第四話 興味を抱いたが為に

 静居によって、拘束された柚月達。

 そのためか、静居は、どこか、満足そうな笑みを浮かべて、座っている。

 まるで、彼らを排除できた事を喜んでいるような。

 だが、女性は、納得がいっていないのか、笑みを見せていない。

 女性は、静かに、静居のそばへと歩み寄り、座った。


「ねぇ、静居」


「なんだ?夜深」


 静居に語りかける女性。

 静居は、女性の事を夜深と呼んだ。


「良かったの?あれで」


「何がだ?」


 夜深は、静居に問いかける。 

 だが、何の事を問いかけているのか、静居には、わからないらしい。

 静居は、夜深に聞き返した。


「あそこで、あの子達を殺す予定だと思っていたのだけれど。だから、貴方がわざわざ出向いたのではなくて?」


 夜深が聞きたかったのは、柚月達の事だ。

 静居本人が、神聖山へ向かった理由は、柚月達を殺すためだったらしい。

 夜深は、静居の事を熟知している。

 静居の思惑も、彼の理想の為に、邪魔する者達を排除してきたことも。

 その中に、柚月と朧も、入っていた。

 だからこそ、静居は、自分の手を汚さず、柚月達を殺そうと仕掛けてきたのだ。

 神聖山にたどり着いたときは、絶好の機会と言っても過言ではないだろう。

 静居は、それをみすみす逃したというのだ。

 朧を捕らえず、謹慎処分にして。

 夜深は、それが、理解できなかった。


「その通りだ。だが、気が変わった」


「あら、どうしてかしら?」


 静居は、夜深の問いに答える。

 気が変わったというのだ。

 だから、あの場で柚月達を殺そうとはせず、柚月を捕らえ、朧を謹慎処分としたようだ。

 しかし、それだけでは、納得がいかない夜深。

 ますます、知りたいと思ってしまうほどに。

 夜深は、再び、静居に問いかけた。


「面白いと思ったからだ」


「面白い?」


 静居は、夜深の質問に答える。

 それも、嬉しそうに。

 どうやら、静居は、柚月と朧に興味を抱いたようだ。

 彼らの事を面白いと思ったらしい。

 これは、夜深にとって、意外な言葉だった。


「そうだ。あの兄弟は、私の予想を超える行動をしてくれる」


「確かにそうね」


 静居は、柚月と朧を捕らえようとした時の事を思いだす。

 柚月が、とっさに、朧に刃を当て、朧を守ろうとした。

 これは、さすがの静居も、予想外だったようだ。

 だが、思えば、いつも、そうであった。

 柚月も、朧も、自分の予想を超える行動をする。

 千里や餡里を使って、彼らを殺そうと目論んできたというのに、彼らは、生き延びたのだ。 

 そして、今も。

 まるで、自分に抗うように。

 夜深も納得がいったようで、うなずいていた。


「だからこそ、どうやって抗うか見てみたくなったのだ」


「そういう事だったのね。でも、後悔しないの?」


 柚月と朧の興味を抱いた静居は、彼らが、どうやって、抗っていくのか、見たくなったらしい。

 全くもって、気ままな男なのであろうか。

 あれほど、彼らを殺そうとたくらんでいたというのに。 

 夜深は、あきれた様子で、静居に尋ねる。

 抗うという事は、静居の邪魔をするという事だ。

 彼らは、静居を信用していない。

 そして、他の聖印一族も、静居を疑い始めている。

 聖印一族を掌握することはできたとしても、あの二人を掌握できるとは、到底思えない。


「するわけがない。私は、必ず、神になる。その時に、あ奴らを殺せばいいだけの事だ。それまで、楽しませてもらう」


「追い詰めて、ね。嫌いじゃないわ。貴方のそう言うところ」


 静居は、もし、自分に危機が迫ったら、柚月達を殺すつもりのようだ。

 今の静居なら、柚月達を殺すことは、造作もないことなのだろう。

 余裕の笑みを見せる静居。

 命の危機が迫るまでは、柚月達を野放しにしておくようだ。

 だが、夜深は、静居の思惑を見抜いている。

 静居は、柚月達をじわじわと追い詰めて、殺すつもりらしい。

 なんと、悪趣味な思惑であろうか。

 だが、夜深にとっては、そんな静居を気に入っているようだ。

 静居と夜深は、不敵な笑みを浮かべて、柚月と朧が抗うのを待ちわびているようであった。



 柚月に助けられた朧は、隊士達に連れられて、鳳城家の屋敷へと戻された。

 朧が戻ったのは、鳳城家の離れではない。

 かつて、朧が療養中にしようしていた時の部屋だ。

 これも、静居の命令なのであろう。

 朧は、すぐさま、部屋を出ようとするが、隊士が、朧の前に立つ。

 朧を部屋から一歩も出さないつもりのようであった。


「お願いです!ここから、出してください!兄さんと話をさせてほしいんです!」


「なりません。静居様のご命令です」


 朧は、隊士に出してほしいと説得する。 

 柚月ともう一度話がしたいと。

 朧は、柚月の行動に納得がいっていない。

 なぜ、自分をかばって、柚月が処罰を受けなければならない。

 処罰を受けるなら、自分もと思っているのであろう。

 だからこそ、朧は、柚月と話そうとしていたのだ。

 だが、朧は、謹慎処分とされている。

 そのため、隊士も、これ以上、抗う事は許されないのだ。

 もし、朧を部屋から出したなら、今度は、自分達が、処罰されるであろう。

 隊士は、朧を部屋から出すまいと、感情を押し殺して、朧の懇願を拒否した。


