第二話 光の神を守る番人

 聖印京を抜け出すことに成功した柚月と朧は、神聖山を目指す。

 あたりは暗く、夜道は、妖が凶暴化する恐れがあるので、危険であったが、今は、そのような事を言っている場合ではない。

 自分達が、抜け出したことは、静居に知られている可能性がある。

 追手が来る前に、神聖山にたどり着く必要があった。

 神聖山は、聖印京から北東の方角にあるようだ。

 朧は、柚月の記憶を頼りに、ついていった。


「ねぇ、兄さん」


「どうした?朧」


「神聖山ってどこにあるんだ?」


「この先だぞ」


「え?こんなところに山なんてあったっけ?この先は、崖だったはず……」


 神聖山がどこにあるか柚月に尋ねる朧。

 柚月は、この先にあると言うが、進むと山ではなく、崖しかなかったはず。

 朧は、そう、記憶していた。


「そうか、お前は、旅をしていたんだったな」


「うん」


 かつて、朧は、三年間、和ノ国を旅していたのだ。

 柚月と九十九を探すために、ありとあらゆる場所へと出向いたことがある。

 それゆえに、朧は、地理には詳しい。

 この先は、山ではなく、崖しかないという事も知っていた。


「確かに、この先は、崖だ。だが、先がある」


「え?どういう事だ?」


「行けばわかるさ」


 柚月は、先にあるのは、崖だときっぱりと答えるが、その先があるのだという。

 一体、どういう事だろうか。

 尋ねる朧に対して、柚月は、答えようとはせず、行けばわかると答える。

 朧は、首を傾げつつ、柚月を信じ、神聖山を目指した。



 柚月と朧が、崖にたどり着く。

 やはり、山はない。

 この先は、崖、行き止まりだ。

 本当に、神聖山は、この先にあるというのだろうか。

 朧は、柚月を疑い始める。

 間違いではないかと。


「兄さん、本当に、山があるのか?」


「ああ、見てろよ」


 朧の問いに、柚月は、自信満々に答える。

 そして、柚月は、術を発動し始めた。

 すると、海面が光り始め、光は、天まで上った。



 その光は、聖印京からもはっきりと見えていたようだ。

 静居の隣にいた女性が、本堂の外に出て、夜空を見上げていた。

 柚月と朧が、聖印京を抜け出したことに気付いたのであろうか。


「静居」


「ほう」


 女性に名を呼ばれた静居は、ゆっくりと本堂から出て、見上げる。

 天まで、昇る光を。

 その光を見た途端、静居は、何かを察したようで、不敵な笑みを浮かべていた。


「あ奴ら、動き始めたか。こちらも動くとしよう」


 どうやら、静居に気付かれたようだ。

 いや、すでに、知っていたであろう。

 柚月と朧が、聖印京から出た事に。

 静居と女性は、本堂に、入っていった。

 おそらく、柚月と朧を捕らえる為に動くのであろう。



 柚月が、封印を解くと、光が天へ上り、その光が止むと、山が、姿を現した。


「や、山だ……ここが、神聖山?」


「そうだ」


 柚月と朧の前に、そびえたつ山こそ、神聖山だ。

 しかし、なぜ、今、神聖山が、姿を現したのだろうか。

 朧は、思考を巡らせたが、今までの記憶を思いだすと、ある答えが、浮かび上がってきた。


「そうか、幻術が発動されてたんだな。だから、見えなかったんだ」


「そういう事だ」


 神聖山が、見えなかった理由は、幻術が発動されていたからだ。

 それも、強力な。

 おそらく、鳳城家の人間が封印していたのであろう。

 光の神の封印が勝手に解かれて悪用されないように。

 柚月は、封印を解く術も教え込まれていたがために、解くことができたのだ。

 本当に、月読に感謝したいところだ。

 今は、難しいかもしれないが。


「急ぐぞ、軍師様が、気付いたかもしれないからな」


「うん」


 先ほどの光で、静居は気付いたと柚月は思っているのだろう。

 確かに、静居なら、見抜いてしまうはずだ。

 朧も、同じことを考えていた。

 となれば、静居は、追手を放つはず。

 追手が来る前に、柚月と朧は、昇り始めた。

 神聖山の頂上で眠っている光の神の封印を解くために。

 


