第八話 処刑台からの宣言

 処刑を止めるために、朧と虎徹は、地下牢から脱出しようと試みる。

 しかし、多数の隊士達が、朧と虎徹の前に立ちはだかった。


「止まれ!ここからは、一歩も通さぬぞ!」


「通せ。時間がない!」


 虎徹は、声を荒げて命じる。

 もちろん、自身が、虎徹であることは伏せて。

 それほど、焦燥に駆られているのだ。

 柚月に危機が迫っていると知って。


「……なりませぬ」


「何?」


 ここで、一人の隊士が敬語を使い始める。

 それも、心苦しそうに。

 虎徹は、動揺し、眉をひそめた。


「……静居様の命令です。朧様と虎徹様をここから出させるなと」


「俺の正体を知ってるってことか……」


「これも、あの男の罠だったのか」


 朧と虎徹は、気付いた。

 自分達が、地下牢に入れたのは、隊士達が、気遣ってではない。

 これも、静居の策略の一つだったことに。

 朧と虎徹を地下牢に閉じ込め、その間に、柚月を処刑するつもりなのであろう。

 隊士達も、間違っているとわかっていながらも、命令に従っていたのだ。

 上司である虎徹を欺けて。

 隊士達は、罪悪感で気が狂いそうであった。


「申し訳ございません!虎徹様!」


 隊士達は、宝刀や宝器を手にし、上司である虎徹に刃を向ける。

 相手は、虎徹とわかっていながらも。

 それほど、彼らは、追い詰められているのであろう。

 静居に逆らえず、道具のごとく扱われて。

 朧も、虎徹も、宝刀を鞘から抜いた。


「……朧!」


「はい!」


「先に行け。お前さんが、柚月を助けるんだ」


「ですが……」


 だが、虎徹は、意を決したように、朧の名を呼ぶ。

 虎徹は、朧を先に行かせるつもりだ。

 ここで、立ち止まっているわけにはいかない。

 一刻も早く、柚月の元へ駆け付けなければ、取り返しのつかないことになる。

 だからこそ、朧だけでもと思ったのであろう。

 だが、朧は、躊躇した。

 虎徹を残していいのかと。


「時間がない。早く、行け!」


「はい!すみません!」


 ためらう朧に対して、虎徹は、焦燥に駆られた様子で、朧に命じる。

 朧は、うなずき、謝罪しながらも、床をけって走り始めた。

 ためらったことに対しての謝罪ではない。

 虎徹を残して先に行くことに対して謝罪したのだ。

 このままでは、虎徹は、捕らえられてしまう可能性がある。

 虎徹を犠牲にすることを朧は、良しとしなかった。

 だが、迷っている場合ではない。

 柚月が、殺される前に、助けなければ。

 朧にとっては、苦渋の選択であった。


「逃がさない!」


 隊士が、朧の前に立ちはだかり、行く手を阻もうとする。

 それでも、朧の勢いは、止まらない。

 このまま、突っ込むつもりだ。

 たとえ、隊士を傷つけても。

 だが、朧よりも早く、虎徹が、朧の前に出て、隊士に斬りかかる。

 隊士は、慌てて、防ぎ、その間に、朧は、他の隊士達の刃をはじきながら、通り抜ける事に成功した。


「悪いな。俺も、焦ってるんでな」


 朧を先に行かせた虎徹であったが、やはり、焦燥に駆られているようだ。

 当然だろう。 

 弟子の柚月が、理不尽な理由で、殺されてしまうかもしれないのだから。

 虎徹は、強引に、隊士の刀をはじく。

 他の隊士が、矢を放つが、虎徹は、真っ二つに斬り落とした。

 その直後、術が虎徹に襲い掛かるが、虎徹は、聖印能力・異能・重鉄で、体を手つと化し、強引に、術を相殺させる。

 やはり、柚月と朧の師匠なだけはある。

 実力は、彼らより上だ。

 たった一人と戦っているというのに、隊士達の方が、怖気づいた様子であった。


「手加減は、できんぞ」


 虎徹は、本気だ。

 隊士達を傷つけてでも、柚月を助けに行こうとしている。

 それほど、虎徹の決意は、固かった。

 だが、隊士達も、負けられない。

 自分達を静居から守るためだ。

 隊士達は、容赦なく、虎徹に襲い掛かった。



 柚月は、処刑台の前に立っている。

 処刑台の前には、聖印一族や隊士達、そして、本来なら滅多に入ることができない街の住人達までもが、立っていた。

 これも、静居の命令だ。

 柚月の処刑を見届けよという。

 だが、勝吏と月読の姿はどこにもない。

 監禁されてしまったのであろうか。

 それは、柚月には、わからなかった。

 処刑台には、一つの台が設置されている。

 おそらく、柚月の首を刎ねるためだ。

 静居は、処刑台に上がり、民衆の前に立った。


「これより、鳳城柚月を処刑する。皆の者よ、良く見ておくがいい。私に逆らえば、こうなるのだと!」


 静居は、堂々と宣言した。

 逆らえば、処刑される。

 それは、聖印一族であってもだ。

 静居が、神となると宣言してから、聖印一族が、処刑されるのは、初めての事だ。

 それまで、誰も、逆らう事はできなかったのだ。

 たとえ、静居は、間違っていると気付いていても。

 人々は、歓声を上げることなく、静かに、おびえた様子で静居を見ている。

 恐怖が彼らに襲い掛かっているのだろう。

 もう、逆らう事は許されないのだと。

 静居は、処刑台から降り、遠ざかる。

 それも、良く見えるところに。


――やはり、俺は、処刑されるのか……。


 柚月は、悟っていた。

 いよいよ、自分は、皇城静居に、処刑されるのだと。

 だが、それは、柚月にとって腹立たしい事だ。

 怒りを露わにし、こぶしを握りしめた。


――軍師……いや、皇城静居……。お前の思い通りになると思うな!