「では、父さんと母さんと話をさせてください!」


「……できません。お願いですから、大人しくしていてください」


「……」


 柚月と話すことが、不可能と言うのであれば、勝吏と月読に会わせてほしいと懇願する朧。

 勝吏と月読は、柚月が、処罰されることを知っているはずだ。

 今、柚月は、どういう状況に置かれているのか、知っているであろう。

 それゆえに、朧は、二人から話を聞こうとしたのだ。

 だが、それすらも、許されないらしい。

 感情を押し殺していた隊士であったが、今度は、隊士が、朧に懇願し始める。

 もはや、精神的に耐えきれなくなったのであろう。

 朧の監視を続ける事に。

 彼だけではない。

 おそらく、聖印京にいる全員が、追い詰められているのかもしれない。

 自由を失ったも同然だ。

 無理もないだろう。

 朧は、隊士を気遣い、何も言えなくなってしまった。

 どうすることもできなくなったと、嘆き、心の中で柚月に謝罪して。



 朧の監視を続ける隊士。

 だが、しばらくすると一人の隊士が、現れる。

 その隊士は、布を頭からかぶっているため、誰なのかは、わからないが、ひげが生えている事だけは、わかる。

 どうやら、中年の男性のようだ。

 威厳に満ち溢れている。

 まるで、隊長を務めてきたかのような。

 朧の監視には、男性のような隊士でないと、難しいという事なのであろうか。

 隊士は、違和感を覚えながらも、男性に問いかけた。


「あれ?どうしたんだ?」


「交代だ。ここは、俺が、引き受ける」


「もうか?」


「そうだ。お前さ……あんたは、宿舎に戻ってほしいって虎徹様が言ってたぞ」


 男性は、交代の時間だと言うが、どこか、おかしい。

 なぜなら、交代するには、まだ、早いからだ。

 ますます、違和感を覚える隊士。

 だが、男性は、はっきりと言い切る。

 男性は、特徴的な呼び方をしようとしたらしいが、言い直す。

 虎徹の命でここを訪れたようだ。


「……分かった」


 虎徹の命令ならばと納得した隊士。

 いや、納得せざるおえないのだろう。

 本来なら、虎徹が、権限を持っているとは思えない。

 静居が、全ての人間を掌握しているからだ。

 聖印一族も含めて。

 だが、隊士は、何か、悟ったようで、これ以上の事は質問せず、男性と後退した。


「入るぞ」


「え?あ、はい……」


 突然、男性は、部屋に入ると宣言して、朧が、うなずく前に、入ってきた。

 いきなりの事で、あっけにとられる朧。

 隊士と男性のやり取りは、朧の耳にも届いていたが、違和感はなかった。

 なぜなら、それよりも、柚月の身を案じているからだ。

 そして、あの少年の事も。

 それゆえに、朧は、どこか暗い表情を浮かべていた。


「何、辛気臭い顔してるんだ?朧」


「え?」


 朧に語りかける男性。

 それも、飄々と。

 その口調は、どこかで聞いたことがある。

 朧は、驚き、あっけにとられていた。

 彼の口調は、あの人を思わせるほど、飄々としているのだから。


「どうした?まさか、俺に気付かないってことはないよな?」


 男性は、まるで、種明かしをするかのように、布を外した。


「あなたは……師匠!」


 朧は、驚愕する。

 なんと、朧の目の前に現れたのは、虎徹だったからだ。

 しかし、なぜ、虎徹が、ここに来たのか、朧は、見当もつかない。

 虎徹も、自由を奪われているはず。

 武官なら、監視させられている可能性だって高い。

 それゆえに、勝吏と月読には会えなくなってしまったのだから。


「なぜ、ここに……」


「お前さんと話をしたくてな。一般隊士に成りすました」


「成りすましたって……」


 なんと、虎徹は、朧と話がしたくて、一般隊士に成りすましてここまで来たらしい。

 全くもって、大胆な男だ。

 この緊迫した状況で、一般隊士に成りすませるなど不可能に等しい。

 それを、虎徹は、やってのけたのだ。

 朧は、あっけにとられていた。


「どうだ?結構、似合ってるだろ?」


「……」


 虎徹は、朧に、自分が着ている衣装は似合っているだろと語りかけるが、朧は、返事をしない。

 返事ができないのだ。

 今は、そのようなやり取りをしている状態ではなかったから。


「冗談を言っている場合ではないか……」


「すみません」


 虎徹は、朧の心情を察したようで、真面目な表情へと変わり、朧は、謝罪した。

 もちろん、虎徹の心情を理解していないわけではない。

 虎徹は、朧の事を気遣ってくれたのだ。

 柚月が、捕らえられてしまったのだ。 

 このままでは、柚月は、命を落としてしまうかもしれない。

 そう思うと、朧は、気が気でないのだろう。

 だが、少しでも、朧が、希望を取り戻すようにと虎徹は、いつものように、語りかけたのであった。


「それで、何があったんだ?詳しく聞かせてくれないか?」


「はい」


 虎徹は、朧に問いかける。

 彼も、柚月が凶悪な妖を解放したために捕らえられたとしか聞かされていないため、詳細は知らないのだ。

 朧は、虎徹に話は始めた。

 自分達が、光の神からお告げを受け取った事。

 そして、光の神を復活させるために、神聖山で、少年の封印を解いたことを。

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