第七話 侵入

 朧と虎徹は、地下牢へと入ろうとする。

 だが、入口を警備していた隊士二人が、前に立ち、朧と虎徹の行く手を阻んだ。


「待て、ここは、立ち入り禁止だ」


「今すぐ、立ち去れ!」


 いらだったように声を荒げる隊士達。

 精神的に参っているのだろう。

 静居から、誰も通すなと命じられているのかもしれない。

 それなのに、虎徹は、強引に入っていったのだから、すごいと言わざるおえないだろう。

 そして、ここでも、虎徹は、朧の前に立ち、隊士達と相対した。


「大罪を犯した者を監視するように虎徹様から、命じられてきたのだ。そこをどいてもらおう」


「……かしこまりました」


 虎徹が、自身の命令でここへ来たと発言する。

 もちろん、真っ赤な嘘だ。

 今目の前にいるのは、虎徹自身なのだから。

 隊士達は、彼の声を聞き、虎徹だと悟ったのか、先ほどとは打って変わって、落ち着きを取り戻し、朧達を通した。

 静居に命令されていたとしても、直属の上司は、虎徹だ。

 虎徹の命令は、受け入れられるのであろう。

 いや、彼らも、静居に対して、反発し、虎徹に託しているのかもしれない。

 柚月を救ってくれることと願って。

 朧と虎徹は、静かに、地下牢へと入っていった。


「侵入できましたね」


「なんとかな」


 侵入に成功し、胸をなでおろす朧。

 だが、安堵している場合ではない。

 静居は、自分達の動向を見抜いているかもしれない。

 それに、奥は立ち入り禁止とされている。

 虎徹でさえも通してもらえなかった。

 朧達は、どうにか、切り抜けるしかなさそうだ。


「あの子の居場所は、わかってるんですよね?」


「そうだ。あと、真月が、どこにあるのかもな」


 虎徹は、あの少年と真月の居場所を知っているらしい。

 さすがと言ったところであろう。

 朧は、虎徹についていき、あの少年が閉じ込められている牢へとたどり着いた。

 少年は、うつむいているようだ。

 その彼を二人の隊士達は、監視していたが、朧達が近づいてきたことに気付き、視線を朧達へと移した。


「……なぜ、ここに」


「交代だ。虎徹様から、命じられたんだ」


「……わかった」


 やはり、今目の前にいる者が、虎徹だと気付いているようだ。

 隊士達は、戸惑いを隠せずにいる。

 なぜ、再び、ここへ来たのであろうかと。

 虎徹は、堂々と自分が、交代の命令を下したと言ってのける。

 隊士達は、嘘だとわかっていても、受け入れてくれるようだ。

 彼らも、思うところがあるのであろう。

 今の状況に対して。

 隊士達から、鍵を託され、去った後、虎徹は、すぐさま、戸を開ける。

 少年は、自分が解放された事に驚きもせず、ただ、冷静に見上げた。


「ほう、わらわを助けに来たか」


「そうだ。お前さんは、ただの妖じゃなさそうだからな」


「わらわを信じるというのか?」


「そりゃあね。軍師様よりは、信用できる」


「かたじけない」


 少年は、感心するかのように虎徹に語りかける。

 柚月と朧以外に、自分を助けてくれるものなどいないと思っていたのであろうか。

 だが、虎徹は、少年は、凶悪な妖ではないと見抜いている。

 だからこそ、少年を助けたのだ。

 少年は、驚いたのか、虎徹に問いかける。

 虎徹は、静居よりは、信用できると堂々と言ってのけた。

 いや、本心では、静居の事を全く、信用していないのだろう。

 少年は、虎徹に感謝し、牢から出てきた。


「そなたも、ここに来ていたのだな。鳳城朧」


「気付いてたのか?」


「わらわには、わかる。顔が見えなくともな」


 虎徹と共に来た青年が、朧であると見抜いていた少年。

 朧は、驚き、尋ねるが、少年は、顔を見ずとも朧だと見抜いていたらしい。

 やはり、少年は、ただの妖ではなさそうだ。

 朧は、そう、確信していた。


「ほら、急ぐぞ。俺の部下が、ここに来る前にな」


「はい」


 隊士達は、少年が、牢から出たことには気付いていないが、すぐに気付かれてしまう可能性が高い。

 少年が、牢から出たとなれば、いくら、虎徹が相手だからと言っても、刃を向けないわけにはいかないだろう。

 虎徹も、それをわかっているため、朧と少年に急いで柚月を救出しに向かう事を指示した。

 そうでなければ、全員が、牢屋送りとなってしまうだろう。

 朧も、うなずき、懐から石を取り出した。


「少し、窮屈かもしれないけど、我慢しろよ」


「わかった」


 朧は、少年を石の中へと入らせる。

 少年は、妖だ。

 このまま連れていけば、目立ってしまうだろう。

 そのため、朧は、少年を石の中へと入らせたのだ。

 朧と虎徹は、隊士達が気付く前に、すぐに牢を離れた。

 その後、虎徹の導きで、部屋にたどり着き、柚月の愛刀である真月を取り戻した。


「これで、真月は、奪還できたな」


「あとは、兄さんだけ、ですね」


 真月を手にし、腰に下げる朧。

 いよいよ、柚月の救出のみだ。

 柚月は、奥にいるはず。

 朧は、気を引き締めて、虎徹と共に、歩き始める。

 だが、朧には、気がかりなことがあった。


「でも、いいんですか?」


「何がだ?」


「もし、この事が、軍師様に気付かれたら……」


 朧が、気になっていたのは、虎徹の事だ。

 虎徹は、柚月と朧の救出に加担したことになる。

 もし、静居に気付かれでもしたら、重罪と見なされてしまうであろう。

 ずっと、気になっていた事だが、中々、聞きだせなかった朧。

 本当に、これでよかったのかと、葛藤するほどに。

 だが、虎徹は、自身のことに関しては、気にしてないようなそぶりで話し始めた。


「その時は、俺は、ここを出るさ。あいつに殺されるよりは、その方がいいだろうし」


「そう、ですね」


 虎徹は、聖印京を抜け出すと堂々と言ってのける。

 静居に殺されるくらいならと。

 だが、朧は、気付いていた。

 自分を気遣って嘘をついている事に。

 おそらく、柚月と朧を逃亡させるために、おとりとなろうとしているのではないだろうか。

 そんな気がしてならない。

 朧は、尋ねようとするが、突然、虎徹は、立ち止まってしまう。

 なぜなら、二人の隊士が、朧達の前に立ちはだかったからであった。


「待て、ここは、立ち入り禁止だ」


「知ってるよ。だから……」


 隊士達は、朧達に向けて刃を向ける。

 たとえ、相手が、虎徹であっても、通さないつもりのようだ。

 特にこの二人は、静居から、脅されているのであろう。

 誰も通してはならないと。

 それが、虎徹であっても。

 だが、朧も、虎徹も動じない。

 朧は、自分達を通せないとわかっていながらも、隊士達に迫る。

 隊士達の方が、朧を恐れて、下がっていく。

 それでも、朧は、ためらうことなく、隊士達に迫った。

 そして……。


「ぐっ!」


「眠っててもらうぞ」


 朧が、腹をくくって、隊士の鳩尾を殴りつける。

 彼らは、説得しても、通すつもりはないのだろう。

 ならば、気絶させるしかない。

 傷つけたくはなかった朧であったが、覚悟を決めたのだ。

 それは、虎徹も同様であった。

 部下を傷つけたくはないが、これも、柚月を助けるためだ。

 虎徹も、もう一人の隊士の鳩尾を殴りつけ、二人の隊士は、気絶し、倒れた。


「手荒な真似はしたくなかったが、仕方がない」


「すみません」


「お前さんが、謝ることはないさ。全部、あの男のせいだからな」


 手荒な真似は、できるだけしたくなった。

 これは、虎徹の本心であろう。

 気絶し、倒れている部下達を目にして、虎徹は、少し、表情が曇った。

 そんな彼を目にした朧は、責任を感じ、謝罪する。

 虎徹を巻き込んでしまったと。

 だが、虎徹は、朧を咎めているつもりはなかった。

 なぜなら、このような状況を作ったのは、静居なのだから。

 ここで、虎徹は、静居の事を「軍師様」ではなく、「あの男」と呼ぶ。

 彼を一族の頂点に立つ者と認めていないからであろう。


「さて、行くか」


「はい」


 朧と虎徹は、奥へと進む。

 柚月が待つ牢へと。

 二人は、奥へとたどり着いたが、立ち止まり、目を見開き、驚きを隠せなかった。


「っ!」


「い、いない!?」


 二人が、驚いたのは、いるはずの柚月がいないからだ。

 周辺をくまなく探しても、柚月の姿は、見当たらない。

 どこにも……。


「ここにいたと思ったんだが……」


 虎徹は、呆然としている。

 当然だ。

 柚月は、ここに閉じ込められていると確信していたからだ。

 虎徹は、柚月が、どこに閉じ込められているかを知るために、地下牢をくまなく歩いた。

 奥の牢以外は。

 だからこそ、少年の姿を見ることができたし、真月の居場所もわかったのだ。

 そして、柚月が、ここにいるとも確信できた。

 ならば、なぜ、柚月はいないのだろうか。

 朧と虎徹は、思考を巡らせる。

 すると、ある予感が浮かんでしまった。


「まさか……どこかへ連れてかれたのか?」


 朧は、自分達がここへ来る前に、柚月は連れていかれたのではないかと予想した。

 気絶していた隊士達が、通さなかったのは、柚月がいなくなった事を悟らせないようにするため。

 静居の策略にかかってしまったのだろうか。

 すると、虎徹は、あることを予想してしまった。


「もしかしたら、柚月を処刑するつもりなのかもしれんな」


「そんな!すぐに処刑だなんて……」


 虎徹は、柚月を処刑するために、連れていったのではないかと予測する。

 だが、いくら何でも、早すぎる。

 裁判なしで、柚月は、処刑されるというのであろうか。

 本来なら、あり得ない事だ。

 しかし……。


「あり得るかもしれません。あの男は……」


 朧は、冷静さを取り戻し、静居の思惑を読み取る。

 静居を「軍師様」ではなく、「あの男」と呼んで。

 今の静居なら、強引に処刑を執行しようとするだろう。

 静居の命令は絶対だ。

 たとえ、それが間違っていたとしても。

 こればかりは、隊士達は、逆らえないのだろう。

 逆らえば、隊士達が処刑されてしまう。

 静居ならやりかねない事だ。

 朧は、怒りを露わにし、こぶしを握りしめた。


「急ぐぞ!」


「はい!」


 朧と虎徹は、急いで地下牢の入り口を目指す。

 処刑を止めるために。

 その頃、柚月は、朧達の予想通り、地下牢の外に出ていた。

 そして、縄で縛られたまま、本堂前に、設置された処刑台に立たされていた。

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