第十二話 勝ち目がないなら

「え!?」


「ど、どうしてですか!?父さん!」


 信じられない言葉が、柚月と朧の耳に入ってくる。

 なぜ、自分達は、聖印京を出なければならないのか。

 自分達は、逃げずに、静居と立ち向かうことを決意したばかりだというのに。

 柚月も、朧も、勝吏の真意が読めなかった。


「この状態では、勝ち目はないからだ。人々を操られたとなってはな」


 勝吏は、悟っていたのだ。

 いくら、自分達が、戦いに加わったところで、状況を変えられるわけではない。

 人々のほとんどが、静居に操られてしまっている。

 彼らを解放することは、勝吏達でさえ、不可能な事なのだ。

 それゆえに、勝ち目はなく、柚月と朧だけでも、逃がさなければと勝吏は、覚悟を決めたようだ。

 だとしても、なぜ、自分達が、逃げなければならないのか、柚月も、朧も理解できない。

 逃げなければならないのは、勝吏達ではないかと柚月も朧も思っていた。


「静居は、お前達を殺そうとしている。だが、お前達は、神に命じられたのであろう?和ノ国を救うようにと」


「なぜ、それを?」


 勝吏は、柚月と朧を逃がそうとする理由を語る。

 なんと、勝吏は、知っていたのだ。

 柚月と朧が、神に託された事を。

 しかし、柚月と朧は、勝吏にこの事は、まだ話していない。

 話す機会を静居に奪われてしまったからだ。

 それゆえに、勝吏が、なぜ、この事を知っているのか、柚月には、見当も、つかず、勝吏に尋ねた。


「虎徹様が、教えてくれたよ。石を使ってね」


 勝吏の代わりに、矢代が答える。

 なんと、虎徹が、勝吏達に、石を使って話したそうだ。

 確かに、朧は、虎徹には、自分達が、光の神に託された事を話していた。

 虎徹は、あの状況の中で、勝吏に話していたようだ。

 おそらく、朧を先に、地下牢から抜けさせた後に話したのだろう。

 だからこそ、勝吏達は、柚月と朧に和ノ国を託すため、静居から逃がそうとしているのだ。


「このままでは、聖印京も、和ノ国も滅んでしまう!だから、ここから出なさい!」


「待ってください!父上!」


「俺達が、逃げられるわけないじゃないですか!」


 勝吏は、柚月と朧に、逃げるよう訴える。

 だが、二人が、逃げられるはずもなく、反論した。

 柚月達は、頭では理解している。

 このままでは、静居の思うがままになってしまう。

 自分達は、殺され、聖印京も、和ノ国も滅んでしまうだろうと。

 しかし、家族や仲間を置いて、逃げるなど、彼らができるはずもなかった。


「わかっておる。お前達は、優しいからな。だが、時間はないのだ。国を救えるのは、お前達しかいない!私たちでは、それが、できんのだ!」


「父上……」


 勝吏は、柚月と朧の心情を理解した上で懇願していたのだ。

 なぜなら、光の神が、柚月と朧に託したのは、何か、理由があるのだと悟っていたからであった。

 おそらく、それは、柚月と朧にしかできないことなのだと。

 もう、時間がなかった。

 静居は、幻惑の術を解こうと躍起になっているはず。

 このままでは、柚月達は、殺されてしまう。

 それゆえに、勝吏は、必死に訴えていたのだ。

 勝吏は、こぶしを握り、振るわせる。

 柚月は、勝吏の様子を目にして、悟った。

 本当は、柚月達に託さなければならないのが、親として、どれほど、悔しいかを。

 ここから、柚月達は、過酷な戦いに身を投じてしまうだろう。

 親としては、それが、辛く、不安に駆られそうになる。

 もし、自分が、柚月達の代わりに、和ノ国を救えたらと思うほどに。

 そんな勝吏の心情を読み取った柚月は、苦渋の選択をするしかなかった。


「……わかりました」


「兄さん!」


 柚月は、選んだ。

 朧と聖印京から出る事を。

 勝吏達を残して。

 だが、朧は、柚月に反論する。

 まだ、受け入れられなかったからだ。

 勝吏の覚悟を。

 そして、柚月の苦渋の選択を。


「やるしかないんだ!国を救うために!」


 柚月は、声を荒げて、朧に訴える。

 もはや、ここから、逃げるしかないのだと。

 神に託された自分達は、ここで、殺されるわけにはいかない。

 この時、朧も、柚月の心情を読み取っていた。

 それが、どんなに、辛い選択だったかを。

 本当は、ここに残って、勝吏達と聖印京を守りたい。

 だが、それすら、できないのだ。

 今の自分達では、静居には、敵わないのだから。


「……わかった」


 朧も、柚月の選択を受け入れた。

 柚月と同じように、感情を押し殺して。


「どうか、ご無事で」


「うむ。信じておるからな」


「はい」


 柚月は、勝吏に語りかける。

 彼らの身を案じて。

 勝吏も、柚月達の身を案じながら、うなずいた。

 柚月達なら、必ず、成し遂げてくれると信じて。

 柚月は、うなずき、聖印門へと視線を移す。

 聖印門の方角は、まだ、妖が召喚されていないはず。

 今なら、脱出できると踏み、聖印門を目指すことを決意した。


「行くぞ、朧!」


「うん!」


 柚月と朧は、地面を蹴り、走りだす。

