第十三話 光と炎の二重の刃

 あと、もう少しで、聖印門にたどり着くというのに、柚月と朧は、ここで、立ち往生してしまう。

 静居は、容赦なく、妖達を召喚する。

 柚月と朧の周りを妖達が取り囲もうとしていた。


「まずいな……囲まれる」


 柚月は、焦燥に駆られた様子で、周辺を見回し、呟く。

 このままでは、四面楚歌状態だ。

 だが、自分は、異能・光刀で乗り切れるが、朧は、妖の攻撃を受け、傷を負いかねない。

 このまま突っ込み突破するか、朧とここで戦い妖達を殲滅するか、柚月は、どちらかを選ぶしかなかった。


――一か八かだな……。


 朧は、心の中でつぶやき、刀を鞘から引き抜き、構える。

 このまま、戦うつもりなのであろうか。

 だが、朧は、別の選択が、頭に浮かんだようだ。

 朧は、柚月の腕をつかんだ。


「兄さん、このまま突っ込んで!」


「え?」


「いいから!」


 朧が選んだのは、ここで、妖を殲滅することではなく、このまま、突っ込み、突破する方のようだ。

 だが、柚月は、躊躇してしまう。

 朧は、なぜ、刀を鞘から抜いてまで、突破しようとしているか、見当もつかないからだ。

 だが、朧は、柚月に突破するよう訴えた。


「わかった」


 柚月は、朧を信じ、うなずく。

 そして、柚月もまた、朧の腕をつかみ、聖印門の方へと視線を移した。

 妖達は、柚月達へと迫りつつあった。


「行くぞ!」


 柚月は、再び、異能・光刀を発動する。

 二人は、そのまま、目の前にいる妖達へと突っ込もうとしていた。

 朧は、刀の切っ先を妖達に向ける。

 すると、刀は、九尾の炎を纏い始めた。


「燃えろ!」


 朧は、柚月が、妖達に迫ったと同時に、九尾ノ炎刀を発動する。

 九尾の炎は、瞬く間に、周囲の妖達を焼き殺し、二人は、そのまま、突破することに成功した。

 朧は、突破と妖の殲滅の両方を選んだのであった。


「やるな、朧。けど、必死だって、言ってなかったか?」


「もう、慣れた!」


「そうか」


 朧の戦い方を目にした柚月は、あの速さでよく対応できたなと、感心するが、先ほどは、必死についてきていると言っていた事を思いだし、意地が悪そうに尋ねてみる。

 だが、朧は、自信満々に、慣れたと言ってみせた。

 柚月は、笑みを浮かべて返答する。

 本当に、朧は、成長し、強くなったのだと、改めて、感じながら。

 柚月達は、そのまま、聖印門を目指すが、柚月は、あることに気付いた。


「結界だ!結界が張られてる!?」


「大丈夫!俺達なら!」


「……そうだな」


 やはり、静居は、簡単には、逃がしてくれそうにないようだ。

 聖印京の周囲に強力な結界が張られている事に柚月は、気付いた。

 このまま、突進したら、間違いなく、結界の餌食となってしまうだろう。

 あの結界は、逃亡者を捕らえる為に張られたものだ。

 結界に触れたら、体を刃のごとく切り刻まれてしまう。

 だが、朧は、自分達なら、突破できると踏んでいるようだ。

 なぜなら、柚月の異能・光刀と朧の九尾ノ炎刀を組み合わせれば、結界を相殺できるかもしれない。

 迷っている時間はない。

 柚月と朧は、ためらいなく、聖印門を突破しようと試みた。


「このまま突っ込むぞ!」


「うん!」


 柚月達は、速度を落とすことなく、駆け抜けようとする。

 結界を打ち破り、聖印京から出る為に。

 朧は、再び、九尾ノ炎刀を発動し、九尾の炎の刃が、光刀を覆い尽くす。

 光と九尾の炎の二重の刃で、結界を打ち破ろうとしていたのだ。

 柚月達は、二重の刃を結界にぶつける。

