第二章 西の帝と七大将軍
第十六話 ようこそ、平皇京へ!
華押街から旅立ってから、二週間の月日がたった。
柚月達は、ようやく、西の都・平皇京にたどり着いたのだ。
本来なら、馬なら三日から四日の間に、徒歩なら一週間でたどり着けるのだが、目立つため、移動用の馬を持ちいる事はできず、静居に気付かれないようにするため、遠回りして、光焔と餡里の身を案じつつ、平皇京にたどり着いたのだ。
それでも、何事もなく、無事に来れたのは、朧が、旅した時の経験を生かしたからである。
柚月は、朧に感謝していた。
「着いたよ、ここが、平皇京だ」
朧は、餡里に、平皇京にたどり着いたことを教える。
平皇京は、華押街のように、賑やかで美しい街だ。
もちろん、聖印京も、賑やかである。
だが、こちらは、落ち着きのある聖印京とは違って、豪華絢爛と言う言葉が、よく似あう都であった。
「にぎやかな街なんですね」
「うん、俺、ここ好きなんだ」
「朧さんは、行ったことあるんですか?」
「うん」
朧と餡里は、何気ない会話をし始める。
こうして、笑いあって会話ができるというのは、喜ばしいことなのだろう。
もし、何事もなかったら、朧も餡里も、お互い友として、平穏に過ごせていたのかもしれない。
そう思うと、柚月は、やりきれず、心が痛んだ。
「柚月さんは?」
「俺は、初めてだ。だから、朧、案内頼むぞ」
「任せて」
餡里は、柚月に尋ねる。
もちろん、柚月は、平皇京に来るのは、初めてだ。
西の地方に行ったことがない。
月読の命により、聖印京周辺の任務に当たっていたからであろう。
今思えば、柚月を自分のそばに置いておきたかったという親心だったのかもしれない。
柚月は、そう、思えてならなかった。
それゆえに、柚月は、平皇京に関しては、無知と言ったところだ。
どこに何があるかは、知らない。
そのため、朧に案内を任せ、朧は、自信満々に、うなずいたのであった。
「光焔、はぐれるなよ」
「うむ、わかった」
朧は、光焔の手を握り、歩き始める。
こうしてみると、兄弟のようだ。
しかも、朧は、兄のように思えてくる。
自分の後ろをついてきてばかりだった朧が、こうして、自分の前に立って、歩き、光焔の事を弟のように接している。
朧の成長ぶりに、柚月は、内心、感心していたのであった。
「で、これから、どうするんだ?」
「まずは、帝に会いに行こう。牡丹さんも言ってたけど、帝なら、俺達に協力してくれるはずだ」
「会いに行くって言っても、そう簡単に会えるのか?謁見の手続きとかいるんじゃないか?」
柚月は、朧にゆだねる。
彼なら、誰に会えばいいかが、わかるからだ。
すると、朧は、帝に直接会いに行こうとしているらしい。
だが、いくら朧が、何度も、平皇京を訪れたことがあったとしても、そう簡単に、帝に直接会えるとは、柚月は、思っていない。
謁見の手続きなどをして、時間がかかるのではないかと、朧に尋ねたのであった。
「大丈夫、俺、帝と知り合いだから」
「ええ!?」
ここで、朧は、衝撃的な言葉を口にする。
なんと、帝と知り合いだとあっさあり言ってのけたのだ。
これには、さすがの柚月も、驚愕していた。
「そ、そんな、簡単にお知り合いになれるんですか?」
「いや、なれるわけない。なれるはずがない」
餡里も、驚愕しているようで、恐る恐る柚月に尋ねる。
柚月は、あり得ないと思っているようで、全力で首を横に振って否定した。
その通りだ。
いくら、聖印一族であったとしても、そう簡単に、帝と知り合いになれるわけがない。
帝は、静居と立場が同じと言っても、過言ではないからだ。
それゆえに、静居に、意見ができるのも、帝とその血族の身であった。
「朧の奴、見ないうちに、すごい人と知り合いになってるな……」
そんな帝と知り合いになった朧。
一体、どうやって、知り合いになれたのであろうか。
柚月には、全く見当がつかない。
柚月は、感心を通り越して、引いていたのであった。
「さあ、行こう」
柚月の心情に全くもって気付いていない朧は、満面の笑みで、柚月達を帝の元へと案内するために、歩き始めた。
しばらく、進んだ柚月達。
街を通り抜けると城が見えてくる。
中央にある正殿、両側にある東殿と西殿で構成された城だ。
聖印京の本堂と比べると遥かに広い事が目に見えて分かる。
その城は、平皇城と呼ばれており、平皇京の象徴でもあった。
平皇城へと進む柚月達。
城の前には、門番が立っていた。
「こんにちは」
「そ、そなたは、朧殿!」
「久しぶりでございますな!」
「はい!」
朧は、門番に語りかける。
朧の姿を目にした門番は、朧との再会を喜んでいるようで、嬉しそうに、朧に語りかけた。
どうやら、彼らは、朧の事を知っているようだ。
そして、朧も、彼らと知り合いであるかのように、語り始めた。
「あの、お願いが……」
「わかっていますぞ、帝に会いたいんでございますな!」
「はい!」
「少々、お待ちくださいませ!」