 だが、道のりは、険しい。

 しかも、封印されていたというのに、妖達が、徘徊している。

 だが、柚月と朧の実力であれば、妖を討伐する事は、困難ではない。

 二人は、妖達を討伐しながら、頂上を目指した。


「ここにも、妖がいたんだな……」


「妖と言うより、番人だな」


「番人?」


「ああ、光の神を守ってるらしい」


「妖に守らせてるってことなのか……」


「そういう事だな」


 なんと、ここにいる妖達は、普通の妖ではないようだ。

 柚月が言うには、光の神を守る番人だという。

 彼らが、徘徊しているのも、悪用を防ぐためであろう。

 これも、鳳城家の当主のみに伝えられてきたことだ。

 神聖山の妖達は、光の神の眷属だったという言い伝えが残っている。

 彼らが、番人だという証拠はないが、妖気の中に、別の力を感じた柚月。

 おそらく、神の力なのだろう。

 しかし、光の神の眷属が妖と言うのも、不思議な話だ。

 神からしたら、妖は、敵にも味方にもなるという事なのだろうか。

 朧は、妖という存在について、疑問を抱き始めた。

 そして、番人が徘徊しているという話を聞き、あることに気付いた。


「じゃあ、この先は……」


「強い番人がいるだろうな。気を引き締めろよ」


「わかってるって」


 光の神を守る番人は、この先にもいるのであろう。

 より強い番人が、光の神を守っているはず。

 となれば、封印を解くのは、容易ではなさそうだ。

 柚月も、推測しているようで、朧に注意を促す。

 もちろん、朧は、油断するつもりなどない。

 いや、柚月と一緒なら、怖いものなしなのだろう。

 朧は、余裕で返事をしてみせた。



 柚月と朧は、神聖山の頂上にたどり着く。

 そこには、獅子のような姿をした妖とその奥に祠があった。

 あの祠の中で、光の神が眠っているのだろう。


「たどり着いたな……だが……」


「いたね、妖じゃないみたいだ」


 ようやく、頂上まで来た二人だが、最後の難関が待ち受けている。

 この妖こそが、二人が推測していた強力な力を持つ番人なのだろう。

 番人は、唸り声を上げて、二人を威嚇していた。


「確かに、妖って言うより、番人だ」


 朧は、舌を巻くように呟く。

 この番人からまがまがしい妖気を感じられない。

 むしろ、自分達に近い力を感じる。

 まるで、聖印が宿っているようだ。

 今、目の前にいる者は、妖ではなく、番人であることは、間違いなさそうだ。

 この番人を倒さない限り、光の神の封印を解くことは、困難を極めるだろう。

 柚月は宝刀・真月を、朧は妖刀・明枇を鞘から抜いて、構える。 

 その直後、番人が、二人に襲い掛かった。

 柚月と朧は、跳躍して回避するが、番人は、すぐさま、爪を薙ぎ払うように、振るう。

 柚月と朧は、同時に、刀を振るって防ぐが、衝撃が重く感じる。

 はじかれて、体勢を崩されそうだ。

 それでも、何とか、踏ん張って防ぎきり、後退して、距離をとった。


「速いな」


「それに、結構、頑丈だ。さすがは、番人ってところだな」


 やはり、一筋縄ではいかないらしい。

 番人の速度は予想以上に早く、威力もある。

 今の状態で、連携を取ったところで、劣勢を強いられるのは、確実であろう。 

 となれば、勝つためには、切り札を使うしかなかった。


「なら、本気を出すか」


 柚月は、真月を握りしめ、集中する。

 聖印能力・異能・光刀を発動したのだ。

 聖印を発動したことにより、柚月は、光の刃を身に纏い、光の速さで駆け抜ける事ができる。

 聖印能力は、柚月にとって、切り札であった。

