第二十一話 対談を提案した理由

 帝・撫子が、軍師・静居と対談するという提案で、ひとまず、話を終えた柚月達は、かくまってもらうという形で平皇城に泊まることとなった。

 部屋に入った柚月達は、腰を下ろし、一息つく。

 聖印京から脱出したことから、先ほどまでの事を思い返しながら。


「ふぅ、いろいろあったが、ひとまずは、体を休めれそうだな」


「そうだな、兄さん」


 柚月にとっては、本当に、いろいろあったであろう。

 と言うか、驚かされたと言ったほうが正しいかもしれない。

 何はともあれ、休める場所があってよかったと、ほっとする柚月なのであった。


「ところで、なぜ、蛍さんと帝の事、教えてくれなかったんだ?朧」


「ご、ごめん。ほら、蛍さんの事は、言いだせなくて……」


「じゃあ、帝の事は?」


 だが、柚月には、気がかりなことがあった。

 撫子と蛍の正体を知っていたにも関わらず、なぜ、朧は、言わなかったのかだ。

 朧は、たじたじになりながらも、柚月に謝罪し、説明し始める。

 蛍の事は、話さなければと思っていたのだが、その場の雰囲気と、話す間もなく、蛍は、正体を明かすこととなってしまったので、言えずじまいになってしまったのだ。

 蛍のことに関しては、柚月も、納得している。

 だが、撫子の事は、どう、説明するつもりなのか。

 柚月は、容赦なく、朧に問いただした。


「み、帝の事は……ほら、あの、雰囲気でわかるだろ?」


「まぁ、思い返せばな……」


 朧は、ますます、たじたじになりながら、説明する。

 撫子が、女房だと自己紹介した時は、朧も、大層驚いたのだ。

 そのため、朧は、わけもわからず、彼女が帝であることを柚月達に、話そうとしたのだが、撫子が、強引に話を進めたことや、門番達の表情を見て、正体を明かしてはならないのだと察し、柚月には、言えなかった。

