第十九話 気付かなかった柚月さん

 柚月達は、七大将軍に説明する。

 神のお告げを授かってから、聖印京から逃亡するまでの事を。

 濠嵐達は、神妙な面持ちで柚月達の話を聞いていた。


「なるほど、やはり、そういうことでごわすか」


「本性を現したってところだろうな。何が、神になるだ、ふざけた事をぬかしやがって。あたしらが、しめてやる!」


「い、今は、難しいと思うんだけど……」


「わかってるよ、そんな事!」


 濠嵐は、今の静居に対して、不信を抱いていたようで、静居が、何かたくらんでいると踏んでいたようだ。

 彼は、確信を得たようにうなずいていた。

 春見は、静居に対して、怒りを覚えたようで、右手を上げて、こぶしを作り震わせていた。

 だが、そんな春見を見た藤代は、今は、難しいと恐る恐る説明するが、逆効果だったようで、春見が苛立ったように叫んだ。


「まぁ、噂は本当ってところだったねぇ。そんなところだとは、思ったけど。本当、面倒なことになってきたよねぇ」


「静居は、危険だ。ただちに、対策を練らねば」


「けど、操れるんでしょ?今の僕らじゃ、どうにもならないね」


 静居が人を操れると聞いた篤丸は、面倒ごとになってきたとうなだれる。

 対策を練るべきだと訴える満英であったが、篤丸は、それは、難しいのではないかと、冷静に返答した。


「通りでおかしいと思ったのよね~。聖印京まで行ったら、みーんな、死んだような顔してるし」


「え?聖印京まで行ったんですか?」


 ここで、蛍が、意外な言葉を口にする。

 なんと、蛍は、聖印京に来たようだ。

 しかも、口ぶりからすると、聖印京に潜入したようだ。

 これには、さすがの柚月も驚いた様子を見せる。

 あの緊迫した状況で、どうやって潜入したのだろうか。

 柚月は、不思議に思っていたのだが、その答えを蛍が、語り始めた。


「そりゃあね。あたし、密偵とか、得意だし」


「まぁ、その恰好じゃあ、誰だって、将軍だとは、思わないよね。絶対」


「んもう、絶対って何よぉ」


 なんと、蛍は、密偵を得意としているらしい。

 なるほど、通りで潜入できるわけだ。

 と、思いたい柚月であったが、ここで、世津が、不思議な言葉を口にした。

 「その恰好」と言う事は、今の格好で行っても、誰も気付かなかったという事だ。

 しかも、絶対と。


「ん?その恰好って?普段とは、違うってことですか?」


 違和感を覚えた柚月は、蛍に尋ねる。

 その時、その場にいた者全員が、一斉に、柚月へと視線を向けた。

 しかも、あっけにとられた様子で。


「え?何?」


「柚月さん、本気で言ってるんですか?」


「え?」


 一気に、注目を浴びた柚月は、驚き、戸惑っている。

 おかしなことを言ったのだろうかと。

 ここで、餡里は、本気で質問しているのかと尋ねる。

 それも、冷静に。

 なぜ、このような事態になったのか、柚月は、見当もつかず、ただ、動揺するばかりであった。


「君、まだ、気付いてなかったの?」


「ん?」


 今度は、世津があきれた様子で尋ねる。

 気付いていないとは、どういう意味なのだろうか。

 それに、光焔と餡里は、気付いているのだろうか。

 朧は、何を知っているのだろうか。

 全くもって、わからない柚月は、困惑した様子で、目をぱちぱちと瞬きさせていた。


「蛍さん、本当の事、兄さんに話してあげてください」


「え?もう?つまんないのー。ま、いいけど」


 動揺する柚月を見て、朧が、困惑した表情で、蛍に懇願する。

 蛍は、まだ、この状況を楽しみたかったようで残念そうに承諾するのであった。

 それでも、柚月は、未だに気付いていないようだ。


「じゃあ、普段のあたしを見せてあげるから、ちょっと待ってね」


 そういって、蛍は、突如、髪の毛を引っ張り上げる。

 その行為に、驚いた柚月であったが、するりと簡単に髪の毛が、蛍の頭から離れ、ぱさりと畳の上に落ちた。


「え?」


 柚月は、あっけにとられたまま、その髪の毛をじーっと見つめる。

 なんと、その髪の毛は、かもじだ。

 地毛ではなかったのだ。

 驚きのあまり、目を瞬きさせながら、蛍の方へと視線を移す。

 すると、長髪から短髪に蛍は、服をはだけさせて胸元を見せる。

 蛍は、女性ならば、絶対にあるはずの胸がなかったのだ。

 逆に、がっしりとした胸板であり、まさに、男のようであった。


「これが、本当の俺だよ。あ、本名は、「ほたる」じゃなくて、「けい」だから」


「はぁ!?」


 柚月は、声を上げて、叫ぶ。

 なんと、蛍は、男だったのだ。

 しかも、漢字は同じだが、読み方が異なる。

 「ほたる」ではなく、「けい」と読むそうだ。

 つまり、けいは、女装し、ほたるとして、聖印京に忍び込んだに過ぎなかった。

 確かに、あの恰好では、誰も、西の将軍が、潜入しているとは、気付かないであろう。


「へぇ、本当に、気付いてなかったのか。意外だね」


「柚月は、もう、知ってると思ったでごわすよ」


「うん、中々、面白い反応だよねぇ」


