研究レポートその4:「続・完全無欠の透吹宗明」

 世の中には「泣きっ面に蜂」という言葉や「踏んだり蹴ったり」という言葉があるように、立て続けに不幸が起こることがある。実際に今の俺は「透吹スペシャル」の効力が失ったのに周章狼狽し、そのはずみにトイレで盛大にズッコケることとなった。それだけならまだ良かったが、そのこけた衝撃によって、俺の第二の発明品である「宗明の告げ口」も機能不全に陥ってしまった。


「くそッ! どうする……どうする……」


 すっかりもとの状態に戻ってしまった俺、この後の方針を立てようと画策していた。トイレの中でこうなってくれたことが不幸中の幸いである。もしも、店内でそんなことになろうものなら周りも含めパニックになっていただろう。


 目の前にある選択肢は二つ。


 正直に事実を伝える。


 トイレから別人の振りをして立ち去る。


 一応、前者を選択肢としているものの、もちろんそのような選択はありえない。どうしてもプライドが邪魔をして、正直に真相を伝えるなどということはできそうになかったからだ。


「よし!」


 後は思い切りよく出て行こう。そもそも、顔が変わっているのだから、俺だと分かるはずがない。そうそう服装が同じだとマズいので、一番上に着ていた服だけはそのままトイレに置いていくことにした――抜かりないだろう?


「これで……大丈夫だろう」


 俺が意気揚々とトイレから出て行った、五秒後の出来事である。


「え? 透吹君どこに行くの?」


 即座に何の迷いも躊躇いもなく、無相に捕まった。どうして俺だと彼女は分かっているんだ。そう考えている暇もなく、ここでまた俺に二つの選択肢が浮かんだ。


 正直に事実を伝える。


 このまま別人を装って逃げる。


 俺は先ほどとは打って変わり、前者に近い選択をしていた。ここでなんの躊躇いもなく、彼女を素通りすることも確かに可能だった。


だが、俺は無相がなぜ俺だと認識することができたのか、ということがひどく気になった。そして、もしかしたら、彼女は俺の顔ではなく俺の立ち居振る舞いなど、顔の特徴以外も見てくれていたのではないかということを想像し、嬉しくなっている自分がいることに気が付いた。


 たとえ顔が変わっても、俺が俺だと言う真実、アイデンティティーに関わる問題だ。何が俺を俺たらんとしているのか、それを知りたいと思った。そこで、俺は犯した罪がばれて観念した犯人よろしく潔く言い放つ。


「ど、どうして、お、俺だと分かった……?」


 「宗明の告げ口」が失われた俺は、いつものぶっきらぼうの口調で言うことになってしまったが、彼女は一切動じるような気配はない。


 一体俺はこの時、彼女からどんな答えを期待していたのか。それは今の俺にも分からない。だけど確かに言えるのは、俺を顔以外で見てくれているという事実そのものが嬉しかったと言うことだ。だから、答えなんてどうでもよかったのかもしれないし、追加で俺の○○が好き、なーんてことを言われることを期待していたのかもしれない。


 少なくとも、俺はこの時まさかあんなことを言われるなんて思いもしていなかった。そう、あんなセリフを……


 彼女は一呼吸おいてゆっくりと話し始める。その目は静かに俺を見つめていたが、あの時とは違い、はっきりとした覚悟が感じられた。



「私はA―105号室で初めてあなたと出会った時から、あなたの醜悪さを忘れない。あの時と今とでは顔も話し方も違うけれど、あなたから滲み出てくる醜悪さは隠しても隠せるものじゃないよ。あの時、私を蔑んで見ていたでしょう。あのあなたの蔑んだ瞳を私は忘れなかった。あなたは、勝手に人を見た目で値踏みし、受けた印象で人をそのまま判断していた。そこまでしていないと言うかもしれないけど、確かに私はそう感じた。きっと自分にも心当たりがあるんじゃないかな

――いいや、絶対あるね、断言しよう。

 透吹君はそうやって人を見た目で判断しちゃう人なんだよ。いいや、透吹君だけに限った話じゃないんだけど、あそこまで露骨に嫌悪感を出す人は初めてだったなあ

――だから、私はあなたに復讐してやろうかな。なんて思っちゃったんだけど……そんな必要なかったね。王子様が魔女の魔法で醜いカエルに変えられてしまったように、あなたの顔も醜く変わってしまった」


――ただ、童話と違うのは、その醜い姿があなたの本当の姿だってこと。


「じゃあね、もう会うことはないだろうけど、バイバイ」


 茫然自失する俺。本当はここで俺は怒り狂っても良かったのだろうけど、俺はそうするよりも自分自身が情けなく思えて仕方なかった。


 俺は去っていく彼女の後姿を眺めながら考えていた。一体彼女は最後どんな目を向けて俺を見ていたのだろうか。


――ただ、彼女は、俺の嫌いな瞳をしていなかったということは分かる。


 俺は顔面偏差値による印象の是正を目指していたはずなのに、俺自身が見た目で人を判断してしまっていた。

 その事実を突きつけられ、その場にぼんやりと立ち尽くした。


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