 番人は、すぐさま、爪を柚月に向かって振り下ろすが、柚月は、一瞬にして、回避し、真月で、右足を切り裂く。

 番人は、苦悶の表情を浮かべ、雄たけびを上げた。


「さすが、兄さんだ。明枇、俺達も行くぞ」


――ええ。


 柚月の戦いを見た朧は、感心した様子を見せている。

 だが、柚月、一人で戦わせるわけにはいかない。

 自分も、切り札を発動すべきなのだろう。

 朧は、明枇に声をかけ、聖印能力を発動し、明枇を憑依させた。

 そして、柚月に向かって爪を振りおろそうとする番人に対して、朧は、妖刀で、見事に防ぎ、はじき返した。


「この状態なら、勝てそうだろ?」


「期待してるぞ、朧」


「うん」

 

 柚月の異能・光刀と朧の憑依化。

 この二つが、合わされば、最強と言っても過言ではないようだ。

 威力や素早さが、他の聖印隊士よりも、上回っているというだけではない。

 柚月と朧だからだ。

 兄弟ゆえに、二人の息はぴったりである。

 この二人が、連携をとれば、戦いは、優勢になるであろう。

 柚月が、光の速さで切り裂いていく。

 番人が、反撃するが、それを朧が、難なく防ぎ、はじき返す。

 よろめき、隙が生まれたところで、朧が、九尾ノ炎刀を放ち、九尾の炎が、番人の周りで燃え盛り、行く手を阻んだ。


「兄さん、今だ!」


「はあっ!」


 番人が、身動きが取れなくなったところを、柚月が、切り裂く。

 番人は、叫びながら、消滅していった。


「危ないところだった……」


「そうか?それにしては、余裕を見せていた気がしたが」


「本当に、危ないところもあったんだけど」


 柚月と朧は、元の姿に戻り、刀を鞘に納める。

 朧は、安堵した様子を見せているが、柚月は、朧を疑っているようだ。

 朧が、どれほど、強くなったか、柚月は見抜いている。

 そのため、朧は、疑われているようだ。


「そういう事にしておいてやろう」


「信用されていないな、俺は」


 本当に危なかったと反論する朧。

 柚月は、納得したそぶりを見せているが、未だ、疑っているようだ。

 どうやら、信頼されていないらしい。

 朧は、苦笑して、呟く。

 こう言った穏やかなやり取りは、久しぶりで、どこか、新鮮な感じがする。

 こうして、共に戦うのが、初めてだからなのかもしれない。

 守られていた弟が、強くなり、呪われてしまった兄が、復帰した。

 そのため、二人は、どこか嬉しそうであった。

 だが、やり取りを続けている場合ではない。

 一刻も早く、光の神の封印を解かなければならないのだから。


「この祠の中で封印されてるんだな」


「ああ」


 朧の問いに柚月はうなずいて答える。

 光の神は、この祠の中で眠っているらしい。


「兄さん、どうやって、封印を解くのか、わかるのか?」


「もちろんだ。兄ちゃんに任せろ」


「じゃあ、任せるよ」


 柚月は、封印を解く方法を知っているようだ。

 これも、勝吏から、教わったのだろうか。

 柚月は、真月を鞘から抜き、手を斬る。

 すると、手から血が流れ、祠へと滴る。

 祠は、血に反応して、光り始めた。

 あまりの眩しさに、思わず、目を閉じる柚月と朧。

 その祠から、光が飛び出てきた。

 光は、人の形へと変化し始める。

 神が、復活するのだろうか。

 しかし……。


「え?」


「嘘だろ?」


 柚月と朧は、目を疑う。

 なんと、祠から出てきたのは、長い白髪で、青い瞳を持つ小さな子供であった。

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