第十一話 届いた意思

 朧は、愕然とし、動揺している。

 まさか、静居が、人々を操る力を持っているとは、思ってもみなかったであろう。

 それは、柚月も同じだ。

 静居にそんな力があると誰が予測できたであろうか。


「そうだ。私は、人間と妖を操ることができる。と言っても、聖印一族を操る事は、まだ、できんのだがな」


 静居は、余裕の笑みを浮かべて答える。

 だが、扱えるのは、一般人のみのようだ。

 神の力を授かった聖印一族を操る事は、難しいようである。

 そのことに関して、静居は、残念そうにつぶやいた。


「大丈夫よ。今は、無理だけど。時がたてばね」


「そうだな、夜深」


 そんな静居を励ますかのように、夜深が歩み寄り、語りかける。

 まるで、静居が、聖印一族でさえも、時期に操ることができると確信しながら。

 静居も、それを疑っていないようだ。

 自分は、聖印一族を操ることができると確信しているのだろうか。

 人々の意思までも、奪おうとする静居に対して、柚月は、こぶしを握り、体を震わせた。


「なぜだ……」


 柚月は、低い声で問いただす。

 静居に対して、怒りを露わにしているからだ。

 人を駒のように扱い静居を。


「なぜ、このような事を!」


 柚月は、声を荒げて、問いただす。

 なぜ、静居は、人を駒として扱い、支配しようとしているのか。

 柚月には、到底理解できなかった。

 人々の平和を守るのが、聖印一族の使命だと言うのに。


「何度も言わせるつもりか?」


「何?」


 柚月に問いただされ、静居は、苛立ったように、柚月を見下ろしたように、問う。

 自分の事を理解できない事に理解できず。

 柚月は、目を細め、静居をにらんだ。


「私は、神になる男だ。神に刃向うというなら、操るのみ」


 静居は、宣言する。

 自分は、神だからだと。

 神である自分に刃向う事は、許されない。

 それゆえに、静居は、刃向う人間を操ったのだ。

 聖印京を支配するために。


「そして、お前達は殺す!なぜなら、私の理想の妨げとなるからだ!」


 静居は、柚月と朧を殺そうとする理由を明かす。

 自分の理想の妨げとなるからだと。


「さあ、鳳城柚月と鳳城朧を殺せ!」


 静居は、人々に命じる。 

 柚月と朧を殺せと。

 静居に命じられ、街の人々は、二人を捕らえようと、一般隊士は、二人を殺そうと、宝刀と宝器を手にして、迫ってきた。


「これじゃあ、戦えない!」


 迫りくる人々を見回し、朧は、戸惑う。

 相手は、人間だ。

 それも、静居に操られている。

 もし、抵抗しようとすれば、人々は、怪我を負ってしまうだろう。

 そうなれば、抵抗することさえも躊躇してしまいそうだ。

 二人は、ただ、たがいに背を向けて下がるしかなかった。


「さあ、どうする?ここで、死ぬか?それとも、抗えるのか?」


「静居……!」


 人々を道具として扱い、自分の手を汚さず、柚月と朧を殺そうとする静居。

 どこまでも、卑怯な男なのだろうか。

 この男が、聖印一族の頂点に立っていたと思うと腹立たしく、許しがたい。

 柚月は、歯をぎりっと食いしばり、静居をにらみつけた。

 抵抗することもできない事を歯がゆく思いながら。

 だが、その間にも、一般隊士は、二人に、迫り、斬りかかろうとした。

 二人は、刀で防ぐしかない。

 覚悟を決めるしなかった。

 しかし……。


「っ!」


「なっ!」


 隊士達は、刀で押し返され、はじき飛ばされる。

 これには、さすがの静居も、驚いた様子を見せていた。

 なぜなら、その刀は真月ではなく、明枇でもない。

 隊士達の刀を押し返したのは、なんと、勝吏だからであった。


「父さん!母さん!」


 柚月と朧を救うために、勝吏と月読が駆け付けに来たのだ。

 勝吏は、刀を手にし、月読は、札を手にして構える。

 大事な息子達を守るために、戦うつもりだ。

 たとえ、人々を傷つけたとしても。

 勝吏と月読は、覚悟を決めていた。


「なぜだ!どうやって、出てこれたというのだ!あ奴らを脅したというのに!」


 静居は、声を荒げて、勝吏と月読に問いただす。

 理解できないからであろう。

 勝吏と月読を部屋から出させた隊士達は、処罰した。

 ゆえに、彼らは、二度と勝吏と月読を部屋から出せないはずだと静居は確信していたのだ。

 逆らえば、こうなると、脅して。

 そして、勝吏と月読も、部下を守るために、出る事を躊躇するだろうと予想していた。

 だが、勝吏と月読は、自分の目の前にいる。

 静居は、見当もつかず、苛立った。

 その時であった。


「あたしだよ」


「矢代様!」


 なんと、静居の前に現れたのは、矢代であった。

 これは、静居も、予想外のようだ。

 矢代は、姉後肌で有名なのだが、息子の透馬が行方不明となった時、ひどく落ち込み、それ以来、外に出る事は少なくなった。

 ゆえに、静居は、矢代が表舞台に立つとは、予想できなかったようだ。 

 それは、柚月達も同じだ。

 なぜなら、透馬と再会を果たした朧であったが、透馬は、神隠しに会い、再び、行方不明となってしまったからだ。

