第九話 反旗を翻す

 処刑されそうになった柚月を助けに、朧が駆け付けた。

 これは、柚月もさすがに驚いているようだ。

 朧は、静居の命令で隊士達に監視され、監禁状態となってしまった。

 ゆえに、柚月は、朧が、ここへ来る事は難しいと考え、自分が、迎えに行くはずだったのだが、どうやら、助けられてしまったらしい。

 柚月は、あっけにとられていた。


「お前……一人で……」


「一人じゃないさ」


「え?」


「あの子もいる。師匠も、協力してくれたんだ」


「虎徹師匠が……」


 柚月は、朧、一人で、来たのかと尋ねたが、朧は首を横に振り、懐から石を取り出す。

 あの少年と共に来たと柚月に伝えるために。

 彼だけではない。

 柚月を救うために、虎徹も、協力してくれたのだと伝えた。

 柚月は、彼らに感謝していた。

 心の中で。


「あの子、抜け出したみたいね」


「そのようだな」


 夜深が、楽しそうに、笑みを浮かべて語りかける。

 朧が、抜け出してしまい、柚月を処刑することすら難しくなったというのに。

 だが、静居も、どこか嬉しそうだ。

 やはり、柚月と朧は、自分の予想を超えてくる。

 抗い、自分に刃向ってくる。

 実に、興味深い人間だと感じて。


「どうするの?」


「……決まっておる」


 夜深に尋ねられた静居は、答える。

 もちろん、このまま、逃がすわけがない。

 この状況で彼らが、どうやって切り抜けるか、静居は、期待しているのだ。

 ここで、死ぬというのであれば、それでも好都合だと割り切って。

 静居は、不敵な笑みを浮かべ、一歩前に出た。


「何をしておる!そいつを捕らえぬか!」


「は、はい!」


 静居は、声を荒げて命じる。

 もちろん、演技だ。

 邪魔者が現れ、苛立っていると隊士達に見せつける為に。

 いや、追い込むためにと言ったほうが正しいだろう。

 そうしなければ、隊士達は、動くはずがない。

 静居の読み通り、隊士達は、おびえた様子で、うなずき、朧に刃を向けた。

 朧は、柚月の縄をほどこうとしたが、やはり、簡単にはいかぬようで、柚月に背を向けて、明枇を構える。

 二人の隊士が、同時に地面を蹴り、朧に斬りかかるが、朧は、右側の隊士の刀をはじき、体をひねらせて左側の隊士に蹴りを放つ。

 一瞬にしてよろめく隊士達。

 朧は、その隙を逃さず、右側の隊士へと迫った。


「せい!」


「っ!」


 朧は、右側の隊士の脇腹を狙って峰打ちを放つ。

 峰打ちは、見事命中し、隊士は、気絶し、倒れてしまった。

 朧は、明枇を左手に持ち替え、左側の隊士に迫った。


「はっ!」


 朧は、足に力を入れ、踏み込み、隊士の鳩尾に向けて掌底打ちを放つ。

 隊士は、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられ、仰向けになって、そのまま気絶してしまった。

