第十五話 壮大な旅と戦いの始まり

「光の妖?」


「うむ。だが、正確には、光の神から生まれた妖だ」


「光の神から?」


 光焔は、自分の正体を柚月達に告げる。

 なんと、光の神から生まれた妖だというのだ。

 柚月達は、戸惑い、驚きを隠せない。

 光焔は、妖とは違う気がしていたのだが、まさか、神から生まれた妖だとは、思いもよらなかったのだろう。

 状況をすぐには、飲みこめなかった。


「神が、妖を生んだっていう事なんか?」


「そんな話、聞いたことないわね……」


 やはり、保稀でさえも、聞いたことがないらしい。

 神が、妖を生んだという話は、誰も聞いたことがないし、歴史書にも載っていないからだ。

 いや、妖がどうやって生まれるのかさえも、柚月達は、知らない。

 仮に、神が、妖を生んだとしたならば、なぜ、妖は、人間を襲い始めたのであろうか。

 柚月達は、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。


「そうであろうな。だが、これは、事実だ。嘘ではない」


 困惑する柚月達に対して、光焔は、冷静に答える。

 自分の言っている事は、嘘ではないと。

 疑われていると思っているのだろうか。


「光焔、俺達は、君を疑ってるわけじゃないんだ。ちょっと、混乱してるだけなんだよ」


「そうか……」


 誤解を生んだと気付いた朧は、すぐに訂正する。

 もちろん、誰も、光焔の事は、疑っているわけではないのだ。

 ただ、光の神が、妖を生んだという事実に驚き、困惑していただけである。

 話を聞いた光焔は、安堵した様子でうなずいていた。


「光の神から生まれたから、お前は、封印されていたのか?」


「よくわからぬのだ。光の神から生まれた妖だというのは、わかるのだが、なぜ、封印されていたかまでは……」


「そうか」


 柚月は、光焔に、封印されていた理由を尋ねる。

 だが、実の所、光焔もよくわかっていないらしいのだ。

 自身の正体は、わかっている。

 だが、過去に何が起こったのか、覚えていないらしい。

 光焔のことについては、これ以上の事は、詳細は、つかめそうになかった。


「だが、わらわは、危険な妖ではない。あ奴の言っている事は、まやかしだ」


「わかってる」


「信じてるよ」


「かたじけない」


 静居に、危険な妖と言われたからなのか、光焔は、自身が、危険な妖ではないと言い切る。

 もちろん、柚月も、朧も、光焔の事は信じているのだ。

 光焔は、嬉しそうな表情を浮かべて、柚月達に感謝していた。


「なんや、大変な事が起きとるみたいやね。何があったか、教えてくれへんか?」


「はい」


 柚月達のやり取りを聞いていた牡丹は、何があったのか、尋ねる。 

 彼女達は、光焔から、まだ、何も聞いていないのだ。

 柚月達の怪我を見て、何かあった事だけは、分かった。

 だが、先に、彼らの怪我が治り、目覚めてからのほうがいいだろうと判断し、待っていたのだ。

 柚月と朧は、これまでの事を牡丹達に説明し始める。 

 自分達が、光の神からお告げを受け取った事や、静居が豹変し、聖印京をのっとってしまったことなどを。


「そんなことがあったんか……」


「お兄様……」


 冷静に聞いていた牡丹達であったが、やはり、愕然としているようだ。

 それもそうであろう。

