様子を見て安堵し、光焔に、感謝していた。 

 だが、餡里だけは、うつむき、暗い表情を浮かべていたのであった。


「だが、いつ暗殺者が……」


「僕らも、知らなかったです……」


「どうやって、侵入を」


「……わかりません」


 満英は、いつ、どうやって暗殺者が侵入してきたのか、藤代に問いかけるが、藤代もわかっていないようだ。

 警備は、万全の状態であった。

 そのはずなのに、暗殺者の侵入を許してしまったのだ。


「あいつ、ただ者じゃなさそうだね」


「蛍、わかるの?」


「もちろん。あいつは、忍びだよ、俺と同じね」


 蛍が、あの暗殺者が、ただ者ではない事に気付いていたようだ。

 側で聞いていた世津が、蛍に尋ねる。

 蛍は、暗殺者が忍びであることを見抜いたようだ。

 なぜなら、彼も、忍びだったからである。


「で、その暗殺者は、どうしたの?」


「そりゃあ、牢に閉じ込めてるさ。尋問しても、無言を貫いてやがるがな」


「いうつもりはないってことかぁ……。まぁ、忍びなら、そうかもね……」


 篤丸は、春見に問いかけ、彼女は、答える。

 あの後、暗殺者は、牢に閉じ込められた。

 春見は、自白させるために、尋問をしたが、暗殺者は、黙秘を続けている。

 依頼主に対して、忠誠心が高いのか、それとも、静居に操られているからなのかは、定かではない。

 口を割らせるのは、容易ではなさそうであった。


「しかし、ここまで、侵入してくるとは」


 撫子は、困惑した表情を見せて、呟く。

 問題なのは、暗殺者が、侵入してきたことだ。

 この平皇京は、侵入されないように、警備を強化している。

 鉄壁と言われているほどに。

 ゆえに、今まで、敵に侵入されたことなど、一度もないのだ。

 これは、彼女達にとっては、一大事なのであった。


「侵入経路もわからんとなると、ここは、危険かもしれまへんなぁ……」


 暗殺者のことについては、未だ、不明な点が多すぎる。

 今は、平皇城は、危険な状態であった。


「濠嵐」


「了解したでごわす」


 撫子は、濠嵐の名を呼ぶ。

 濠嵐は、名を呼ばれただけだというのに、撫子が、何を言いたいのか、わかっているようだ。

 ただ、「了解した」とうなずき、柚月の方へと視線を向けたのであった。


「柚月殿」


「はい」


「今晩は、私の部屋に移動したほうがいいでごわす」


「そうですね。そうさせてもらいます」


 濠嵐は、柚月達に、自分の部屋に移動したほうがいいと提案する。

 自分が、柚月達を警護するためであった。

 撫子は、その事を濠嵐に命じたかったようだ。

 濠嵐も、気付いたがゆえに、承諾し、柚月達に、提案したのであった。

 柚月も、濠嵐の提案にうなずく。

 本当は、自分の身は、自分で守れると言いたかったのだが、今は、安全を確保することの方が先決だ。

 柚月は、濠嵐に従い、朧を背負い、光焔と共に、濠嵐の部屋に向かった。


「……僕のせいで」


 餡里も、柚月達についていくが、自分を責めているようである。

 自分のせいで、朧が、危険な目に合ったと感じて。

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