 だが、矢代は、以前と変わらぬ様子で、柚月達の前に姿を現す。

 それも、勝吏達を外に出られるよう手引きして。

 静居は、矢代が、どのような事をして、勝吏達を外に出せたのか、見当もつかなかった。


「あたしが、あの子達に聞かせてあげたのさ。柚月の演説をね!」


 矢代は、懐から石を取り出す。

 それは、術で、音を響かせることのできる石だ。

 おそらく、矢代は、勝吏と月読を手助けするために動いていたのだろう。

 そして、柚月が、演説を始めた時、彼らに聞かせようと決意したのだ。

 部屋の前にたどり着いた矢代は、石に封じ込められた術を発動して、音の大きさを最大限に引き上げ、隊士達に聞かせていたようであった。


「柚月の演説を聞いて、あの子達は、決意したのさ。あんたに、刃向うって」


 柚月の演説を聞いた隊士達は、決意を固めたのだ。

 静居に反旗を翻すと。

 たとえ、それで、自分達が罰を受けても。

 周囲の人間を敵に回したとしても。

 だからこそ、隊士達は、勝吏と月読を外へ出したのであった。


「矢代様……」


「なぜだ。なぜ、お前は……」


「あの子が、透馬が命がけで、頑張ってるんだ。母親のあたしが、落ち込んでる場合じゃないさ。それに、あの子の帰る場所を守りたかった。ただ、それだけだよ」


 矢代が、暗躍していた事は、理解したが、それでも、静居には、理解できない事があった。

 なぜ、矢代は、落ち込んでいたというのに、勝吏と月読を手助けしようとしたのか。

 見当もつかなった。

 だが、理由は、簡単なことであった。

 透馬は、今もどこかで、命がけで、頑張っているのだろう。

 矢代は、そう思えてならない。

 それに、この静居に支配された聖印京のままでは、透馬は、帰ってこれるはずがない。

 だからこそ、矢代も、決意したのだ。

 透馬の為に、聖印京を守ろうと。

 矢代の行動は、静居も、読めていなかった。

 それゆえに、勝吏と月読が、外に出る事に成功したのであった。

 勝吏は、柚月へと視線を移した。


「お前の演説、聞こえていたぞ」


「父上……」


「私達は、大事な事を忘れていた。ありがとう、気付かせてくれて」


「母上……」


 勝吏と月読は、柚月に感謝の言葉を伝える。

 彼らが、部屋から出ようと決意したのは、柚月の演説が聞こえてきたからだ。

 柚月の想いが、勝吏達にも、届き、静居に反旗を翻す決心を起こさせた。

 静居と戦い、聖印京を取り戻すと。


「だから、勝吏様も、月読も部屋から出れたってわけさ。けど、妖が、本堂まで入ってきて、ここまで来るのに、大変だったよ」


 矢代は、静居に説明する。

 勝吏達は、部屋を出た後、ここまで来るのに時間がかかった。

 なぜなら、本堂へ出ようとした時、夜深が妖を召喚し、勝吏達の行く手を阻んでしまったからだ。

 妖達は、強く、勝吏達は苦労したが、何とか、妖を退ける事に成功し、その後、ようやく、柚月達の元へたどり着くことができた。


「そうか。だが、残念だったな。彼らは、私の駒となった。もはや、お前達でさえも、手は出せまい」


 静居は、余裕の笑みで、勝吏達に、語りかける。

 人々は、操られ、もはや、静居の手中に収まってしまった状態だ。

 これでは、勝吏達でさえも、不利な状況と言っても過言ではないだろう。

 勝吏達が、駆け付けに来たところで、柚月達が、優勢となったわけではなかった。


「ならば、時間を稼ぐだけだ!」


「どういう意味だ?」


 不利な状況であっても、勝吏は、あきらめてはいない。

 まるで、秘策でもあるかのように。

 静居は、その事に気付き、眉をひそめて、勝吏に問いかけた。

 だが、勝吏は、静居の問いに答えようとせず、振り向いた。


「あれを頼むぞ!」


「はい!行くぞ、矢代!」


「任せな!」


 勝吏の号令の元、月読と矢代は、すぐさま、術を発動する。

 それも、二人がかりで。

 術は、柚月、朧、勝吏、月読、矢代を囲み、静居、人々の行く手を阻んだ。


「なっ!」


 静居は、驚愕し、目を見開く。

 操られた人々も、歩みを止めてしまった。

 なぜなら、柚月達は、静居の前から、姿を消したからであった。


「これは一体……」


「幻影の術で、姿を見えなくしただけだ。だが、それも、あまり、持たないだろう」


「だから、その前に、伝えたいことがある。お前達、よく聞きなさい」


 柚月は、月読に尋ね、月読は、答える。

 月読と矢代は、幻影の術を発動したそうだ。

 それも、重ねがけで。

 それゆえに、二重の幻影術が、静居達を襲っている。

 静居でさえも、彼らの姿を見抜くことは、不可能に等しいであろう。

 だが、それは、長くは持たない。

 静居は、すぐに、術を看破する筈だ。

 そうなれば、柚月達は、捕らえられ、殺されてしまうだろう。

 だからこそ、勝吏は、その前に、柚月達に伝え始めた。

 だが、それは、柚月と朧にとって衝撃的な言葉であった。


「お前達は、ここから、聖印京から出るんだ!」


 勝吏は、柚月と朧に聖印京から出て、逃げるようにと残酷な言葉を告げたのであった。

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