第十話 正体を明かしてでも

「あ、妖を憑依させた……」


「だが、あれは、安城家の聖印能力だ」


 明枇を憑依させた朧を見た人々は、驚き、戸惑いを隠せない。

 なぜなら、憑依は、烙印一族・安城家の聖印能力だからだ。

 朧は、鳳城家と天城家の血を引いていると思われている。

 それゆえに、朧が、なぜ、妖を憑依させられるかは、見当もつかないだろう。

 だが、聖印一族の人間は、思考を巡らせたのか、ある答えにたどり着いた。


「まさか、朧は……」


「烙印一族!?」


 ついに、朧の正体が知られてしまったのだ。

 彼は、烙印一族である安城家の血を引いていると。

 人々は、騒めき始めるが、なぜ、安城家の血を引いているのかは、見当もつかないらしい。

 やはり、真実には、たどり着けないようだ。


「そうだ。俺は、安城家と蓮城家の血を受け継いだ。二重刻印を持つ者だ!」


 朧は、自身の出生について明かす。

 自分は、安城家と蓮城家の血を受け継ぎ、しかも、二重刻印をその身に宿すものだと、人々の目の前で、堂々と告げた。


「に、二重刻印!?」


「しかも、安城家と蓮城家ってことは、朧様は、鳳城家の人間じゃないってこと!?」


 人々は、さらに騒めく。

 ここで、ようやく、朧は、鳳城家と天城家の血を引いていない事を悟ったのだ。

 だが、それと同時に、朧が、烙印一族の人間だと知られてしまった。

 朧は、人々から奇異の目で見られていた。

 人々は、未だ、烙印一族の真実を知らない。

 それゆえに、朧に対して、警戒心を抱いているのだろう。


「朧、お前……」


「いいんだ、兄さん」


 奇異の目にさらされた朧を見た柚月は、朧の身を案じる。

 だが、朧は、気にしているそぶりを見せない。

 いや、気にしていないようであった。


「俺は、あいつに、刃向うって決めた。だから、正体を明かそうと思ったんだ」


 朧は、柚月を助けると決意した時から、静居に刃向うと決めた時から、正体を明かす事も考えていたらしい。

 覚悟を決めていたのであろう。

 たとえ、どのように思われたとしても、全て、話すと。


「それに、真実を知ってもらう必要もあるからな」


 朧が、自身の出生について明かした理由は、烙印一族の事を知ってもらうためだ。

 それは、瑠璃達を救うことにもなるかもしれない。

 偏見の目で見られることもなくなるかもしれない。

 朧は、瑠璃達や、茜、藍、千里、餡里が、静居のせいで、ひどい仕打ちを受けていた事を人々に知ってほしかったからであった。


「二重刻印、餡里と同じか……。なるほどな」


「面白いことになってきたわね」


 静居は、朧が、烙印一族であるかどうかなど、どうでもよさそうだ。

 彼にとって重要なのは、朧が、二重刻印の持ち主であるという事らしい。

 これは、予想外の展開であったであろう。

 だが、朧の出生を聞いた静居は、納得した様子で呟き、夜深は、笑みを浮かべていた。


「俺は、鳳城家の人間じゃない。兄さんともつながってない。烙印一族と呼ばれた安城家の聖印をその身に宿している。けど、俺は、安城家の者である父を誇りに思ってる。それに、安城家と真城家は、陥れられたんだ。あの男に!」


