第二十話 帝・神薙撫子
「あ、貴方が……」
「はい。帝でございます」
未だに柚月は、信じられないようだ。
当然であろう。
帝の女房兼護衛と名乗っていた撫子が、まさか、帝本人だったとは、誰が、予想できたであろうか。
だが、今にして思えば、朧の様子も、濠嵐の様子も、おかしかった。
まるで、真実を隠しているようで。
それは、彼女が、帝だと知っていたからであろう。
「な、なんで……」
「そりゃあ、もちろん、変装でございます。まさか、帝が女だなんて誰も気付きませんでっしゃろ?念のためどす」
なぜ、帝と名乗らず、女房だと偽ったのか、柚月は、撫子に尋ねる。
撫子は、堂々と変装の為と答えた。
確かに、聖印一族の柚月でさえも、帝が女性だとは、知らなかった。
おそらく、知っているのは、ごく一部であるだろう。
聖印一族でさえも、帝と謁見もできず、帝の正体を知る者は、いなかったのだ。
もちろん、念のための変装に為に、撫子が、女房だと偽っていたというのが、嘘だという事は、柚月もわかっている。
だが、否定することもできず、柚月はは、感情を押し殺し、わなわなと体を震わせていたのであった。
「朧?お前……」
「ご、ごめん。話したかったんだけど……なんか、言いだせなくて……」
柚月は、朧へと視線を向けて、問いただす。
なぜ、こんな大事な事を言わなかったのかと。
朧は、正直に、話そうとしていたのだ。
だが、撫子が、強引に話を進め、門番達の表情を目にした時、朧は、言えなくなってしまった。
撫子が、言わせないようにしているのだと察して。
本当のことが言えず、曖昧に、答えた。
「まさかと思うけど、お前達は……」
「わらわは、気付いていたぞ」
「僕も……すみません」
柚月は、光焔と餡里へと視線を移す。
なぜなら、二人は、驚いておらず、冷静な反応を見せたからだ。
これは、先ほどの、蛍と同様の反応である。
だが、彼らは、撫子が、帝だと知らないはずだ。
となれば、彼らは、気付いていたのではないかと、柚月は、推測したようだ。
案の定、光焔と餡里は、気付いていた。
しかも、光焔は、堂々と答え、餡里は、申し訳なさそうに、うなずいた。
なぜ、自分だけが、気付けなかったのだろうか。
柚月は、落ち込み、うなだれてしまった。
「まぁ、そう、きぃおとさんでください。気付く人は、そうおりまへん」
「は、はい……」
さすがに、やり過ぎだと感じたのだろうか。
撫子は、柚月を慰める。
普通の人間は、気付かないのだと。
慰められた柚月は、うなずきながらも、落ち込んだままなのであった。
「さて、神々の事でも話しましょか」
柚月を励まし、話は終わったと思ったのだろう。
柚月の心情を読み取ることなく、撫子は、神々について話しをし始めようとした。
柚月は、地味に傷ついたが、反論する気力もなく、ただ、黙って、撫子の話を聞くことにしたのであった。
「光の神についてた神々、水の神、桜の神、空の神は、三種の神器を持ってるらしいんどす。つまり、神々を復活させんことには、三種の神器は、手に入らんということどすわ」
撫子は、神々について語り始める。
やはり、水の神、桜の神、空の神が、三種の神器に関係しているらしい。
だが、神々を先に復活させなければ、三種の神器を手に入れることはできないようだ。
これは、さすがに、困難を極めるであろう。
「だが、どうやって、復活させれば……」
柚月は、不安に駆られた様子で呟く。
なぜなら、神々を復活させる方法を柚月達は、知らないからだ。
知っていたとしても、容易ではないはず。
柚月達は、頭を悩ませていた。
「神々を復活させる方法を知ってます」
「どうすれば、いいんですか!?」
彼らの手を差し伸べるかのように、撫子が、神々を復活させる方法を知っていると告げる。
朧は、期待を抱き、撫子に問いかけた。
どうすれば、神々を復活させられるのかを。
「水の神は、聖水の泉で。桜の神は、千年桜で。空の神は、神聖山で眠ってると言われております」
撫子は、神々がどこで眠っているかを説明する。
やはりと言ったところなのであろうか。
柚月と朧の読み通り、水の神は聖水の泉と桜の神は千年桜と関連していた。
「水の神は、聖水の雫と呼ばれる宝玉、桜の神は、桜の結晶と呼ばれる宝玉、空の神は、赤、青、緑、黄、紫、白、黒の七色の宝玉をささげれば、復活するそうどすわ」
「探すのが、大変そうですね……」
「ああ、時間が、かかりそうだ……」
次に、撫子は、復活させるために必要な道具を説明する。
神々を復活させるには、宝玉が必要なようだ。
だが、どれも、手に入れるには、至難の業と言ったところであろう。
しかも、空の神に関しては、七つの宝玉が必要らしい。
全てをそろえるのに、時間がかかりそうだ。
柚月も、朧も、途方に暮れていた。
「せやから、綾姫と瑠璃は、都から離れ、他の仲間達は、神隠しにあったんと違いますか?」
「なぜ、それを!?」
落ち込む柚月と朧に対して、撫子は、語りかける。
その手間を省くために、綾姫と瑠璃は、二人の前から姿を消し、柘榴達は、神隠しにあったのではないかと。
朧は、驚き、撫子に尋ねる。