 結界から生み出された刃が、柚月達に襲い掛かろうとするが、光と九尾の炎に守られた。


「「おおおおおおおおっ!!」」


 柚月と朧は、雄たけびを上げながら、力を増幅させる。

 すると、結界にひびが入り始める。

 あと、もう一息、踏ん張れば、結界を破壊できる。

 柚月達は、そう確信し、力をさらに、込める。

 すると、ついに、結界が砕かれ、柚月達は、聖印京の外へと抜け出すことに成功した。


「よし!行くぞ、朧!」


 地面に着地した柚月達。

 だが、まだ、油断は、できない。

 なぜなら、妖達は、柚月達の後を追っているからだ。

 柚月は、異能・光刀を発動したまま、移動し始める。

 できるだけ、聖印京から遠ざかるために。



 しばらく進み、柚月達は、立ち止まる。

 朧は、振り返るが、妖達の姿は、どこにもなかった。


「逃げ切れた……かな?」


「ああ……」


 どうやら、追手から逃げ切れたようだ。

 柚月達は、警戒し、周囲を見回すが、妖の気配はない。

 それを確信した柚月は、安堵し、聖印能力を解除した。


「なんとか……な……」


 突然、柚月は、音を立てて、地面に倒れ込む。

 安堵したからなのか、緊張の糸が切れ、意識を失ってしまったようだ。


「兄さん!」


 朧は、慌てて、柚月の元へ駆け付け、柚月を抱きかかえる。

 すると、朧は、目を見開き、驚いていた。

 柚月の怪我は、朧が想定していた以上だったからだ。

 体中、あざだらけであり、傷を負っている。

 だが、それだけでは、なかったようだ。 

 柚月は、あばらを骨折していたらしい。

 朧が、それを知ったのは、柚月を抱きかかえた時に、柚月がうめき声をあげ、苦悶の表情を浮かべていたからだ。


「無理してたのか……」


 朧は、悟った。

 柚月は、無理をして、戦い、ここまで、逃げてきたことを。

 なぜ、今まで、気付かなかったのかと、悔やむ朧。

 もし、気付いていたら、柚月に無理をさせていなかったのにと。

 だが、その時であった。


「っ!」


 朧は、視線がぼやけ、ふらつきかける。

 だが、ここで、自分も倒れるわけにはいかないと、懸命にこらえ、荒い呼吸を繰り返し、息を整えた。


――朧、元に戻ったほうがいいわ。このままだと……。


 朧の身を案じた明枇が、語りかける。

 朧も、無理をしていたのだ。

 柚月と同じように。

 妖を憑依させるという能力は、驚異的だ。

 おそらく、憑依は、聖印一族の中では、最強の聖印能力であろう。

 だが、その分、欠点もある。

 それは、長時間、憑依ができない事だ。

 理由は、体に負担がかかってしまうため。

 特に、朧は、技を何度も発動し、長い時間、憑依させたまま、ここまで、逃げてきた。

 朧の体も、限界に近づいている。

 明枇は、それに、気付き、戻るよう促した。


「駄目だ。今、戻ったら、また、妖達に追いつかれるかもしれない」


――でも……。どこまで、逃げるつもりなの?


 朧は、ここで、憑依化を解除させるわけにはいかなかった。

 逃げ切ったとは、言いきれないからだ。

 静居は、多くの妖達を召喚することができる。

 それも、自分の周囲だけでなく、遠い位置にも配置できるのだ。

 だとしたら、自分達が、聖印京から脱出しても、聖印京の外で妖を召喚することができるかもしれない。

 そうなれば、油断はできないのだ。

 それに、今、朧が、憑依化を解除したら、意識を失い、倒れる可能性もある。

 それゆえに、朧は、憑依化を解除できなかった。

 だが、どこまで逃げるつもりなのだろうか。

 明枇は、不安に駆られ、朧に尋ねた。


「大丈夫だ。行先は、決まってるから」


――え?