 柚月も、朧に問いかけられ、その時の場面を思い返し、一応、納得した。

 確かに、言えないのも、うなずけると。

 柚月は、納得してくれたようで、朧は、安堵していた。

 だが、その時であった。


「ごほっ!ごほっ!」


「餡里、大丈夫?」


「あ、はい」


 急に、餡里が咳き込む。

 朧は、餡里を心配するが、餡里は、笑みを浮かべて、うなずいた。

 だが、餡里は、無理をしている。

 朧に心配をかけまいと。

 朧は、餡里の心情に気付きながらも、何も言えなかった。


「無理するな。今は、体を休ませた方がいいぞ」


「ありがとうございます。柚月さん」


 柚月は、餡里に無理をしないよう、促し、餡里は、うなずいた。

 自分の体を気遣ってくれる柚月達に、感謝しながら。

 餡里には、ゆっくりと休んでほしかったからだ。

 長旅で疲れてしまったのであろう。

 だからこそ、柚月も、朧も、餡里の事を気遣ったのであった。


「しかし、あの静居と対談になるとはな……」


「兄さん、どう思う?あの男は、帝と対談すると思う?」


 柚月は、先ほどの撫子の提案を思い返す。

 まさか、撫子が、静居と対談すると言いだすなどと予想できるはずがなかった。

 突飛な事を言う帝であったが、彼女なりに考えた上の決断なのであろう。

 だが、肝心なのは、静居が、対談を承諾するかどうかだ。

 今の静居は、何を考えているかわからない。 

 それゆえに、朧は、静居が対談を承諾するとは、到底思えなかった。


「どうだろうな。だが、帝の命を狙う絶好の機会だ。拒否しない可能性も高い」


「確かにそうだな」


 朧の問いに、柚月は、曖昧な言葉を口にする。

 しかし、静居は、撫子の命を狙う可能性もあった。

 なぜなら、撫子は、静居に不信感を抱いている。

 ましてや、影響力を持っている人物だ。

 そんな撫子を静居が、みすみす、野放しにしておくとは、到底思えない。

 ゆえに、対談は、撫子を殺す絶好の機会であり、静居が、拒否するとも、思えず、朧も、納得した。


「皆、大丈夫かな……」


 朧は、聖印京にいる勝吏達の身を案じる。

 ずっと、気になっていたのだろう。

 あれから、聖印京は、どうなってしまったのか。

 勝吏達は、無事なのか。


「朧、今は、体を休めるしかない。俺たちでは、あいつに太刀打ちできない」


「でも……」


「だが、いつか……」


 柚月は、朧に体を休めるよう促す。

 もちろん、柚月も、勝吏達の身を案じている。

 だが、今は、自分達では、どうすることもできないのだ。

 それほど、静居は、力を持っている。

 妖を召喚し、人を操るほどの力を。

 朧も、それは、理解しているが、心配せずにはいられなかった。

 その時だ。

 柚月が、決意を固めたかのように、語り始めたのは。


「いつか、反撃する。聖印京を取り戻す。そのためには……」


「九十九と千里、光の神の復活、だな」


「ああ」


「……」


 柚月は、誓っていた。

 聖印京を必ず、取り戻すと。

 静居に、再び、刃を向けると。

 そのためには、九十九と千里、そして、光の神を復活させ、対策を練り、準備を整えるしかないのだ。

 朧も、うなずき、心の中で誓った。

 だが、二人は、気付いていなかった。

 柚月と朧のやり取りを聞いていた餡里は、何か、引っかかったのか、考え込むように、うつむいている事に。


「わらわも、協力するぞ」


「頼もしいな」


 光焔は、柚月達に協力すると手を上げて、柚月達に告げる。

 そう言うところは、子供らしい。

 普段は、威厳を保っているというのに。

 柚月は、そんな光焔を見て、ほほえましくもあり、頼もしくもあった。


「当たり前だ。わらわは、光の妖だからな」


「そうだったな」


 光焔は、堂々と光の妖だからだと答える。

 やはり、子供らしく見えてしまう。

 朧も、微笑み、光焔の頭を撫でていた。

 まるで、家族のようなやり取りをしている柚月達。

 だが、餡里は、一人考え事をしていたのであった。


「千里……。どこかで、聞いたことがある気がする……」


 餡里が、考え込んでいた理由は、朧が、「千里」と口にしたからだ。

 どこかで、聞いたことがあり、懐かしく感じる。

 だが、肝心な事は、思い出せない。

 餡里は、「千里」と言う言葉に対して、思考を巡らせていた。

 柚月達が、気付かないところで。



 撫子は、自分の部屋に戻り、庭を眺めながら、考え事をしているようだ。

 ただ、静かに。

 すると、濠嵐が、「失礼します」と豪快に言い、御簾を開けて、撫子の部屋に入ってきた。


「帝、文は、隊士に渡しました」


「おおきに」


 濠嵐は、撫子に、隊士に文を渡したことを告げに来たのだ。

 その文と言うのは、聖印京にいる静居に宛てたものであり、対談をしたいと撫子が、書き、濠嵐に依頼したのだ。

 隊士にこの文を渡して、聖印京まで届けさせよと。

 濠嵐は、戸惑いつつも、隊士に命じたのであった。


「帝。静居殿は、本当に、対談を受け入れるでしょうか?」


「受け入れます」


「なぜ、そう思うんでごわすか?」


 濠嵐は、撫子に問いかける。

 本当に、静居が、対談を承諾するとは、思えなかったからだ。

 だが、撫子は、きっぱりと言いきる。

 なぜ、言いきれるのは、濠嵐には、わからず、撫子に、尋ねたのであった。


「あの男は、あての命も、狙ってるはずや。せやから、対談をするってことは、絶好の機会になる。逃すわけがないんどす」


「ですが、そうなると、帝の命が……」


 柚月の推測通りだった。

 撫子は、静居が、自分の命を狙っていると踏んでいるようだ。

 そのため、静居は、必ず、対談を承諾する。

 撫子の命を奪うために。

 だからこそ、撫子は、わざわざ、危険を冒してまで、対談を提案したのであろう。

 だが、濠嵐にとっては、不安に駆られるばかりだ。

 もし、撫子が、帝によって殺されるのではないかと思うと。


「そうでもせんと、情報は掴めんと言う事どす。危険を顧みたらあきまへん。ここも、あの男に、支配されてしまいますわ」


 撫子は、命を狙われる覚悟で、対談を決意したようだ。

 そうでなければ、情報を掴めないと考えたのだろう。

 一刻の猶予もない。

 対策をとらなければ、平皇京も、聖印京と同じように、静居に支配されてしまう。

 撫子は、懸念していたのだ。

 だが、なぜか、撫子は、余裕の笑みを浮かべている。

 命を奪われてしまうという恐怖心は無いのだろうかと思うほどに。


「さて、どう動くやろうね」


 撫子は、まるで、静居がどう動くのか、楽しみにしているようだ。

 静居は、撫子達にとって、驚異のはず。

 それなのに、なぜなのだろうか。

 濠嵐でさえも、読み取れなかった。

 撫子でさえも。



 その頃、ある人物が、平皇京から、少し離れた場所にいる。

 しかも、隊士と対話しているようだ。

 だが、それは、明らかに、平皇京の隊士ではない。

 平皇京の隊士ならば、撫子の紋がついた衣服を身に着けているはず。

 それを身に着けていないという事は、平皇京以外の隊士であるという証拠であった。


「頼んだよ」


「はっ」


 どうやら、とある人物は、隊士に何か、依頼をしたようだ。

 隊士は、頭を下げ、とある人物は、不敵な笑みを浮かべていた。



 その日の夜。

 柚月達は、眠りについた。

 疲れがたまっていたのだろう。

 柚月達は、ぐっすりと眠っているようだ。

 だからなのだろうか。

 柚月達は、気付いていない。

 何者かが、柚月達のいる部屋に侵入しているなどと。

 その者は、柚月の元へと忍び寄り、短刀を引き抜き、柚月に向ける。

 柚月を殺すつもりだ。

 その者は、暗殺者だった。

 暗殺者は、容赦なく、柚月に向けて、短刀を振り下ろした。

 しかし……。


「っ!」


 短刀が振り下ろされた瞬間、柚月は、目を開け、とっさに起き上がり、側に置いてあった真月を手にして、暗殺を防ぐ。

 暗殺者は、驚愕し、顔を引きつらせていた。


「それで、俺を殺せると思ったのか?甘いな」


 柚月は、気付いていたようだ。

 暗殺者が、自分を殺しに来ていると。

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