第十四話 少年の正体

 少年は、柚月達を守るために、石から飛び出したようだ。

 だが、妖自ら、石から飛び出すのは、不可能である。

 なぜなら、その石は、術をかけなければ、出られないように、作られているからだ。

 それなのに、少年は、自分の力で石から出たことになる。

 一体、彼は、何をしたのであろうか。


――貴方は……。


「すまぬ。封印から解かれたばかりだったから、力を取り戻すのに時間がかかってしまった」


 少年が、どうやって石から出たのか、思考を巡らせる明枇。

 だが、少年は、そのことに関して気にも留めていないようで、淡々と説明し始める。

 今まで、石の中にいたのは、力が取り戻せていない状態だったため、出る事ができなかったようだ。

 と言っても、明枇は、答えが出たようには、到底思えない。

 少年は、一体何者なのであろうか。

 少なくとも、自分達と同じ妖ではなさそうだ。

 明枇は、少年について、考えようとするが、そうしている場合ではなかった。

 なぜなら、妖達が、また、出現し、柚月達に迫ってきているからであった。


――まだ、来るの!?

 

 妖達の出現に気付いた明枇は、愕然とする。

 静居が、召喚した妖達ではないものの、柚月と朧が、気を失っている状態で、戦うのは、不利と言えるだろう。

 だが、戦うしかない。

 明枇は、覚悟を決めて構えようとする。

 しかし、少年が、明枇の前に立った。


「後は、わらわに、任せるがよい」


――で、でも……。


「案ずるな。わらわは、ここで、負けるつもりはない」


 少年は、一人で、妖達を相手にしようとするつもりだ。

 明枇は、少年の身を案じるが、少年は、堂々とした様子で、勝つと宣言する。


「さあ、来るがよい」


 少年は、妖達を挑発するかのように、語りかける。

 すると、妖達は、少年に襲い掛かった。

 だが、少年は、光の壁を出現させ、妖達の行く手を阻む。

 少年は、跳躍し、妖の背をけって跳躍する。

 攻撃をふさがれ、怒り狂った妖達は、一斉に、少年に攻撃を仕掛けるが、少年は、再び、光の壁を出現させ、攻撃を防ぎきった。


――すごい……。全部、防ぎきってるわ……。


 妖達と華麗に戦う少年の姿を目の当たりにした明枇は、驚きのあまり、あっけにとられている。

 少年は、傷を受けることなく、攻撃を防ぎ、回避しているからだ。

 身体能力も、並大抵の力ではなさそうだ。

 それに、少年から放たれるのは、妖気とは少し違うのではないかと錯覚しそうになる。

 まるで、聖印の力に近しいような。

 彼は、妖だというのに。

 再び、光の壁で、攻撃を防いだ少年であったが、妖達に取り囲まれてしまい、妖達は、一斉に攻撃を仕掛けた。


――危ない!


 少年の危機を察知した明枇は、九尾の炎を発動しようとする。

 だが、それよりも、早く、少年が、身を回転させ、光の刃を出現させて、妖の攻撃を相殺した。


「甘い、それで、わらわを殺したつもりか?」


 少年は、笑みを見せることなく、冷静な表情で呟く。

 少年の脅威的な力を感じ取ったのか、妖達は、危機を察し、少年から遠ざかろうとする。

 恐怖を感じたのだろう。

 少年には、敵わないと。


「ならば、こっちから行くぞ」


 少年は、再び、光を発動する。

 その光は、瞬く間に、妖達を包みこみ、妖達は、浄化され、消滅した。

 少年は、一気に、妖達を討伐したのであった。


――たった、一人で、妖を……。あの子は、何者なの?


 明枇は、あっけにとられる。

 数匹だったとはいえ、少年は、たった一人で、戦い、妖達に、勝利したのだ。

 これが、驚かずにはいられない。

 やはり、ただの妖ではなさそうだ。

 だが、彼が、何者かのか、明枇でさえ、正体がつかめなかった。


「もう、大丈夫だ。追手もあきらめたようだ」


――わかるの?


「わかる。だから、案ずるな」


――え、ええ。


 少年は、周辺を見回し、明枇に語りかける。 

 どうやら、妖達の気配は、ないようだ。

 それは、明枇も感じていた。

 周囲には、いないようだと。

 だが、少年は、さらに遠くまで、妖達の気配を察知することができるようだ。

 明枇は、戸惑いながらも、うなずく。

 すると、少年は、柚月達の元へと歩み寄り、しゃがんだ。


――何を、するつもりなの?