 それと同時に、静居は、月読と矢代の術を看破することに成功したが、自身の目の前に、柚月と朧の姿はなった。


「しまった!」


 間一髪で、柚月と朧は、逃げる事に成功したのだ。

 あと、もう少しと言うところで逃してしまった静居は、悔やみ、形相の顔で、勝吏達をにらんでいた。


「逃がさないわ!」


 ここで、夜深が、柚月と朧を捕らえる為、術を発動しようとする。

 だが、月読と矢代が、夜深の前に立ち、構えた。 

 柚月と朧を守るために。


「私達が、相手になろう」


「覚悟しな!」


「そう、楽しませて頂戴ね」


 月読と矢代の様子を見て、夜深は、確信する。

 二人は、覚悟を決めているようだ。

 たとえ、自分達がどうなろうとも、柚月と朧を守りきると。

 だが、相手は、正体不明の夜深だ。

 能力は、未知数。

 食い止められる相手かどうかも、定かではない。

 それでも、二人は、戦うしかなかった。

 夜深は、不敵な笑みを浮かべて、構える。

 まるで、余裕を二人に見せつけるように。


「自らを犠牲にして、二人を逃すとはな。勝吏」


「子を守るのが、親の務めだ」


 勝吏は、静居の前に立ちはだかる。

 柚月と朧の為に、犠牲にしようと覚悟を決めているようだ。

 相手は、軍師・静居。

 彼の強さは、計り知れない。

 勝吏、一人では、立ち向かうことは、困難を極めるであろう。

 それでも、勝吏は、宝刀を鞘から抜き、構えた。


「そうか。ならば、こうしてくれる!」


「っ!」


 静居は、突如、妖達を召喚する。

 しかも、柚月達が逃げた方角へと。

 妖達を追わせ、柚月達を殺すつもりなのであろう。

 勝吏は、焦燥に駆られ、柚月達の後を追おうとするが、静居が、勝吏の前に立ち、行く手を阻んだ。


「待て、お前の相手は、私だ」


「……」


 静居は、勝吏を柚月達の元へ行かせるつもりはないらしい。

 勝吏は、これで、妖達を討伐する事も不可能となってしまった。

 歯噛みし、怒りを露わにする勝吏。

 だが、静居は、不敵な笑みを勝吏に見せつけるだけであった。

 勝吏が、自分に敵うはずもないと、確信して。


「さて、どこまで逃げ切れるかな?」


 静居は、嬉しそうに呟いていた。

 柚月と朧が、どこまで、抗い、どこまで、逃げ切れるか、楽しみで仕方がないのであろう。

 柚月と朧は、自分の予想を超えてくるのだから。

 そして、静居は、不敵な笑みを浮かべたまま、勝吏に襲い掛かった。



 勝吏達の手引きで、柚月と朧は、逃げ始め、跳躍して、屋根の上に上り、駆けていく。

 二人は、屋根を飛び越えて、渡り、聖印門を目指した。

 しかし……。


「兄さん!」


 朧が、後ろを振り返って叫ぶ。

 なんと、数匹の妖が、召喚され、柚月達を追ってきているのだ。


「静居が、召喚したのか……」


 柚月は、召喚したのは、静居だろうと推測する。

 やはり、簡単に逃げる事は、できないようだ。

 柚月も、朧も、速度を上げるが、妖達も、速度を上げて、迫ってきた。


――速いな。このままでは、追いつかれてしまう。


 柚月は、一瞬、後ろを振り向き、妖達の動向を探る。

 妖達の方が早く、距離が縮んでしまっている。

 このままでは、妖達に追いつかれてしまうだろう。

 そうなれば、逃げ切る事は、不可能だ。

 だが、ここで、捕まるわけにはいかない。

 勝吏達の為にも。

 柚月は、思考を巡らせ、ある賭けに出た。


「朧!」


 柚月は、突然、朧の腕をつかんだ。


「え?何?」


 朧は、柚月の行動に、戸惑う。

 一体、どうしたというのであろうか。

 朧は、見当もつかなかった。


「一気に、駆け抜けるぞ!」


「まさか……」


 朧は、柚月が何をしようとしているのか、気付いた。 

 そして、すぐさま、柚月は、異能・光刀を発動して、光の速さで、屋根から屋根へと飛び移った。

 柚月は、今の朧なら、この光の速さについていけるのではないかと、賭けに出たようだ。

 明枇を憑依させた朧は、身体能力が上がっている。

 となれば、朧なら、問題ないだろう。 

 そう、柚月は、推測したようで、賭けに、出て正解であった。


「やっぱり、その状態だと、この速さについていけるみたいだな」


「何、言ってんのさ!こっちは、必死だって!」


 柚月は、確信を得たように、語りかけるが、朧は、反論する。

 確かに、朧は、身体能力が上がったが、柚月の速さについていくのは、やっとの事なのだ。

 今、朧は、柚月に合わせて、駆けている。

 阿吽の呼吸でなければ、引き離されてしまうであろう。

 そうなれば、妖達は、すぐさま、朧を捕らえてしまう。

 それゆえに、朧は、必死になって、柚月に合わせていたのであった。

 妖を引き離し、聖印門へと近づいていく柚月達。

 しかし……。


「まずい!」


 柚月は、突如、立ち止まり、朧も、足を踏みこんで立ち止まる。

 その理由は、柚月と朧の前に、数匹の妖が、待ち伏せしていたからであった。

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