 朧は、自身の出世について、父の事、そして、安城家と真城家の真実を堂々と述べる。

 安城家と真城家は、静居によって、陥れられたのだと。

 人々は、静居に対して、不信を抱いている。

 誰も、朧が嘘をついていると思わないだろう。

 それどころか、朧の話を信じるはずだ。

 人々は、静居に対して、敵意を向けていた。

 自分達を欺けていたのだと。


「烙印一族が、ほざくでない!」


「朧は、烙印一族ではない。立派な聖印一族だ。安城家も真城家もな」


「兄さん……」


 静居は、焦燥に駆られた様子で、朧をののしるが、柚月が、朧をかばう。

 朧は、安城家と真城家は、烙印一族ではないと。

 真実を知っても、朧を守ろうとする柚月。

 朧は、柚月が、兄でよかったと改めて思った。

 その時だ。

 先ほど、朧に守られた少年が、おびえた様子で朧の裾をつかんでいたのは。

 朧に助けを求めているのであろう。

 彼にとっては、朧が、安城家の血筋であったとしても、関係のないことなのだ。

 朧は、少年を命がけで守ろうとしてくれたのだから。


「もう、大丈夫だ。俺が、守ってやるからな」


「うん」


 朧は、少年の頭を撫でる。

 安堵したのか、少年は、泣きそうになりながらうなずいた。

 朧は、守るように少年の前に立ち、静居をにらむ。

 柚月も、同様に、静居をにらみ始めた。


「もう、騙されない。お前の言う事など、聞くものか」


「お前のやり方は、間違ってる!」


 ここで、柚月と朧は、静居に対して、「お前」と呼び、静居の思惑を真っ向から否定し始めた。

 当然だ。

 人々を惑わしてきた静居を許すことなど、できるはずがない。

 罪もない安城家や真城家の事を思うと、静居の思惑こそが大罪だ。

 それゆえに、柚月と朧は、怖気づくことなく、宣言し始めたのだ。


「俺達は、聖印京を変える!」


「だから、覚悟しろ!」


「「皇城静居!!」」


 柚月と朧は、声をそろえて、静居に宣戦布告する。

 静居は、下を向き、体を震わせた。

 とうとう、二人は、静居の怒りに触れたのだ。

 静居は、二人から、「お前」呼ばわりされ、宣戦布告された。

 これほどの屈辱はないのだろう。

 自分は、神になる男だというのに。

 この時、静居は、顔を上げ、歯噛みし、柚月と朧をにらんだ。


「ならば、お前達を殺す!許しはせぬぞ!」


 静居は、感情任せに、手を上げる。

 すると、夜深と同様に、妖を召喚し始めた。

 その妖達も、まがまがしい気を放っている。

 これは、一筋縄ではいかないようだ。


「妖を召喚した!?」


「静居も、召喚できるのか!?」


 柚月も、朧も、驚愕している。

 まさか、静居まで召喚できるとは思ってもみなかったのであろう。


「言ったはずだぞ?私は、神になる男だと」


 静居は、不敵な笑みを柚月達に向けて、答える。 

 神になる男ならば、妖を召喚する事も、造作もないと言いたいのだろう。

 じわじわと迫りくる妖達。

 柚月と朧は、刀を構えた。


「行け!」


 静居は、妖達に、命じる。

 妖達は、人々に襲い掛かった。

 隊士達は、人々を守るために、妖達と戦いを繰り広げるが、数が多すぎて圧倒的に不利だ。

 このままでは、追い詰められる一方であった。


「させるか!」


 柚月と朧は、地面を蹴り、妖達に向かっていく。

 妖達を殲滅するために。

 柚月は、異能・光刀を発動し、次々と、妖を切り裂いていく。

 朧も、明枇を憑依させることで発動が可能となる技・九尾ノ炎刀で、一気に妖達を燃やし尽くしていく。

 だが、それでも、静居と夜深は、次々と妖達を召喚し、数を増やしていく。

 これでは、きりがなかった。


「静居!」


 朧が、静居に向かっていく。

 この戦いを終わらせるには、静居を止めるしかないのだ。

 だが、そのためには、斬るしかない。

 朧は、妖達を斬りながら、進み、跳躍して、静居に斬りかかる。

 しかし、朧の前に、夜深が立ちふさがり、術を発動して、朧を吹き飛ばした。


「くっ!」


「朧!」


 朧は、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられそうになるが、明枇を憑依させているおかげで、身体能力は上がっている。

 体勢を整えて、地面に着地することに成功した。

 柚月は、慌てて、朧の元へと駆け付け、朧の身を案じた。


「大丈夫だ!けど……」


 朧は、大丈夫だと言い、夜深へと視線を移す。

 夜深は、形相の顔で、朧をにらみつけていた。


「静居に刃向うものは、殺すわ。覚悟なさい!」


 夜深は、静居を傷つけようとした朧に対して、怒りを露わにしている。

 殺意を抱いているようだ。

 夜深は、手を上げ、朧に向かって、術を発動しようとした。

 柚月は、朧の前に立ち、構える。

 朧を守るためだ。

 その時であった。


「よい、夜深」


「静居?」


 静居が、夜深の前に出る。

 しかも、笑みを浮かべてだ。

 自分は、朧に斬られそうになったというのに。

 夜深でさえも、静居の真意は、読み取れなかった。

 なぜ、楽しそうにしているのであろうか。

 柚月も、朧も理解できなかった。


「楽しませてもらったぞ」


 静居は、柚月と朧に告げる。

 この状況を楽しんでいたというのだ。

 まるで、静居の手の平で、転がされたように感じる。

 柚月も、朧も、怒りを覚え、静居をにらむ。

 だが、静居は、話を続けた。


「まさか、聖印一族が反旗を翻すとはな。お前達は、つくづく、私の予想を超えてくれる」


 柚月の演説により、聖印一族、一般隊士が反旗を翻すとは、思いもしなかったのであろう。

 だが、静居は、怒りを宿していない。

 この状況でさえも、楽しんでいるようだ。

 余裕を見せるかのように、話す静居。

 まるで、まだ、秘策があるかのように思える。

 また、妖を召喚するつもりなのだろうか。

 柚月と朧は、静居を警戒した。


「だが、これは、どうかな?」


 静居は、目を光らせる。

 その光は、瞬く間に広がり始め、聖印一族以外の人々は、その光に触れた途端、動きを止めてしまった。

 まるで、何か術をかけられたかのように。


「な、なんだ?」


 何が起こったのか、見当もつかず、動揺し始める柚月。

 静居は、人々に何をしたというのであろうか。

 思考を巡らせ、警戒するのだが、突然、人々は、一斉に、柚月と朧の方へと体を向け、歩き始めた。


「こっちに、来てる?」


 人々は、柚月と朧に迫っていく。

 何が起こったのだろうか。

 朧は、戸惑いながらも、異変を探る。

 すると、人々の瞳は、生気を失ったかのように、光を失い、呆然としたまま、柚月達に迫っているのがわかった。


「まさか……操られてるのか!?」


 柚月は、人々に何があったか、気付く。

 彼らは、操られてしまったのだ。

 静居の術によって。

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