 安全だった聖印京が、静居に乗っ取られたというのだから。

 華押街も、どうなるかは、不明だ。

 それに、聖印京には、保稀の兄である虎徹もいる。

 彼も、柚月と朧達を助け、聖印京に残った。

 それゆえに、保稀は、虎徹の無事を祈るしかなかった。


「すみません」


「謝ることないで。無事でよかったわ」


 柚月は、牡丹達に謝罪する。

 力不足だったがために、静居に太刀打ちできず、自分達だけ、逃げてしまった事を。

 だが、牡丹達は、柚月達を咎めるつもりなど毛頭ない。

 それどころか、そんな状況の中で、無事だったことに安堵しているようだ。

 牡丹達は、柚月達に微笑みかけ、柚月達も、静かにうなずいた。


「けど、これから、どうするの?」


「そうですね。まずは、光の神のことを調べようかと思います。そうでなければ、聖印京を取り戻すことはできませんから。と言っても、どこで調べるかまでは……」


 保稀は、柚月達に、どうするのかを尋ねる。

 柚月は、聖印京を取り戻すために、光の神のことについて調べようとしているようだ。

 と言っても、どこで、調べるかまでは、決まっていない。

 静居は、追手を放っている可能性もある。

 正直、柚月達は、途方に暮れているのであった。


「なら、西の都・平皇京へいこうきょうに、行ってみたらどうやろうか?」


「平皇京ですか?」


「せや。あの人が、きっと、力になってくれる。協力者を増やすことも重要やで」


 牡丹は、柚月達に助言する。

 牡丹の故郷である平皇京に行ってみてはどうかと。

 牡丹は、平皇京を収めている帝の妹だ。

 ゆえに、帝なら、柚月達の力になってくれると信じているのであろう。

 聖印京の状況を知れば、協力してくれるはずだ。

 牡丹は、そう、確信していたのであった。


「ありがとうございます。平皇京に行ってみます」


「兄さん、その前に……」


「ああ、わかってる」


 柚月は、牡丹に感謝の言葉を述べ、平皇京に行くことを決意する。

 だが、その前に、朧は、やりたいことがあるようだ。

 柚月も、朧が、何をしたいのか、理解しているようで、反対しなかった。


「隣の部屋に行ってみ、今は、凛が見てくれとるから」


「ありがとうございます」


 牡丹も、朧が、何をしたいのか、理解しているようだ。

 隣の部屋に行くようにと促す、朧は、牡丹に感謝し、すぐに、立ち上がる。

 柚月も、光焔と共に立ち上がり、朧についていった。

 


 朧は、隣の部屋にたどり着いた。


「失礼します」


 朧は、部屋に入った。

 

「……久しぶりだね。餡里」


 部屋にいたのは、凛と餡里であった。

 なんと、餡里は、生きていたのだ。

 死闘を繰り広げ、朧と餡里は、気絶した後、柚月は、朧の元へと駆け付けた。

 その時、餡里は、生きていたのだ。

 かろうじて。

 柚月は、餡里を殺すことはせず、応急処置を施し、朧を聖印京へ隊士達に任せ、餡里を華押街へ運んだのだ。

 もちろん、隊士達には、餡里が生きている事は伏せて。

 そうでなければ、静居は、殺せと命じるだろう。

 それだけは、したくなかった。

 柚月が、餡里を殺さなかった理由は、朧が、餡里を殺そうとはせず、止めようとしていると夢の中で九十九から、聞かされていた為、餡里は、過去に何かあったと、悟り、餡里を助けたのだ。