「応急処置をする。わらわに、任せてもらえぬか?」


――わかったわ。


 少年は、柚月達の治療をするつもりのようだ。

 彼は、強いだけでなく、治癒術も習得しているらしい。

 光の力と言い、治癒術と言い、強い力を持った妖でなければ、習得できないような術を少年は、身に着けている。 

 もはや、妖なのかも疑わしいほどだ。

 だが、治癒術を発動できるのは、助かる。

 明枇は、治癒術を習得しておらず、彼らの傷を癒せないからだ。

 そのため、明枇は、柚月達の事を少年に任せ、少年は、柚月達の傷を癒し始めた。



「ここは……」


 意識を取り戻した柚月は、目を開ける。

 だが、彼が目にしたのは、外ではない。

 どこかの屋敷のようだ。

 起き上がり、周囲を見回す柚月。

 そこは、どこか、懐かしいと感じられる場所であった。


「華押街やで」


 背後から女性の声が聞こえてくる。

 柚月は、振り向くと、なんと、牡丹の姿を目にしたのであった。


「牡丹さん」


 柚月に呼ばれた牡丹は、優しく微笑む。

 どうやら、柚月達がいるのは、華押街にある牡丹のお店・椿屋のようだ。

 椿の母親である牡丹と再会を果たした柚月。

 だが、なぜ、自分が運ばれたのか、見当もつかなかった。


「俺は……」


 柚月は、自分の脇腹に触れる。

 痛みが引いているのだ。

 あれほど、激痛が走ったというのに。 

 折れていた骨は治っているらしい。

 だが、どうやって、運ばれたのか。

 そして、傷が癒えたのか、柚月には、わからなかった。


「目覚めたようだな」


「お前は……」


 柚月が目覚めたことを感じ取ったのか、少年が、部屋に入り、柚月の前に姿を現した。


「この子が、呼んでくれたんやで。柚月はんと朧はんが、怪我したって」


「え?」


「ここなら、安全だろうと思ったのだ。それに、この者は、お前達の知り合いだ。だから、助けてくれるだろうと思って、呼びに行ったのだ」


「どうして、俺が、牡丹さんと知り合いだって、分かったんだ?」


 なんと、少年が、牡丹達に知らせてくれたようだ。

 柚月と朧が怪我を負っている事を。

 しかも、少年は、牡丹が、柚月達の知り合いだと知ったうえで助けを求めてくれたようだ。

 だが、柚月は、気になったことがあった。

 それは、なぜ、少年が、牡丹は柚月達の知り合いであるかを知っているかだ。

 それも、華押街まで、どうやって行ったのだろうか。

 柚月は、少年に尋ねた。


「明枇が、教えてくれた。華押街にいる牡丹という人なら、助けてくれるはずだと」


「そうか、明枇が……」


 少年が、華押街まで行けたのは、明枇のおかげらしい。

 明枇は、少年が、柚月達の治療に取り掛かっている間、周辺に町があるかを探してくれたようだ。

 そして、近くに華押街があると気付き、それを知った少年が、柚月達の治療を終えた後、牡丹達を呼び寄せてくれたようだ。

 牡丹は、驚いたが、不思議と少年を信じることができたようで、お店の事を凛に任せ、保稀、そして、数人の男達と共に、柚月達の元へと駆け付けたという。 

 柚月は、少年と明枇、そして牡丹達に、感謝していた。


「牡丹さん、朧は……」


「朧はんなら、大丈夫やで。今、保稀が、見守っててくれとるはずや」


「そうですか……」


 柚月は、朧の身を案じ、牡丹に尋ねる。

 朧は、どうやら、眠っているようだ。 

 それも、命に別状はないらしい。

 それを聞いた柚月は、安堵していた。


「失礼します」


 保稀が、声をかけ、部屋に入ってきた。


「牡丹さん、朧が、目覚めたわ」


「朧が!?」


 保稀が、柚月達に報告する。

 なんと、朧が目覚めたらしい。

 安堵したのか、柚月は、嬉しそうな表情を見せる。

 牡丹も、うれしそうな表情を浮かべていた。


「わかった。ほな、いこか」


「はい」


 牡丹は、朧の元へ行こうと柚月と少年を誘う。

 柚月は、うなずき、布団から出て、少年も、静かに立ち上がり、部屋を後にした。



 隣の部屋に入った柚月達。

 部屋では、朧が、起き上がっており、柚月達が部屋に入った事に気付いた。


「兄さん!」


「朧、大丈夫か!?」


「うん、でも、兄さんこそ、大丈夫なのか?骨、折れてたんだろ?」


「あ、ああ、そのようだ……」


 柚月は、朧の身を案じる。

 だが、朧は、大丈夫のようだ。

 血を吐いたというのに、まるで、完治しているかのよう。

 朧も、柚月の身を案じて、尋ねたが、柚月は、不思議そうにうなずいた。

 あれほどの重傷だったというのに、すぐに治るのだろうか。

 時間も、聖印京から脱出してから立っていないはず。

 柚月も、朧も、不思議に感じていた。


「傷も癒えてる……。牡丹さん達が、治してくれたんですか?」


「あてらは、何もしてないで」


「じゃあ、誰が……」


 柚月は、牡丹達が、治してくれたのかと尋ねるが、牡丹は、首を横に振る。

 ならば、誰が、どうやって自分達の怪我を治したというのであろうか。

 それも、完治するまで。

 柚月も、朧も、まったく、見当がつかなかった。


「わらわだ。わらわが、お前達の傷を治した」


「君が?」


「うむ」


 思考を巡らせる柚月達に対して、少年は、自分が治したと名乗り出る。

 朧は、確認するかのように、少年に尋ねるが、少年は、静かにうなずいた。

 どうやら、本当に、少年が治してくれたようだ。


「君は、何者なんだ?本当に、妖なのか?」


 ついに、朧は、少年に尋ねる。 

 何者なのかを。

 柚月達は、少年が、妖だとは、思えないからだ。

 少年の立ち振る舞い、そして、放たれるのは、妖気ではなく、聖印に近しい力。

 考えれば、考えるほど、少年は、妖と言うよりも、神のように思えてならなかった。


「そうだな。わらわの正体を告げねばならぬな」


 朧に尋ねられた少年は、ついに、自分が何者なのかを告げようと決意したようだ。

 柚月達は、息を飲み、少年は、口を開けた。


「まずは、自己紹介をしよう。わらわの名は、光焔こうえん。光の妖だ」


 少年は、自分の名と正体を柚月達に告げた。

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