なぜ、知っているのかと。
綾姫達が、行方不明になったことに関しては、撫子が、知っていたとは、思えなかったからだ。
だが、撫子は、何も言わずに、ただ、微笑むばかりであった。
「愚問、でしたね……」
朧は、撫子の反応に対して、理解した。
聞くまでもなかったのだと。
なぜなら、撫子の手腕ならば、聖印京の情報など、すぐに、手に入るであろう。
確かに、綾姫達が、行方不明になった事は、聖印一族でも、一部の人間にしか知らされていない。
だが、七大将軍を侮ってはいけない。
限られた人間しか知らない情報も、得てしまうのだ。
ありとあらゆる手段を使って。
それほど、実力のある者が、西の都、街を収めていたのであった。
「だが、聖水の泉や千年桜は、聖印京にあるし、神聖山も、そう簡単にはいけないだろうな」
柚月は、語りかける。
宝玉を手に入れられたとしても、聖印京へ再び、入る事は、困難を極めるであろう。
静居の罠を潜り抜けなければならないのだから。
「あの男が、何かしてるかもしれませんどすからね。ここに派遣されてた聖印一族は、皆、帰らされてしもうたし」
「そうなんですか!?」
撫子は、静居のことについて語り始める。
なんと、平皇京や各街に滞在していた聖印一族は、全員、帰還命令が出されたようだ。
これは、朧も、驚きを隠せない。
だが、今となっては、あり得ない話ではない合った。
「そうどすわ。連絡もしようにも途絶えてしまいましてなぁ。何を企んではるんやろうな。あの男は」
帰還命令が出された後、撫子は、静居と話がしたいと何度も文を送ったのだが、返事は、一向に帰ってこなかった。
何があったのか、理解できない撫子達。
ゆえに、撫子は、蛍を聖印京に潜入させたのだろう。
真実を知るために。
そして、蛍が、得てきた情報は、撫子達にとっても信じられないことであった。
だからこそ、撫子達は、静居を信用できなくなったのだ。
「帝、これから、いかがいたしましょうか」
「せやねぇ。あの男を、このままにしておきたくないし……。ここは、一度……」
「一度?」
濠嵐に尋ねられた撫子は、考え始める。
あの静居をどうにかする事は、不可能に近い。
ゆえに、打開策を見つけるのは、至難の業であろう。
「ここは、一度」と呟いた牡丹に対して、柚月は、息を飲んだ。
どうするつもりなのだろうかと。
しかし……。
「軍師と話し合い、しましょか」
「ええ!?」
「は、話し合い!?」
撫子は、突拍子もない事を提案する。
なんと、静居と話そうと提案してきたのだ。
これには、柚月と朧も、七大将軍も、驚愕した。
誰もが、予想できなかったからであろう。
まさか、静居と話すなどと、一番、不可能な事を言いだしたのだから。
「み、帝?それ、本気で……」
「もちろん、本気どす」
濠嵐は、確認するかのように、尋ねるが、撫子は、きっぱりと言い切る。
話し合うと言いだしたのは、冗談ではなく、本気だと。
「ほんに、あてから奇襲を仕掛けたいところやけど」
「それは、駄目です!」
「俺も、反対です……」
これまた、突拍子もない事を言いだす撫子。
奇襲など、絶対にしてはならない事だ。
朧は、血相を変えて、強く反対し、柚月も、驚きつつも反対した。
「冗談どす」
――冗談に聞こえないんだが……。
そんな二人に対して、撫子は、にっこりとほほ笑んで、冗談だと告げる。
安堵したものの撫子の冗談は、冗談に聞こえない。
柚月は、撫子の事を恐ろしいと感じ、心の中で、突っ込みを入れたのであった。
「今の聖印寮を敵に回すと厄介になるし。けど、このままにしておくわけには、あきまへんでっしゃろ?」
「確かに、そうですね」
撫子の言う通りだ。
このままでは、静居は、聖印京だけでなく、和ノ国を制圧するかもしれない。
だからこそ、こちらから何かしなければならない。
撫子は、そう考えていたのだろう。
朧も、納得し、うなずいていた。
「せやから、あの男と話して、企みを突き止め、それを阻止する。そうするしかないんどす」
「けど、あの男は……」
静居を止めるには、静居が何を企んでいるのかを突き止めなければならない。
だからこそ、撫子は、対策として、対談を提案したのであった。
静居が、対談を受け入れるかどうかは、まだ、不明だ。
だが、やるしかない。
和ノ国を守るために。
柚月も、納得はしているものの、不安に駆られてしまう。
なぜなら、静居は、強敵だ。
もし、静居が対談を受け入れたとして、撫子の命が狙われるかもしれない。
柚月は、それを懸念していた。
「うちの七大将軍、結構、強いんどす。せやから、心配せんといてください」
「は、はい……」
撫子は、柚月の不安をぬぐうかのように、告げる。
七大将軍がいるから心配ないと。
撫子は、信頼しているのだ。
七大将軍を。
ゆえに、そのような発言ができるのであろう。
それを聞いた柚月は、戸惑いながらも、うなずいた。
「さて、準備にかかりましょか」
撫子は、微笑みながら、告げる。
対談の準備に取り掛かろうと。
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