 やっと、蛍の正体に気付いた柚月に対して、世津、濠嵐、篤丸が、各々感想を述べる。

 彼らは、柚月ならとっくに気付いていたと思っていたようだ。

 だが、それは、真逆であり、柚月は、まったく気づいていなかったのであった。


「し、知ってたのか?」


「う、うん……」


 柚月は、朧に問いかける。

 もちろん、朧は、知っていたのだ。

 蛍が、男であり、女装をしていることを。

 なぜ、言わなかったと責めたい柚月であったが、気になるのは、朧だけではない。

 柚月と同じで、七大将軍には、初めて会ったにもかかわらず、柚月とは違って、冷静な反応している光焔と餡里の事が気になり、すぐさま、視線を向けたのであった。


「わらわは、気付いてたぞ」


「ぼ、僕も……」


 視線を向けられた二人は、柚月が何を訴えたいのか、気付いたようで、各々答える。

 蛍の正体に、気付いていたと。

 そう、気付いていなかったのは、柚月だけだったのだ。

 あり得ないと全力で否定したかった柚月であったが、まず、一呼吸をし、心を落ち着かせ、再び、蛍へと視線を戻した。


「なんで、女装をしてるんですか?お仕事ですか?」


「そんなわけないじゃん。趣味だよ、趣味」


「は?」


 柚月は、蛍に恐る恐る尋ねる。

 なぜ、女装をしているのかと。

 蛍は、不思議そうに、柚月の問いに、答えた。

 趣味で女装をしているのだと。

 柚月は、その答えが全くもって理解できなかった。

 なぜ、女装が、趣味になるのか。

 あんなのは、悪夢でしかないというのに。

 柚月は、あっけにとられたまま、蛍を見ていた。


「女装はいいよ?楽しくって。今度、一緒にやらない?」


 蛍は、女装をしないかと柚月を誘う。

 だが、柚月は、衝撃が走った。

 蛍に対して、怒りを覚えるほどに。


――なんで、俺が、女装をやらなきゃいけないんだ。絶対に、やりたくない!


 柚月は、体を震わせながら、心の中で拒絶する。

 かつての記憶が蘇えったからであろう。

 五年前の事だ。

 華押街で女性が行方不明となる事件が起こり、柚月は、その事件を解決するために、景時に、女装して、おとりになる事を提案させられた。

 もちろん、柚月は、全力で断ったが、誰もがその提案を受け入れたのだ。

 ゆえに、柚月は、女装をさせられ、ひどい目に合った。

 今、その記憶が、蘇えり、全力で否定したのだろう。


「お、お断りいたします」


「えー、そう?」


 怒りを面に出さず、丁寧に断る柚月。

 そんな彼に対して、蛍は、残念そうな表情をしていた。

 だが、なぜ、自分を誘ったのだろうか。

 柚月は、蛍の真意が、全く理解できなかった。 

 いや、理解したくなかった。


「そりゃあ、そうでしょ?女装なんて、馬鹿な事するの、君だけだよ」


「うっ……」


 世津は、厳しい言葉を蛍に突きつける。

 だが、彼は、気付いていなかったのだ。

 その言葉は、柚月の心にも、深く、深く突き刺さっている事に。

 確かに、女装など馬鹿げた事だ。

 だが、かつて、それを強引にさせられた柚月にとっては、苦い経験であり、自分も、言われているような感覚に陥っていた。


「ま、まぁ、その話は、置いといて。えっと、俺達、光の神のことについて調べようと思ってるんです。その光の神についていた神々の事を帝が知ってるって聞いたんですが……」


「そうでごわすな。帝なら、知ってるでごわすよ」


 そんな柚月を気遣ってか、朧は、話を強引にそらし、光の神についていた神々のことについて尋ねる。

 すると、濠嵐は、帝が知っていると答えた。

 やはり、帝に尋ねなければならないようだ。


「で、その帝は、どこに?」


 帝に尋ねたい柚月達であったが、肝心の帝がどこにもいない。

 この城には、いないのだろうか。

 柚月は、尋ねるが、全員、柚月から目をそらす。

 それも、申し訳なさそうに。


「そ、そちらに……」


「ん?」


 状況を把握できない柚月に対して、濠嵐が、恐る恐る答える。 

 しかも、指を震えながら指してだ。

 どうやら、帝は、この部屋にいるらしい。

 それも、柚月の右隣に。

 柚月の右隣にいる人間と言ったら、もう、一人しかなかった。


「え?まさか……」


 柚月は、やっと、状況を把握した。

 帝が誰なのか。

 そして、あっけにとられた様子で、撫子の方へと視線を向けた。


「もう、明かさないといけないんどすか?楽しかったのに……」


 撫子は、残念そうに語る。

 この状況を楽しんでいたかのようだ。

 だが、気付かれてしまっては、仕方がない。

 撫子は、柚月の方へと視線を変え、にっこりとほほ笑んで改めて、自己紹介をし始めた。 


「改めて自己紹介しましょ。あての名は、神薙撫子かんなぎなでしこ。牡丹の姉で、帝でございます」


「はあああああああああっ!?」


 隣にいる女性撫子こそが、牡丹の姉であり、帝であると知った柚月。

 柚月は、衝撃のあまり、叫び、その声は、部屋だけでなく、城全体に、響き渡ったのであった。

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