 餡里が、生きている事を知り、朧は、安堵していた。

 しかし……。


「お、朧……さん。来てくださったんですね!」


 餡里は、以前とは違い、朧が、来た事を嬉しく思っているようで、明るい顔つきになる。

 だが、どこか、よそよそしい。

 まるで、他人行儀だ。

 それでも、朧は、自分の心情を餡里に気付かれぬよう嬉しそうな様子で、餡里に話しかけた。


「気分は、どうだ?」


「はい。調子がいいです」


「そう……」


 餡里は、朧に敵意を向けることなく、嬉しそうに話す。

 朧も、うれしいはずなのだが、少し、複雑だ。

 柚月と凛は、餡里が、今、どういう状況なのか知っている。

 だからこそ、朧の心情も理解しており、柚月も、複雑な感情を抱いていたのであった。



「あの子、記憶、戻らないのかしら……」


「それは、あてにも、わからん。けど……」


 牡丹と保稀は、餡里について語り始める。

 餡里は、記憶を失ってしまったのだ。

 千里を失ったからであろうか。

 それとも、聖印が暴走したからなのか。

 原因は、わからず、記憶を取り戻す方法もつかめていなかった。


「知らないほうが、幸せって事もあるんやろうね」


「……そうね」


 牡丹は、餡里は、記憶が戻らないほうがいいのではと語る。

 餡里の過去は、壮絶だからだ。

 静居の思惑によって、巻き込まれ、幼馴染を失い、大罪人として、本堂の地下に封印されていた。

 そのため、餡里は、目覚めた後、憎悪を宿し、罪を犯してしまったのだ。

 多くの人間を傷つけ、殺めてしまった。

 もし、今の餡里が、この事を思いだせば、耐えられなくなるだろう。

 そう思うと、餡里は、知らないほうがいいかもしれない。

 たとえ、千里や朧の事を思い出せなかったとしても。

 それが、餡里の幸せなのではないかと。

 保稀も、そう思うっているようだが、複雑な感情を抱いていたのであった。



 朧と餡里は、楽しそうに、会話をしている。

 柚月、凛、光焔は、彼らを静かに、温かく、見守っていた。


「……餡里、君に、話さなきゃいけないことがあるんだ」


「何でしょうか?」


 一旦、話が終わったところで、朧は、暗い表情を浮かべて、餡里に告げる。

 餡里も、察したようで、朧の様子を伺いながら、問いかけた。


「俺達、平皇京に行こうと思ってる」


「あの西の都ですか?」


「うん。だから、戻ってくるのが、遅くなるかもしれないんだ」


 朧は、平皇京に行くことを餡里に告げる。 

 餡里は、平皇京は、西の都であることを知っているようだ。

 朧は、餡里の問いに、うなずきながらも、戻るのが遅くなるかもしれないと告げる。

 聖印京で起こった真実は、伏せて。

 餡里を巻き込むわけにはいかないからだ。 

 静居は、餡里が、生きている事を知らないはず。

 見抜かれている可能性もあるが、牡丹達が見守っていてくれるため、安全であろう。

 餡里には、幸せになってほしいと朧は、願っていたのだ。

 千里の分まで。

 それゆえに、朧は、餡里の過去を語ることもせず、友として、接してきたのであった。


「……なら、僕も、連れていってください」


「え?」


 餡里は、少し考えた後、朧に懇願する。

 共に連れていってほしいと。

 朧は、困惑してしまった。

 まさか、餡里が、懇願するとは、思ってもみなかったからだ。


「行ってみたいんです。平皇京に行ったら、記憶が、戻るかもしれない。……お願いします!」


「餡里……」


 餡里が、懇願した理由は、平皇京に行けば、記憶が戻るかもしれないと考えたからだ。

 過去の記憶を取り戻したいのだろう。

 朧は、躊躇してしまった。

 もし、餡里が、過去の記憶を思いだしたら、耐えられるかと不安に駆られ、餡里を連れていくことになったら、彼にも、危険が迫るだろう。

 なぜなら、自分達は、脱走者だ。

 静居は、自分達を探し、捕らえ、殺そうとするはず。 

 そうなれば、餡里も、無事では済まなくなる可能性が高かった。 

 しかし……。


「いいんじゃないか?」


「え?」


「連れていこう。朧」


「兄さん」


 迷っている朧に対して、柚月が背中を押すように、連れていこうと促す。

 もちろん、柚月も、餡里に危険が迫っている事は、承知の上だ。

 だが、餡里が、懇願したのには、わけがあるのだろう。

 柚月は、そう思えてならなかった。

 それゆえに、柚月は、背中を押したのであった。


「わらわも、構わぬぞ」


 光焔も、後押しするように、告げる。

 ここで、朧は、決心したようだ。

 餡里と共に平皇京に行こうと。

 餡里は、自分が守れると誓って。


「だって。一緒に行こう。餡里」


「はい」


 朧は、餡里の懇願を受け入れ、餡里は、嬉しそうに、うなずいた。

 こうして、柚月達は、華押街を離れ、平皇京を目指すこととなった。



 少し、休んだ後、柚月達は、出立する為、華押街の門まで歩く。

 本当は、まだ、休むべきなのだろう。

 だが、いつ、追手が、自分達を見つけるかわからない。

 もし、静居に見つかってしまったら、牡丹達も、巻き込んでしまうだろう。

 そうなる前に、ここを離れるべきだと柚月達は、判断した。

 彼らを見送るため、牡丹、凛、保稀が、華押街の門まで同行した。


「それでは、行ってきます」


「気ぃ付けていってきや」


「はい」


 牡丹達に、別れを告げて、柚月達は、華押街を後にする。

 牡丹達は、彼らの背中をいつまでも、見送っていた。

 たくましくなった彼らを。

 しかし……。


「お姉様」


「ん?」


「餡里さん、何も言わないんでしょうか?その……ご病気の事……」


 凛は、気がかりなことがあったようだ。

 それは、餡里の事だ。

 餡里は、病気を抱えているらしい。

 それは、柚月も、朧も知らない事だ。

 彼らに言わないでほしいと、強く懇願されたためである。

 それゆえに、凛は、餡里を心配していたのであった。


「そやね。ほんに、伝えるべきことなんやろうけど、それを決めるのは、餡里やからね」


「そうですね」


 もちろん、牡丹達も、餡里の事が心配だ。

 だが、柚月達に伝えるかどうかは、餡里が決めることであり、自分達は、見守るしかないのであろう。

 それでも、牡丹達は、柚月達の無事を祈りながら、いつまでも、見送っていた。

 柚月達は、歩み続ける。

 必ず、聖印京を取り戻すと誓って。

 こうして、柚月達は、壮大な旅と戦いを始めることとなったのであった。

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