 柚月は、ここで、処刑されるわけにはいかなかった。

 九十九と千里を復活させなければならない。

 何より、もう一度、彼らに会いたい。

 そして、和ノ国を黄泉の神から守りたい。

 そのために、柚月は、あの少年の封印を解いたのだ。

 不敵な笑みを浮かべる静居に対して、柚月は、決意していた。

 静居に、抗うと。


「さあ、もっと、前に行け!」


「ほら、早く!」


「ああ、わかっている」


 静居が、処刑台から降りたというのに、柚月は、いつまでたっても、処刑台に上がろうとしない。

 隊士達は、焦燥に駆られたのか、声を荒げて、柚月に命じた。

 柚月は、冷静に答え、処刑台に上る。

 だが、柚月は、台の前に立とうとせず、通り過ぎていった。


「な、どこまで行く!行きすぐだ!」


「止まれ!」


 台の前に立とうとしない柚月に対して、隊士達は焦燥に駆られ、柚月を連れ戻そうと、声を荒げて迫りくる。

 だが、柚月は、振り向き、隊士達をにらみつけた。


「っ!」


 柚月に睨まれ、隊士達は、怯え、体を硬直させてしまった。

 柚月は、隊士達の目を合わさず、処刑台の前まで、歩き立つ。 

 そして、一呼吸して、心を落ち着かせ、意を決したような表情を人々に向けた。


「皆に、問いたい!俺は、大罪を犯したと本当に思っているのか?」


 柚月は、人々に問いかける。

 自分のしてきたことは、間違っていたのかと。 

 人々は、ただ、黙っていた。

 静居の前で、本音を言えないのであろう。

 だが、静居が正しいとも言わない。

 これが、彼らの答えだ。

 柚月は、そう確信していた。


「いや、質問を変えよう。この状況は、正しいと思っているのか?」


 柚月は、質問を変えた。

 今、置かれている状況は、果たして正しいのか。

 この質問こそが、柚月の聞きたかったことだ。

 彼の問われ、人々は、困惑しながら、互いの顔を見合わせた。

 ここで、静居は、目をひそめる。

 静居の隣にいた夜深は、視線を隊士達に送る。

 柚月を黙らせろと。


「だ、黙れ!罪人の分際で……!」


「わかっているのだろう?本当は、間違っていると。俺達は、自由を奪われ、監視されている。拒否する事も、選択することも許されない。これが、平和だと言えるのか!?」


 隊士達は、柚月を黙らせようとするが、柚月は、隊士達の言葉を遮り、演説を続けた。

 人々の心に訴えかけるように。

 それは、多くの人々が抱いている疑問だ。

 今の状況は、果たして平和と言えるのかと。

 柚月の演説を聞いた人々は、表情を変え、うなずき合う。

 柚月の言っている事は、正しいと。


「こんなの、間違いだ!今の聖印京は、安全な地ではない!ただの牢獄だ!!」


 柚月は、今置かれている状況を真っ向から否定する。

 聖印京は牢獄だと言い切った。

 人々は、静かに聞いている。

 柚月の演説を。

 柚月の訴えを。

 誰もが、そう思っていたからであった。


「だからこそ、俺は、抗う!この腐った状況を変えてやる!」


 柚月は、宣言した。

 それは、静居に対する宣戦布告でもあった。

 自分が、処刑寸前であったとしても、抗うつもりであった。

 柚月は、静居へと視線を移した。


「だから……やれるものなら、やってみろ」


 今度は、静居に向かって宣言する。

 殺してみろと。

 静居は、形相の顔で、奥歯を噛み、こぶしを握りしめた。

 処刑されるというのに、柚月は絶望していない。

 それどころか、自分に宣戦布告をしてきたのだ。

 静居にとっては、腹立たしいことであった。


「何をしている!?早く、そいつを殺さぬか!」


「は、はい!」


 呆然と立ち尽くす隊士達に対して、静居は、怒りを露わにし、感情のままに命じる。

 隊士達は、おびえた様子で、うなずき、柚月を捕らえ、強引に、台の前に立たせようとした。

 だが、柚月は、抵抗をし始める。

 処刑から逃れるように。


「お、大人しくしろ!」


「抗うと言ったはずだ!あの男に支配されるくらいならな!」


 隊士達は、柚月に命じるが、柚月は従うつもりはない。

 柚月は、抵抗を続けた。


「何をしている!斬れ!さっさと斬らぬか!」


 苛立った静居は、隊士達に、柚月を斬るよう命じる。

 台に立たぬというなら、この場で斬り殺すしかないと考えたのであろう。

 怯えた隊士達は、手を震わせながら、刀を抜き、柚月に斬りかかろうとした。

 だが、その時だ。

 間一髪で、朧が、柚月の元へ駆け付け、明枇を鞘から抜いて、隊士達の刀をはじき返したのは。


「兄さんは、殺させないぞ!」


「朧!」


 朧は、処刑を防ぐことに成功し、柚月を守るために、前に立って、構えた。

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