第十七話 聖印京の実態

 柚月は、撫子に、光の神にお告げを授かった事、静居が本性を表わし、聖印京を制圧してしまった事、そして、光の妖である光焔を目覚めさせ、その光焔が、凶悪な妖であり、彼を解放した柚月を処刑しようとした事、朧が、柚月を救出したが、静居が、人々までも、操り始め、止むおえなく聖印京から逃亡したことを話した。


「なるほど、そういうことどすか……。偉い、大変な目に合いましたなぁ」


「はい。まるで、牢獄のようでした」


「そうだな」


 思い返せば、本当に、牢獄だった。

 静居が神となると宣言した日から、人々の生きる気力を失っていったのだ。

 しかも、人々は、静居に操られてしまっている。

 もはや、牢獄と言うよりも、地獄と化したといった方が正しいのであろう。

 そして、彼らを救えなかったことを柚月と朧は、悔やんでいた。


「皆、無事だといいんだが……」


「そうどすね……」


 柚月と朧は、自分達を逃がすために、聖印京に残った勝吏達の身を案じる。

 無事であってほしいと。

 彼らの話を聞いていた撫子も、彼らの無事を祈るばかりであった。


「しかし、えらい、大層な任務を与えられましたなぁ。三年前とは、違いますなぁ、朧」


「そ、そうですね……」


 撫子は、感慨深いと感じながら、朧に語りかける。

 朧が、平皇京を訪れたのは、三年前、聖印京を旅だってから、すぐのことだ。

 当時の朧は、まだ、幼く見えたのだが、今は、見違えるように、青年へと成長を遂げた。

 しかも、彼に任務を与えたのは、大将でも、軍師でもなく、神だ。

 それほど、強くなったのだろう。

 朧も、戸惑いつつも、うなずいた。


「ちなみにですが、あてが、あんさん方が、追われてるんと知ったのは、わけがあります」


「と言うのは?」


「……聖印寮から、密命が下されたんどす。鳳城柚月、鳳城朧は、凶悪な妖を引き連れて逃亡しているため、見つけ次第、報告せよ、と」


「っ!」


 撫子が、柚月達が、追われる身だと知っていた理由は、なんと、聖印寮から密命を授かったからだ。

 おそらく、静居の差し金なのだろう。

 柚月と朧を捕らえて、殺すために。

 それを聞き、驚愕した柚月達は、顔を引きつらせる。

 撫子は、自分達を捕らえようとしているのではないかと疑ってしまうほどに。

 そうではないと、否定したいところだが、相手は、静居だ。

 もしかしたら、撫子も、操られてしまっているのではないかと不安に駆られていた。


「ですが、安心してください。あてらは、あんさん方をあの男なんかに、差し出すつもりはありはしまへん」


「なぜでしょうか?」


 柚月達の心情を察したのか、撫子は、笑みを浮かべて、きっぱりの静居の命令をはねのけるように、言い切る。

 それを柚月達は、安堵していた。

 どうやら、彼女は、操られている様子はなさそうだ。

 彼女の瞳は、光を失っていないようだから。

 しかし、なぜ、命令に従うつもりはないだろうか。

 朧は、撫子に問いかけた。


「聖印京の実態は、すでに知っておりました。皇城静居が豹変し、聖印京を制圧したと」


 撫子は、静居が、密命を下す前に聖印京の実態を知っていたようだ。

 撫子曰く、聖印京に入れなくなったと平皇京の隊士から聞き、帝が、密偵を送ったところ、現在の聖印京の真相を知り、静居に不信感を抱いたのだという。

 それ以降、帝は、静居達を警戒してきたのであった。


「そない男を信用するわけがありはしまへん。安心してください」


「それは、助かった。あの男は、わらわ達を殺すつもりだろうからな」


「こない可愛い妖を殺すだなんて、あの男は、物騒なことしはりますなぁ」


 撫子が、静居を信用しておらず、柚月達を静居の元に差し出すつもりはないと知り、光焔も、安堵していたようだ。

 自分は、凶悪な妖だと思われていたのではないかと不安に駆られていたのであろう。

 だが、撫子は、光焔の事を信じているようだ。

 彼は、凶悪な妖ではないと。

 彼の姿が、そう、物語っているのかもしれない。

 撫子は、光焔の頭を撫でて告げた。


「ですが、ほんに、あんさんは、妖なんどすか?」


「一応、な」


「そうどすか……」


 やはり、撫子も、光焔を見て何か感じたようだ。

 彼は、普通の妖ではないと。 

 撫子は、聖印一族ではない。

 だが、彼の姿は、妖とは思えないほど、美しく、神秘的なのだろう。

 柚月は、事情を知っているが、神が妖を生んだという事を話せば、混乱を招くと予想したため、曖昧な返事をした。

 撫子は、一応、納得はしたものの、どこか、疑問を抱いているようであった。