 不安に駆られる明枇に対して、朧は、行先は決まっていると答える。

 明枇は、あっけにとられていたが、朧は、柚月をおぶさって、立ち上がった。


「行こう!」


 朧は、地面を蹴って、駆けていく。

 できるだけ、遠くへ。

 朧が、目指す場所へと。



 どこまで、進んだだろうか。

 どれくらいの時間が立っただろうか。

 朧は、感覚が、掴めないほど、駆けていった気がする。

 それほど、走ってきたのだ。

 だが、限界が来ているのか、朧は、ふらつきかけ、立ち止まった。

 荒い息を繰り返す朧。

 それでも、朧は、ふらつきながらも、前へ前へと進んでいった。


――朧!少し、休憩したほうがいいわよ!


「でも……」


――いう事を聞きなさい!


 朧が、今、ボロボロの状態だと感じ取っていた明枇は、休むよう促す。

 それでも、朧は、体に鞭を打って、進み続けようとしていた。

 だが、明枇は、母親のように休むようにと叱咤する。

 叱咤された朧は、立ち止まり、うつむき始めた。


「……わかった」


 明枇の気持ちを感じ取ったのか、朧は、少し、間を置いて、うなずく。

 考えていたのだろう。

 このまま、進むか、それとも、明枇の言う通り、休むか。

 だが、明枇に叱咤され、明枇が、自分を大事に思っている事を感じ取り、朧は、体を休める方を選んだのであった。

 朧は、柚月を降ろし、憑依を解除させる。

 その時であった。


「がはっ!」


――朧!


 朧は、血を吐き、地面に倒れ込んだ。

 明枇は、刀から抜け出し、朧の元へと駆け寄るが、朧は、苦しそうに呼吸を繰り返すだけであった。


「……無理、しすぎたか。明枇が、怒るわけだ」


 ここで、朧は、自分の体が、とうに、限界を超えていた事に気付いたのだ。

 明枇が、怒った理由も、ようやく、理解できた。

 だが、視界がぼやけ始める。

 意識が、遠のいていくのを朧は、感じていた。


「ごめん……」


――朧!


 朧は、ついに、意識を手放してしまう。

 明枇は、朧の名を呼ぶが、朧は、完全に気絶した状態であった。


――どうしよう、このままじゃ……。


 明枇は、どうしたらいいかと、混乱してしまう。

 本当は、柚月と朧を安全な場所へ、運ぶのが、得策だ。

 だが、明枇は、魂だけの存在。

 触れようにも、触れることさえできない。

 ゆえに、運ぶことさえ不可能なのだ。

 明枇は、もっと、早く、気付いて、止めるべきだったと後悔していた。

 その時だ。


――っ!


 明枇は、気配を感じ取ったのか、上を見上げる。

 なんと、妖達が、柚月達に迫ってきていたのだ。

 静居が、召喚した妖ではない。

 だが、今の状況では、柚月も、朧も、気を失ったままであり、不運と言ったところであろう。


――私が、守らなきゃ!


 迫りくる妖達に、対して、明枇は、立ち上がる。

 もはや、戦えるのは、明枇しかいない。

 武器を手にすることさえ、不可能だが、九尾の炎を使用すれば、妖達を焼き殺すことくらいはできるはず。

 明枇は、柚月と朧を守る事を決意し、構える。

 妖達は、一斉に明枇に襲い掛かった。

 しかし、朧の懐から、光が、あふれ、妖達を一気に浄化した。


――え?


 何が起こったのか、理解できず、戸惑う明枇。

 明枇は、後ろを振り返ると、あの妖の少年が、朧の前に立っていた。

 少年は、光を纏っている。

 先ほどの光も、少年が、発動したようだ。


「やっと、力が、戻ったようだ」


 少年は、そう呟き、まっすぐな瞳で、明枇を見ていた。

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