朧が、帝に会いたいと懇願しようとすると、門番たちは、気付いたようで、確認するように問いかける。
朧は、質問に答えると、門番の一人が、すぐさま、背を向けて、中へと入っていく。
本当に、帝に会えるようだ。
柚月は、うれしいはずなのだが、どこか、複雑であった。
「すぐに、会えるみたいだ。良かったな、兄さん」
「あ、ああ……」
帝に会えると察した朧は、嬉しそうに、柚月達に語りかける。
柚月は、うなずくが、戸惑いを隠せずにいた。
――朧が、遠くに行っちゃったな……。
朧と門番たちとのやり取りを見ていた柚月は、今の朧は、別人のように思え、まるで、彼が遠くに行ってしまったかのような感覚に陥り、内心、寂しがっていた。
取り残されてしまったような気がして。
しばらく、待っていると、門番が、一人の女性を連れて戻ってくる。
彼女は、妖艶で、美しく、落ち着きがある大人の女性のようだ。
彼女が、身に着けている衣服は漆黒で、模様の撫子の花がとても、美しい。
牡丹とは、正反対の女性のようにも思えてくる。
柚月は、そんな気がしてならなかった。
「お久しぶりどすなぁ、朧」
「あ、お久しぶりです。み……」
「初めまして、
「え?」
朧の事を知っているらしく、語りかける女性。
女性は、はんなりとしたしゃべり方をする。
やはり、牡丹と同じ、独特なしゃべり方だ。
ただ、牡丹とは少し異なって、この女性は、物静かなようだ。
朧は、女性に挨拶しようとするが、なぜか、彼女は、朧の話を遮り、自己紹介をし始める。
彼女、撫子は、なんと、帝の女房兼、護衛のようだ。
だが、自己紹介をした途端、朧は、あっけにとられ、驚きのあまり、目を見開いたまま、体を硬直させていた。
「あ、貴方が、帝の?」
「ええ」
柚月は、驚き、確認するように、撫子に尋ねる。
いくら、女房と言えど、帝の女房と言う事は、身分は、相当、高いはず。
そんな彼女が、直々に、柚月達の元へ会いに来たというのだ。
柚月は、驚きを隠せなかったが、撫子は、にっこりとほほ笑んでうなずいたのであった。
「ちょ、ちょっと待ってください!あなたは……」
「さあさあ、みなさん、こちらへどうぞ。ご案内しますんで」
「え、ええ!?」
突然、朧が、慌てだす。
どうやら、何か、事実を知っているらしく、撫子に言いたいことがあるようだ。
だが、撫子は、またもや、朧の話を遮り、柚月達を強引に中へと入らせる。
朧は、戸惑いつつも、門番達の方へと視線を移す。
すると、門番達が、申し訳なさそうに、朧に、頭を下げるのであった。
それも、冷や汗をかいて……。
――そういう事か……。
門番達の様子を見てどうやら、朧は、察したらしい。
朧は、これ以上、慌てる様子もなく、ただただ、あきれながら、柚月達についていった。
撫子の案内で、部屋に入った柚月達。
撫子が、お茶とお菓子を用意するといって部屋を出る。
柚月は、ただ、静かに、周辺を見回し、光焔は、ただ、じっと、撫子の方を見据え、餡里は、珍しそうに周辺を見回し、朧は、ため息をつきながら、待機していた。
すると、すぐさま、撫子が、部屋から戻ってきた。
「ようこそ、いらっしゃいました。さあ、どうぞ」
「あ、ああ。すまないな」
「いいえ」
撫子は、柚月達にお茶とお菓子を差し出し、柚月は、お礼を言う。
ただ、それだけの事だ。
それなのに、朧は、青ざめた様子で、二人のやり取りを見ていた。
「ん?どうしたのだ?朧、顔が、真っ青だぞ?」
「な、なんでもないよ……うん、うん」
光焔は、朧の様子に気付いたようで、朧に語りかけるが、朧は、若干、声を震わせながら、何でもないと言い切る。
どう考えても、何かあるようなのだが……。
だが、撫子は、そんな事はお構いなしにと、微笑みながら、柚月達に語りかけた。
「長旅で大変したでしょう?」
「いや、そんなことないさ。皆がいたし、体力には、自信があるからな」
「そうでしたか」
柚月達を気遣う撫子。
柚月は、一応、平然を装って返答する。
まだ、聖印京の事は、撫子に話すべきではないだろうと判断したのだ。
この事は、平皇京にも影響が及ぶはず。
それゆえに、柚月は、慎重になって言葉を選んだのであった。
しかし……。
「ですが……追手から逃げ切るのに、苦労したのでは?」
「なぜ、それを!?」
何気ない会話から、核心に迫った様子で問いかける撫子。
まだ、撫子は、柚月達が、どういう状況なのか、知らないはずだ。
自分達が、隊士達や妖達に、追われているなどと。
柚月は、驚愕し、撫子に問いかけた。
「知ってますよ。だって、ここは、西の都、帝が治める平皇京どすから。聖印京の情報は、とうに、つかんでおります」
どうやら、聖印京の事は、熟知しているようだ。
今、どういう状況なのかも。
さすがと言ったところであろうか。
柚月達は、あっけにとられて、言葉が出てこなかった。
「お話、聞かせてもらえませんか?」
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