 朧は、その間に、柚月の元へと駆け寄った。


「兄さん!大丈夫!」


「あ、ああ……」


 朧は、すぐさま、柚月の縄をほどき、柚月は、解放されるが、ふらつき、倒れそうになる。

 朧は、柚月を支えるが、絶句してしまった。

 柚月は、怪我を負っていたのだ。

 体中あざだらけであり、所々、血が流れている。

 柚月が、何度も、激しく殴られたのは、目に見えて分かった。


「ひどい怪我だ……あいつのせいなのか?」


「……仕方がない。あいつに逆らえば、何されるかわからないからな」


 柚月の話を聞いた朧は、悟った。 

 静居が、隊士達に、命令したのだと。

 柚月を殴るようにと。

 逆らえない隊士達は、止むおえず、柚月を殴りつけたのだろう。

 柚月と彼らの事を思うと朧は、心が痛んだ。


「っ!」


 朧は、こぶしを握りしめ、静居をにらみつける。

 どこまでも、卑劣な男なのだと、怒りを露わにして。

 だが、静居は、動じることはなかった。


「さあ、どうするの?静居。あの子達、本当に、抗うつもりよ?」


 夜深は、静居に問いかける。

 柚月は、朧の手によって解放されてしまった。

 もう、殺すことは、困難を極めるであろう。 

 だが、静居は、追い詰められた様子を見せない。

 ただ、冷静に、彼らの様子をうかがっているようだ。

 静居は、さらに、前に進み始めた。


「とらえよ!この者たちを捕らえて、処刑しろ!」


 静居は、命じる。

 柚月と朧を捕らえて、殺せと。

 隊士達の手で、殺させようとしているのだ。

 ここにいる隊士達が、一斉に、襲撃すれば、柚月も朧も、隊士達の手によって、殺されるであろう。

 静居は、そう、推測していたが、隊士達は、誰一人、動こうとしない。

 戸惑っている様子もなく、静居に怯えている様子もなかった。


「何をしている!?早く捕らえぬか!この役立たず共が!」


 隊士達の様子を目の当たりにした静居は、苛立ち、罵倒して、隊士達に命じた。

 しかし……。


「わ、私達は、貴方の道具ではない!」


「何!?」


 一人の聖印隊士が、静居に向かって叫ぶ。

 彼は、柚月達と同じ、鳳城家の者だ。 

 二人の勇士を見て、意を決したのであろう。

 静居に立ち向かうことを。

 静居は、驚愕し、動揺し始める。

 夜深も、予想外の出来事により、戸惑っていた。

 だが、反論したのは、彼だけではない。

 聖印一族の人間達、一般隊士、そして、街の人々が、静居をにらんでいた。

 とうとう、反旗を翻したのだ。


「そうだ!もう、あんたの命令なんか、従わないぞ!」


「聖印一族の誇りにかけて、聖印京を守る!」


 人々は、静居に向かって反論し、宝刀や宝器を構える。

 皆、気付いたのだ。

 確かに、静居の力は絶大だ。

 だが、全員で、かかれば、怖いものはないと。

 今、置かれている状況は、間違っているのだと。


「行くぞ!」


 討伐隊の隊長が叫ぶと、隊士達は隊長に続いて、静居に向かっていった。

 大勢の隊士達が、静居に襲い掛かろうとしている。

 だが、静居は、動揺はしたものの、動じることはなかった。

 それどころか、夜深が、静居の前に立つ。

 それでも、彼らは、聖印京を取り戻すために、夜深に向かって刃を向けた。

 だが、その時だ。

 夜深は、何らかの術を発動して、隊士達を吹き飛ばした。


「ぐああっ!」


 隊士達は、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 彼らを見た人々は、後退し、怯え始めた。

 夜深は、冷酷なまなざしで、隊士達をにらみつけ、構えた。


「今のは、なんだ!?」


 柚月は、夜深の行動を目の当たりにし、驚愕していた。


「あいつの力なのか!?」


 それは、朧も同様であった。

 夜深は、いったい何をしたというのであろうか。

 見当もつかない。

 いや、彼女は何者なのかすらも、わかっていない。

 ただ、わかる事は、彼女は、人間の力を超越した存在だと言う事だけであった。


「静居に、手を出すとは、愚かな人間なり!」


 夜深は、怒りを露わにする。

 静居に刃を向けた事に怒りを覚えたようだ。

 だが、吹き飛ばされた隊士達は、立ち上がり、宝刀や宝器を構える。

 怖気づくことはないようだ。

 何度でも、立ち向かうつもりなのだろう。

 聖印京を取り戻すために。

 だが、その時だ。

 柚月達にとっても、予想外の出来事が起こったのは。

 なんと、夜深は、手を上げ、まがまがしい気を放つ。

 すると、まがまがしい気は、妖となって、柚月達の前に立ちはだかった。


「妖!?」


 妖が、現れ、柚月は驚愕する。

 まさか、妖が現れるとは思ってもみなかったであろう。


「召喚できるのか!」


 朧は、夜深が妖を召喚できることに気付く。

 しかも、ただの妖では、なさそうだ。

 妖気が、普通の妖以上にまがまがしい。

 妖王・天鬼に近い力を持っているという事なのだろうか。


「命令に従わぬというならば……ここで、朽ちなさい!」


 夜深が、冷静さを保ちながら、叫ぶ。

 それと同時に、妖達が、一斉に人々に襲い掛かる。

 街の人々は、逃げ惑い始めた。

 もはや、北聖地区は、大混乱に陥っていた。

 隊士達は、人々を守るために、妖達と対峙するが、夜深は、次々と妖を召喚する。

 圧倒的な数を前に、隊士達も、苦戦を強いられた。


「やるぞ、朧!」


「うん!」


 柚月と朧も、戦いに身を投じる。

 柚月は、異能・光刀を発動し、瞬く間に、妖達を切り裂く。

 朧は、明枇ノ破刀を発動して、一気に妖達を燃やし尽くした。

 二人が、参戦しただけだというのに、妖達の数は一気に減っていく。

 やはり、柚月と朧の戦力は、驚異的なのだろう。

 だが、柚月は、怪我が癒えてない状態で戦っている。

 万全とは言い切れないだろう。

 無理をしている可能性だってある。

 朧は、柚月の身を案じながらも、妖達を討伐していった。

 柚月達が、戦いを繰り広げている間に、人々は、逃げていく。

 少年も、妖から逃げる為に、走っていた。

 しかし……。


「わあっ!」


 少年は、躓き、転んでしまった。

 その間に、妖達は、少年に襲い掛かった。


「危ない!」


 朧は、少年が、危機に陥っている事に気付き、少年の元へと急ぐ。

 少年の元へとたどり着いた朧であったが、妖達は、もはや、迫ってきている。

 明枇で防ぐこともできないほどに。

 妖達は、朧に襲い掛かろうとしていた。


「朧!」


 朧にも妖達が迫り、危機に陥りそうになっている事に柚月は、気付き、思わず、朧の名を呼んで叫ぶ。

 だが、その時であった。

 朧が、聖印を発動し、光が放たれ、妖達を吹き飛ばしたのは。

 そして、光が止むと朧が、姿を現した。


「な、なんだ、あれは……」


 人々は、朧の姿を見てざわつき始める。

 なぜなら、今の朧の姿は、人の姿とは言い切れなかったからだ。

 獣のように銀色の耳と尻尾を生やし、体中に刺青が刻まれていた。


「憑依させたのか、朧……」


 柚月は、朧の姿を見て、すぐに見抜いた。

 朧は、明枇を憑依させたのだと。

 自分の出世の秘密が、明らかになるのを覚悟して。

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