第三話 謎の少年

 柚月と朧の前に現れたのは、神とは似つかぬ姿の少年だ。

 肌は色白く、白髪の長い髪に、海のように深い青色の瞳。

 その少年は、人間とは、かけ離れた美しさを持っている。

 少年は、一体、何者なのか、本当に神なのか、柚月と朧は、疑っていた。


「この子が……光の神?」


「まだ、子供じゃないか……」


 柚月と朧もあっけにとられている。

 目の前にいる少年が、光の神とは到底思えない。

 うつむいていた少年であったが、突如、ゆっくりと、柚月と朧の顔を見上げ始めた。


「わらわの封印を解いたのは、お前達か?」


 少年は、柚月と朧に問いかける。

 その様子は、威厳さを感じられる。

 本当に神のようだ。

 ただの少年と思っていたのは、間違いのようにも思えた。


「あ、ああ……」


「君は、光の神、なのか?」


 少年の問いに柚月はうなずき、朧は少年に問いかける。

 彼が、光の神であるのかを確認するように。

 だが、意外にも、少年は首を静かに横に振った。


「否、わらわは、光の神ではない。妖だ」


「妖?」


「そう、わらわは、妖だ」


 なんと、少年は、光の神ではなく、妖だと答えた。

 これには、柚月も朧も驚く。

 妖が、なぜ、神聖山の祠に封印されていたのであろうか。

 しかも、結界まで張られて。

 彼は、一体何者なのか。

 柚月も、朧も見当がつかない。

 彼から、感じられる威厳さは、ただ者ではない証拠だ。

 ただの妖、というわけではないのだろう。


「お前達の名は、なんという?」


「鳳城柚月だ」


「俺は、鳳城朧……」


「そうか、鳳城家の……」


 少年の正体を探り入れる前に、少年は、二人に名を尋ねる。

 「鳳城」と言う名を聞いた少年は、何かを察したかのようにうつむく。

 どうやら、この少年は、鳳城家と深い関わりがあるようだ。

 だからこそ、鳳城家の当主は、結界を解く術、封印を解く術を語り継いできたのであろう。

 しかし、これだけでは、彼の正体は、掴めない。


「えっと、君は、どうして、封印されていたんだ?」


「……黄泉の神の仕業だ。あ奴のせいで、わらわは」


 朧は、なぜ、少年が、封印されてしまったのかを尋ねる。

 すると、少年は、黄泉の神の仕業だと答えた。

 それも、怒りを露わにして。

 彼は、黄泉の神とも、深くかかわっているらしい。

 となれば、彼は、光の神の眷属なのだろうか。

 柚月と朧は、思考を巡らせるが、やはり、答えは出てこない。

 謎を解くのは、まだ、時間がかかりそうであった。


「封印を解いてくれたことを、感謝する。おかげで……」


「待て、誰か来る!」


 少年は、柚月達にお礼の言葉を述べる。

 だが、少年の話を柚月が遮ってしまった。

 なぜなら、何者かが、近づいてきているからだ。

 音は聞こえず、静かであるが、気配でわかる。

 おそらく、隊士達であろう。

 静居の命でここへ来たのかもしれない。

 できれば、傷つけたくないものだ。

 だが、戦いは避けられないであろう。

 柚月は、少年の前に立ち、真月に触れている。

 朧も、気配で気付いたようで、いつでも、鞘から明枇を抜けるように、手を添えていた。

 しかし、この直後、柚月と朧は、目を見開き、動揺してしまう。

 なぜなら、二人にとって予想外の出来事が起こったからであった。


「動くな」


「っ!」


「軍師様……」


 柚月達の前に、隊士達が現れる。

 だが、引き連れてきたのは、隊長ではない。

 静居だ。

 まさか、軍師自ら、聖印京の外に出て、柚月達を追ってくるとは、思いもよらなかったであろう。

 柚月も、朧も、動揺を隠せない。

 隊士達は、戸惑いながらも、宝刀や宝器を柚月達に向ける。

 静居は、冷酷なまなざしで、柚月達をにらみつけていた。


「まさか、妖の封印を解くとはな。しかも、凶悪な」


「この子が、凶悪?」


「そうだ。その妖を解放した。すなわち、重罪なり」


 静居の口から、衝撃的な言葉が飛び出す。

 なんと、柚月達の後ろにいる少年は、凶悪な妖だというのだ。

 彼が、凶悪な妖には、到底見えない。

 静居の言葉が、信じられない柚月は、静居に尋ねるが、静居は、淡々と答え、しかも、解放した柚月達に対して、重罪だと言い放った。


「この子が、いったい何を……」


「お前達に聞く権利はない」


 朧は、すぐさま、静居に、問いかけるが、静居は、聞く権利はないと言って、回答することを拒否した。

 静居は、柚月達を罪人と見なしているのだろう。


「この者たちを捕らえよ」


「……」


 静居は、隊士達に、柚月と朧を捕らえるように、命じる。

 だが、隊士達は、うなずこうとせず、動こうともしない。

 柚月達が、罪人だとは、到底思えないのであろう。

 そして、少年が、凶悪な妖だと言う事も、信じられないようだ。

 隊士達は、戸惑い、ためらっていた。


「早くしないか。それとも、そなたたちが、罰を受けるか?」


「……かしこまりました」


 ここで、静居は、隊士達を脅迫し始める。

 柚月達を捕らえないというのであれば、命令に背いたとして、処罰するつもりなのであろう。

