研究レポートその3:「完全無欠の透吹宗明」
「失敗は成功のもと」だとか、「失敗ではなく、その方法でうまくいかないことが分かったから成功だ」と言った失敗を肯定する言葉があるが、俺はそんな言葉信用していない。もちろん成功した方が良い気分になるし、失敗することは恥ではないだとかなんとか言われようと失敗すると恥ずかしい。だから、なるべく最短ルートで成功したいと誰しも思うものだ。俺も今までそうやって研究を続けてきたし、きっとこれからもそうやって生きていくのだと思う。天才だとか何だと言われようと結局は努力するところは努力しなければならない。
でもやっぱり失敗は失敗で、文字通り失敗によって俺が失ったものはあると思うし、俺が失敗して受けた傷は、成功と言う幸福で上書きすることはできない傷だ。
つまるところ、俺が何を言いたいのかと言うと、俺の心が二度の失敗によって折れかけているということだ。研究室の中で、散々失敗していたじゃないかという野暮なことは言わないで欲しい――俺にとってこの失敗は、研究室で行う実験とは全くもって異なる失敗なのである。
今回の二度の失敗が今までの失敗となにより異なるのは、やはりあの目を見てしまうことだ。あの侮蔑や嘲笑を含んだ醜い目――何度あの視線で体を突き刺されようと、あの感覚に慣れることはないのだと思う。
今回の目的に立ち返ってみると、俺は顔面偏差値による印象の是正、天才たちが不当な評価を受けないために奮闘していた。だが、いくつかの実験を経て、顔面偏差値さえ上昇すれば良いと言うわけではないと言うことが分かった。
それだけ聞けば、やっぱり「失敗は成功のもと」だと言えるだろう。そして、こうして失敗したことをレポートにまとめているあたりは、やはり俺の真面目な仕事ぶりが伺える――こんな勤勉な人間はいないぞ、どこでもいいから就職させてくれ。
インターンシップだとか言う、面倒くさそうなものには行きたくないという思いがある俺は、心でそうやって願っていた。
話を戻そう。俺はこうやって黙々と自分の失敗談をレポートにまとめた後、研究室を後にして帰路に就こうとしていた。
「そこのお嬢さん、今から帰りですか?」
しまったと思った。普段なら「宗明の告げ口」の電源をオフにしておくのに、オンにしたままにしていたのだ。目の前にいる女性に、俺の意思とは無関係に会話が始まった。
「随分遅くまで頑張ってらっしゃったんですね。お疲れ様です」
「もしよかったら、俺といっしょに帰りませんか?」
また余計なことを次から次に言ってくれたものだ。俺は「宗明の告げ口」に身を任せ、自然に口角を上げてニコッと微笑みかける。
「…………」
話しかけた女性は俯いたまま返事する様子がない。
「どうしましたか? お疲れですか」
そうやってグッと顔を下から近寄せた俺は、今話しかけている女性が以前に出会ったことのあるあの挙動不審な女性だと気が付いた。
「いや……私は一人で帰ります……」
あの時と同じ、細々とした蚊の鳴くような声で彼女は言った。
あの時よりも少し落ち着いた様子だったので、近づくまで気が付かなかった。あれから少しは人と話すことに慣れたのだろうか。
「そうですか……ならまた後日、僕と一緒に遊びましょう」
「宗明の告げ口」はそれ以上何も言わなかったが、俺はここでまたはっきりと敗北感を味わった。
断られることもあるんだな……
こうやって全力で挑んでも、こんな結果になるなんて。俺はここでどうも引き下がれないような気がした。俺の力であの女を振り向かせてやる、などと言う高慢ちきな気持ちになってしまっていた。ここまで全力を尽くしたのだから、俺と帰らないなんておかしいとさえ思っていた。
その時はつい傲岸不遜に、そして、自信過剰になっていたのだと思う。
だから俺は彼女、
俺は決してこの無相と言う女性に恋をしたと言うわけではない。ただ単にここで引いたら自分が負けた気がすると思ったからだ、ただ、自分のプライドを必死に保つためだけにここにいる。俺が完璧であるために、己が完全であるために俺はここにいるんだ。
今回は話し方の事でミスをすることもなかったし、服装の事でミスをすることもなかった。やっぱり俺は天才だ、万事がうまくいくなんてなかなかできることなんてない。(二回は失敗したが……)
しかし、禍福は糾える縄の如し、そのようなことばかりが続くとは限らないということを、すぐさま身をもって知ることとなった。
「ちょっとトイレ行って来る」
そう言って何気なくトイレに行った、その時だった。
「噓……だろ……」
突然、自分の顔がぐにゃぐにゃと歪みだし、「透吹スペシャル」服用前の、あの顔面偏差値の低い顔に戻ってしまった……
これまで「透吹スペシャル」を幾度となく服用してきた俺の体は、この薬に対する耐性ができてしまっていたのだ。
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