研究レポートその2:「宗明の告げ口」
最初に俺は顔面偏差値さえ上げてしまえば、天才が不当な評価をされないと言うことを述べた。だが、実際はそうではなかったようである。
たしかに、テレビに映る東大生は話し方が奇怪で、たとえ顔のハードルを越えたところでまた次のハードルが立ちはだかっていたのだと言うことが分かった。だからこそ今回は「宗明の告げ口」と称して、ネット上で流布されている会話スキルを搭載した人工知能を口内に忍ばせることにした。こうすれば俺の意思に関係なく、饒舌に相手の望む会話を成してくれるという寸法である。これさえあれば、会話の内容だけでなく、話し方によって生じる問題も解決することができる。
これで、今回は聡明な宗明様をアピールすることができる、腹の底から沸々と自信が湧いてくるのが分かった。
実験場所は先日と異なるC―214の教室である。ここは文系の授業が行われる場所で二年生から三年生が主に使っている場所になる。正直前回のことがあったため、同じ場所で実験することが憚られた俺は場所を変えて実験することにしたのだ。そう意気込んでいるところに一人の女性が現れた。
ケータイを弄りながら一人で教室から出てきた女性。髪の色は金色に近い明るい色で手には派手な色のハンドバッグを持っている。典型的な文系女子という感じで頭が悪そうと言う印象を受けた。しかし、顔は整っており、前向きで溌溂としたイメージが先行する。一言で言えば、エネルギッシュである。
一度目こそは失敗したものの、次こそは成功するはずだ。近くの窓に反射した自分の顔を見つめる。口内に仕込んだ機会が反応し、ニカっと爽やかな笑顔を浮かべた。この爽やか笑顔できっと印象最高に違いない、そう確信していた俺は、迷わず目の前の女性に近づく。
「あのー、もし良かったらお昼、一緒にどうですか?」
突然見ず知らずに話しかけられたのだから、最初は拒絶されてしまうかもしれないという一抹の不安がよぎっていたが、彼女のフットワークは非常に軽く、二言目には「いーよ」という返事がもらえた。きっとこれは「透吹スペシャル」、「宗明の告げ口」のおかげだろう。やはり俺は天才だ、自画自賛しておこう。
「あたし、天賀谷 馨(あまがや かおる)。今日ほんとは授業サボろうと思ってたんだけど、出席ギリギリだったからしゃーなしで来たんだよねー」
――ちょうど、友達休んでてヒマだったしよかったー。
そう言って彼女は破顔一笑する。話を進める内に、彼女はお寺を巡るのが好きだということが分かった。顔に似合わず渋い趣味をしているなーと思った俺だったが、思っていることをそのまま口にするほど愚かな男ではない。と言うか、口は今俺の意思と関係なく饒舌に働いている。そう考えているうちに、俺の口はすかさず彼女に言った。
「もし良かったら、今週の日曜日、一緒に京都とか行きません? 俺もお寺とか好きなんで」
全くお寺なんか好きではない。興味を持ったことすらない。きっとこの「宗明の告げ口」は言われたことを繰り返して次の話題に繋げるという会話スキルを使っただけなのだろう。お寺の詳しい話になったら一体どうするつもりなんだ……
そんな心配をしていた俺だったが、こんな心配が杞憂であることを知るのまだ先のことである。
「ありがと、これ、あたしのID。またにちようびー」
あっさりと言葉巧みにケータイの会話アプリのIDまで手に入れてしまった「宗明の告げ口」、会話スキルと顔面偏差値が高いだけでこうも簡単に円滑なコミュニケーションが取れるのだなあと感心していた。
日曜日になった。
俺は集合場所となっている京都駅の中央改札前に定刻前にきちんと着いていた。正直こんなデートみたいなことをする必要はないのだけれど、まあ行ってみようかという興味本位程度の感覚での参加である。俺は、天賀谷を見つけるとすかさず手を振り、自分の位置をアピールした。天賀谷は前会った時よりも華やかな格好で、周りを魅了しているように思えた。
「よし、行こうか。何かコンビニで買っていく?」
こういうことが自然に言えるのが、この「宗明の告げ口」の良いところだ。自分では絶対こんなこと言わない。さっさと行って、さっさと帰りたいのだから。
しかし、この俺の願いは期せずして成就する。
天賀谷は手を振る俺の方に近づくなり言った。
「は? ありえないんですけど。前は大学だからラフな格好なのかと思ってたけど、今日もそんな感じなんだ」
――そんなよれよれの服見たら、一気に冷めちゃった。バイバイ。
また、あの人を蔑む目である。今度は格好がマズかったらしい。
――実験失敗だ。
今回の反省。イケメンならどんな服装でも許されると思っていました――慢心ってやつでした。小奇麗な服装で臨むべきだった、少なくとも何回も着古した服で臨むのはマズかった……以上。
そして次なる作戦を考える俺、こうやってPDCAサイクルをこなすことでまた俺は一歩前進するのだ。
まあ、今回は前の二つほど大変な労力の必要な作業ではなかった。なぜなら流行りのファッションを調査し、その流行りに則った衣服を身に付けるだけで改善されるのだから。
ついでに美容院にも行っておいた。この後は髪形が気に食わないなどと言われては困るからである。もうこれ以上同じような轍を踏みたくはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます