第六話 愚かな人間
柚月が捕らえられてしまった事を知った勝吏と月読は、柚月を助ける為に、監視していた隊士達を説得して、部屋から抜け出すことに成功する。
そして、静居がいる部屋に突入した。
何事かと問いただす静居であったが、勝吏と月読は、無言で静居の前に立った。
そして……。
「軍師様、お願いです!」
「柚月の話を聞いてください!」
勝吏と月読は、正座して座り、首を垂れる。
柚月の話だけでも、聞いてほしいと懇願したのだ。
だが、静居の目は、冷酷だ。
とても、二人の懇願を受け入れる表情ではない。
それを知っているのか、夜深は、冷静な表情を浮かべて、二人を見下ろしていた。
「ならぬ、あ奴は、凶悪な妖を解放したのだ。これは、重罪だ。しかも、弟である朧を利用してな」
「し、しかし……」
やはり、静居は、彼らの懇願を受け入れなかった。
勝吏も月読も想定していたのだ。
今の静居は、柚月を解放しようなどとは、微塵も思っていない事に。
それでも、勝吏達は、賭けに出たのだ。
だが、結果は、失敗だった。
静居は、柚月を処罰するつもりのようだ。
勝吏は、動揺してしまうが、ここで、ある賭けに出た。
「ならば、私を処罰してください!これは、私の責任です!」
「勝吏様!」
勝吏は、柚月を助ける為に、自分を処罰してほしいと懇願する。
これには、月読も驚きを隠せない。
当然だろう。
もし、この事を事前に月読に話していたら、月読は反対するはずだ。
だが、勝吏は、覚悟を決めていたのであろう。
自分を犠牲にしてでも、柚月を助けようと。
「させぬぞ、勝吏。お前が、処罰された所で、何も解決にはならん。それほどの大罪を犯したという事だ」
「そ、そんな……」
勝吏は、愕然としてしまう。
いくら、勝吏が、懇願した所で、静居は、それを受け入れる気などないのだ。
柚月は、大罪を犯したとして。
これほどまでに、静居は、冷酷な男なのであったのだろうか。
自分達が、信じてきたものは、一体何だったのか。
勝吏も、月読も、何を信じればいいのか、わからなくなっていた。
だが、静居は、二人に追い打ちをかけるような衝撃的な事実を告げた。
「それと、もう、遅い」
「なぜ、ですか?」
静居は、二人に遅いと告げたのだ。
何が、遅いというのであろうか。
この男は、何をし始めようというのであろうか。
勝吏と月読は、胸騒ぎを覚える。
嫌な予感しかしないからだ。
静居は、不敵な笑みを浮かべて、二人に理由を述べた。
「……あ奴を処刑することにした」
「なっ!」
静居は、二人に衝撃的な言葉を吐き捨てる。
なんと、柚月は、処刑されることとなってしまったのだ。
自分の息子が、命を奪われてしまう。
しかも、この男の手によって。
これには、勝吏も、月読も絶句し、言葉を失っていた。
「そんな!あんまりです!話を聞かずに、なぜ!」
「あの男の話など、聞くまでもない」
月読は、初めて、静居に反論する。
当然だ。
話を聞かずに、柚月は、殺されてしまうというのだ。
柚月は、朧を利用して、凶悪な妖を解放したというが、勝吏も、月読も信じられずにいる。
封印されていたのは、凶悪な妖ではなく、光の神だと勝吏は聞いていたからだ。
月読も、勝吏から聞かされ、柚月は、朧を守るために、嘘をついたのだろうと推測していた。
それゆえに、彼の話を静居に聞いてほしいと懇願したのだ。
なのに、静居は、柚月を処刑しようとしている。
まるで、彼は、大罪だと罪をなすりつけて、柚月を殺そうとしているようにしか思えなかった。
だが、静居は、冷たく言い放つ。
話を聞くまでもないと。
「残念であったな。わざわざ、隊士達を説得させ、ここまで来たというのに」
「……気付いていたのですか」
静居は、さらに衝撃的な言葉を口にする。
なんと、勝吏達の行動を静居は、見抜いていたようだ。
隊士達を説得までして、ここへ来た事を。
静居は、二人を見下したように告げ、勝吏達は、愕然としていた。
「当たり前だ。私は、神になる男だからな」
そんな二人に対して、静居は、堂々と言い放つ。
自分は、神になる男だと。
それゆえに、勝吏達の動向など見抜くことは、造作もないのだと。
勝吏と月読は、言葉を失った。
「夜深」
「わかっているわ」
静居は、夜深の名を呼ぶが、夜深は、自分は、何をするべきかわかっているようで、すぐさま、立ち上がり、愕然としている勝吏達に目もくれず、部屋を出た。
部屋の外で、二人の隊士が、待機している。
その隊士達は、夜深を見るなり、慌てた様子で頭を下げた。
彼女の素性は、勝吏達も、わかっていない。
だが、彼女は、静居の側近として扱われているのであろう。
これだけは、勝吏達も、理解できた。
「勝吏と月読を部屋に連れていきなさい。もちろん、監視の強化も忘れずにね」
「……はい」
夜深は、隊士達に命ずる。
静居の代わりに。
やはり、夜深ですらも、抵抗はできないようだ。
隊士達は、暗い表情でうなずく。
そして、感情を押し殺して、勝吏と月読の元へ歩み寄り、無理やり立たせて、部屋の外へと連れだそうとした。
しかし……。
「あ、そうそう。彼らを止めなかった隊士達は処罰なさい」
「なっ!」
夜深は、隊士達に、残酷な命令を突きつける。
勝吏達を止めなかった隊士達を処罰せよというのだ。
それは、勝吏と月読にとっても、残酷であり、勝吏は、衝撃を受けた。
彼らは、悪くない。
悪いのは、自分達だと言うのに。
「命令に背いたのだから、処罰するのは当然でしょ?異論は、ないわよね?静居」
「もちろんだ」
夜深は、衝撃を受けている勝吏に向かって冷酷な言葉を言い放つ。
そして、静居に、確認するが、静居が、異論するはずがない。
彼らは、自分の命令に背いたのだ。
処罰するのは、当然と思っているのだろう。
勝吏達は、自分のせいだとうなだれ、力が抜けたような感覚に陥り、抵抗する気力もなく、隊士達に連れていかれてしまった。
「この者たちを止めておけば、隊士達は、処罰を受けずに済んだというのにな」
勝吏達が、部屋を出る間際、静居は、勝吏達に聞こえるように、言葉を吐き捨てる。
これには、さすがの勝吏も、堪忍袋の緒が切れたようだ。
形相の顔で、振り向き、静居をにらみつけた。
「……あんたは、最低な男だ!聖印一族の恥だ!」
勝吏は、静居をののしる。
今まで、抑え込んできた感情を爆発させたのだろう。
この愚かな男を信じていた自分に対しても、許せなかった。
「神になる私を侮辱するとは、言い度胸だな」
癪に障ったのか、静居は、勝吏をにらみつけて、言い放つ。
その言葉は、脅迫だ。
だが、勝吏は、怖気づいた様子を見せない。
ただただ、静居をにらんでいるだけだ。
そんな勝吏を月読は、心配そうに、見つめていた。
「連れていけ」
静居は、今まで以上に冷酷な声で隊士達に命じる。
彼の瞳からは、憎悪を感じた隊士達は、背筋に悪寒が走った。
このままでは、自分達も、処罰される可能性があるかもしれない。
隊士達は、止むおえず、無言で、強引に、勝吏達を連れていった。
彼らを静居から遠ざけるように。
「すまぬ、柚月……」
勝吏は、柚月に謝罪し、こぶしを握りしめた。
己がどれほど無力だったかを思い知らされたかのように。
月読は、何も言えず、ただ、悔しさでうつむき、勝吏と共に、部屋から追い出されてしまった。
静居は、瞳に憎悪を宿したまま勝吏達をにらみつけている。
その時だ。
「ふふふ」
「何がおかしい、夜深」
夜深は、耐え切れなくなったように、笑みをこぼしてしまう。
だが、苛立った静居は、怒りを露わにして、静かに、夜深に問いかけた。
それでも、夜深は、笑みを浮かべたままだ。
怖気づくことはなかった。
「いいえ、大将にここまで言われてしまうとはね」
夜深が、笑みをこぼした理由は、勝吏が、あそこまで静居を侮辱したのが、予想外だったからだ。
それは、静居も予想外であり、それゆえに、怒りを露わにしていたのであった。
「皆、今まで、盲目的に信じていたというのに、化けの皮がはがれた途端、態度を変えるんだもの。人間というのは、愚かな生き物ね。つくづく、そう思うわ」
静居と夜深が、感じ取っていた勝吏の印象は、静居に盲目的に忠誠心を誓う哀れな人間であった。
だが、そうではないらしい。
静居が、本性を現してきた途端、牙を向けてきたのだ。
従い続けるかと思いきや。
今の勝吏は、自分達に刃向う愚かな人間といったところであろう。
それは、勝吏だけではなく、他の隊士達や、聖印京に住む人々も同様であった。
「だからこそ、一度、滅ぼす必要がある。そうであろう?」
「ええ、そうよ」
静居は、夜深の言っている事を理解している。
人間は、愚かな生き物だ。
それゆえに、滅ぼすのだと。
夜深も、静居と同意見のようだ。
しかし、なぜ、彼らは、人々を滅ぼそうとしているのであろうか。
それは、誰にも分らなかった。
「さて、あ奴らは、どう、切り抜けるかな?」
静居は、少し、機嫌が戻ったのか、不敵な笑みを浮かべる。
処刑される柚月が、謹慎処分となった朧が、この状況をどう切り抜けるか。
静居は、楽しみでならなかった。
勝吏と月読が、行動に移していたとは知らない朧と虎徹は、本堂の地下牢へとたどり着いていた。
「着きましたね」
「そうだな」
「待ってろよ、兄さん」
朧は、柚月を必ず救うと決意して、虎徹と共に、地下牢へと入っていった。
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