「それで、光の神のことどすけど、あてらは、何も知らんのどすわ」


「そうですか……」


 撫子は、光の神については知らないらしい。

 どうやら、平皇京には、光の神のことについては、伝承は、残っていないようだ。

 朧は、少し残念な様子で、うなずく。

 何か、知っているのではないかと期待していたからであった。

 しかし……。


「ですが、光の神についたと言われてる水の神、桜の神、空の神のことは、言伝えがあります」


「言伝え?」


 撫子は、水の神、桜の神、空の神のことに関して言い伝えが残っていると話す。

 その言い伝えとは、何なのだろうか。

 柚月は、撫子に尋ねた。


「はいな。それを知ってるのは、帝、なんどすわ」


「帝……ですか……」


 言い伝えを知っているのは、帝だと答える撫子。

 帝の事を知っているのか、はたまた、何か、引っかかることがあるのか、朧は、少し、困惑した様子で、撫子を見ながら、呟く。

 だが、撫子は、朧の様子など気にも留めておらず、話を続けた。 


「帝に、この事、お話しましょ。ですが、その前に、お願いがあるんどす」


「そ、その前に?」


 帝に、事情を話そうと提案する撫子。

 だが、その前に、お願いしたいことがあるという。

 一体何なのだろうか。

 餡里は、不安に駆られた様子で、恐る恐る尋ねた。


「七大将軍様に会ってほしいんどす」


「七大将軍に?」


「はいな」


 撫子は、柚月達に、七大将軍に会ってほしいという事であった。

 七大将軍の事を知っている朧は、撫子に尋ねる。

 と言うのも、朧は、七大将軍にも協力を仰ごうと思っていたからだ。

 だが、実は、七大将軍に会うのは、容易な事ではない。

 そのため、朧は、なぜ、撫子が、このような懇願をしたのか、見当もつかなかった。

 撫子は、笑みを浮かべて、朧の問いにうなずいたのであった。


「七大将軍?」


「西地方で各地を守護している人達だ」


「そうどす。地位は、聖印寮の武官と同じと思うてくれれば、分かりやすいと思いますなぁ」


 七大将軍は、西地方の各地の街を統治し、守護している人々だ。

 地位は、撫子の言う通り、聖印寮の武官と同等。

 つまり、帝の次に、身分が高いことになる。

 それゆえに、朧は、今、七大将軍は、各地にいると、踏んでおり、帝に話をしてから、彼らの元を回ろうと考えていたのだ。

 だが、撫子が、七大将軍に会ってほしいという事は、彼らは、ここにいるという事なのだろうか。


「その将軍たちが、今、ここにいるという事なのか?」


「ええ。緊急事態どすからね。彼らに、先ほどの事、話してほしいんどす。

ええでしょうか?」


 朧は、撫子に尋ねる。

 どうやら、朧の読み通り、七大将軍は、平皇城にいるようだ。

 撫子曰く、緊急事態だかららしい。

 聖印京が、牢獄に変わってしまった事、そして、静居から、柚月と朧のことに関しての密命を受けての事であろう。

 聖印京の異変は、平皇京の平穏を脅かすこととなると危険を察知したのかもしれない。

 だからこそ、彼らは、集まったのであろう。

 そして、柚月と朧が、ここを訪れたのは、彼らにとって、好都合と言えるのかもしれない。

 ゆえに、撫子は、七大将軍に会ってほしいと懇願したのであった。

 撫子は、柚月達に、再度、懇願した。


「兄さん」


「お前が決めろ。お前の方が、七大将軍について知っているはずだ」


「うん」


 朧は、視線を柚月へと移し、相談する。

 だが、柚月は、朧に判断を任せたのであった。

 なぜなら、彼らの事を知っているのは、朧だ。

 それゆえに、柚月は、朧に決めるよう促したのであった。


「わかりました。俺も、お会いしたいと思ってましたので。会せてもらえませんか?」


「おおきに」


 朧は、撫子に、彼らに会わせてほしいと懇願する。

 これは、朧達にとっても、好都合だ。

 七大将軍が、集まっているのなら、彼らと結託する事もできるはず。

 朧は、そう判断したのであった。

 撫子は、頭を下げ、立ち上がった。


「では、行きましょか」


 撫子は、柚月達を七大将軍がいる部屋へと案内し始めた。



「ここどす」


 撫子は、部屋の前で立ち止まり、告げる。

 どうやら、この部屋に七大将軍がいるようだ。

 柚月、餡里は、どこか、緊張した面持ちでうなずく。

 反対に、朧と光焔は、冷静に、静かにうなずいたのであった。

 撫子は、静かに、御簾を上げる。

 すると、部屋には、五人の男性、二人の女性、一人の少年が座って、待っていたのであった。

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