 何とも、卑怯な手口であろうか。

 隊士達が、自分に逆らえないとわかって利用したのだ。

 自分の立場を。

 隊士達は、致し方なしに、うなずき、柚月達を捕らえようと迫っていく。

 少年は、術で、隊士達に捕らえられてしまった。 

 柚月達が、守ろうとする前に。

 彼らは、本気で、柚月達を捕らえるつもりだ。

 このままでは、処刑される可能性が高いであろう。

 だが、その時だ。

 柚月が、予想もしない行動に出たのは。


「っ!」


「動くな!」


 突然、柚月は、真月を鞘から抜く。

 隊士達は、斬られると感じたのか、下がろうとするが、なんと、柚月は、隊士達に、刃を向けようとせず、朧を捕らえ、彼の首に向けて、真月を突きつけた。

 これには、静居も、隊士達も、そして、朧も驚愕している。

 何が起こったというのだろうか。 

 朧には、理解できず、戸惑っていた。

 少年は、目を見開き、驚きのあまり、体を硬直させた。


「動けば、朧の首を斬る!」


「に、兄さん!?」


 柚月は、刀をさらに、朧の首に近づける。

 後、もう少しで刃は、朧の首に食い込むであろう。

 本当に、彼は、朧の首を斬るつもりなのだろうか。

 今、柚月が、何をするつもりなのか、朧にも、理解できない。 

 少年は、柚月をじっと見るが、柚月は、彼の目を見ようともしなかった。

 ただ、静居をにらむように、見ているだけであった。


「ほう、仲間割れか?」


「違う、仲間割れではない。朧が、妖の居場所を知っていたから、無理やり来させただけだ」


「に、兄さん、何を言って……」


 柚月は、嘘をつき始める。

 朧が、知っているから、無理やり連れてこさせたと。

 ここで、朧は、気付いてしまったのだ。

 柚月は、自分をかばおうとしている事に。

 自分だけ、罪人になろうとしているという事に。

 朧は、戸惑いながらも、嘘だと否定しようとする。

 しかし……。


「黙れ!」


「っ!」


 柚月は、焦燥に駆られたのか、叫び、刀を朧の首に食い込ませる。

 少し、食い込んだだけだというのに、朧の首から血が流れ始め、朧は、苦悶の表情を浮かべた。

 そうまでして、柚月は、朧を守ろうとしているのだ。


「……そうか、そういう事か。だが、甘いぞ!」


「くっ!」


 柚月が、朧を守ろうとしていることに気付いたのか、不敵な笑みを浮かべる静居。

 まるで、柚月と朧をあざ笑っているかのようだ。

 静居は、術を柚月に向けて放つ。

 術は、柚月の右肩に直撃し、柚月は、苦悶の表情を浮かべ、真月を手から放す。

 真月は、カタンと地面に落ち、朧は、柚月から解放された。


「兄さん!」


 朧は、柚月を助けようと、手で止血しながら、柚月の元へ駆け寄ろうとする。

 だが、彼の元にたどり着く前に、隊士達が、柚月の周りを囲み、朧の行く手を遮ってしまった。


「近づいてはなりません」


 一人の隊士が、朧の腕をつかみ、朧は、身動きが取れなくなってしまう。

 だが、柚月とは違って、取り押さえようとはしない。 

 おそらく、朧は、強引に連れていかれたと思っているのだろうか。

 それとも、柚月が、朧に刃を突きつけた理由に気付いてしまったのか。

 どちらにしても、隊士は、朧を捕らえるつもりはなさそうだ。

 隊士は、朧から、柚月を遠ざけた。


「鳳城柚月を捕らえよ。その妖を幽閉せよ」


「はい。朧様は……」


「鳳城朧は、監禁せよ。良いな」


「はい」


 静居の命で、柚月と妖は、捕らえられることとなり、朧は、監禁となってしまう。

 柚月は、強引に連れていかれ、術で拘束されてしまった少年は、連れていかれてしまった。

 朧は、柚月を助けに行こうとするが、隊士達に止められてしまい、柚月を助ける事が不可能となった。


「ま、待ってください、話を……」


「問答無用」


「軍師……様……」


 朧は、抵抗し、説得しようとするが、隊士達は、朧を放とうとしない。

 それどころか、静居が、朧の前に立ちはだかった。

 朧は、あっけにとられ、静居を見る。

 静居は、依然として、冷酷な瞳で朧をにらみつけるように見下ろしていた。


「鳳城朧。そなたは、一か月間の謹慎処分とする」


「っ!」


 なんと、静居は、朧に対して、謹慎処分の命令を下した。

 朧は、絶句し、愕然としてしまう。

 これでは、監視が強化されてしまうであろう。 

 柚月を救出する事も、困難を極めてしまうかもしれない。

 朧は、抵抗を続けるが、隊士達は、決して、放そうとしない。


「連れていけ」


「はい……」


 静居は、容赦なく、隊士達に命じる。

 隊士達は、柚月と少年を連れて、山を下り始めた。


「兄さん、待って!」


 朧は、柚月を呼び止めようとするが、柚月は、決して、朧と目を合わそうとしない。

 朧を守るために、悪役を演じ続けたのであった。


「そんな、どうしてだよ……兄さん……」


 朧は、愕然としてしまった。

 自分は、柚月に守られてしまった事に。

 無力だったと思い知らされて。

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