研究レポートその1:「透吹スペシャル」
「良薬は口に苦し」と言うが、最近の薬は錠剤が多く、その味を認識することが難しい場合が多い。今回俺が製作した薬品「透吹スペシャル(ネーミングがダサい)」も苦いかどうか確かめる前に喉奥へと流し込んでしまえる薬である。
効果は絶大、一瞬にして俺の顔は俺ではなくなり目鼻立ちが整ったいわゆるイケメンの顔へと変貌する。これで世の中の天才たちが不当な評価を受けなくて済む。そう思うだけで俺の心は高鳴った。
「さあ、実験を始めよう!」
声高らかに、気炎万丈に俺は自室のドアを開け放ち、外の世界にくり出した。外で出会った女性に声を掛けて、その反応を見てやろうと思った俺はいつものように大学へと足を運んだ。
「楽しみだ。欣喜雀躍、これで一般大衆からあの目で見られなくて済むのだ……」
心でそう思いながら、まずは手近な女性に声を掛けようとした。
「そうだな……イケメンに釣り合うような美女がいいなあ」
そう思った矢先、A―105号室の前を通りがかった人物がいた。このA教室は一般教養を中心に扱った講義が多い教室が多い。きっとまだ入学したばかりの一年生だろう。艶やかな黒髪、小奇麗にまとまった中に、少し鮮やかなワンポイントをあしらったアクセサリーが目に飛び込む。一目見ただけで高嶺の花、普段の俺ならきっと話すことすら叶わない人種であるということが分かった。
しかし、今は違う。もう一度近くのガラスに反射している自分の顔を見つめる。もう俺は今までの自分じゃない。第一印象で怪訝そうな顔をされることはない。もうあんな嫌な思いをせずに済むのである。
俺は深呼吸する。そう、これは実験なのだ。あくまで実験。何も心配することはない、俺はただの天才、顔を変えれる薬を開発したんだぞ。そんなこと常人の成せる技じゃない、そうだこんなこと俺にしかできない。
そうやって半ば自分に言い聞かせるようにして一歩を踏み出そうとした。
その矢先である。
「あ、あの……え、A―110号室は……ど、どこにあるかわかりますか?」
肩を後ろから叩かれて、振り向いた先には陰気な女性がいた。少しおどおどとしながら俺と目を合わせようとしない。いかにも友達がいなさそうな感じと言うか、端的に言うと挙動不審。身なりも先ほどの女生徒は違い、全体的に暗い雰囲気で、なるべく目立たないようにという思いが伝わってくる。メガネを掛けていたが、その先に見える瞳は何かに怯えているような瞳で光が失われた印象を受けた。
なにより、話す時くらいしっかりと目を合わせろよと思った。俺はせっかく今から声を掛けようとしていた女性の方を見ながら適当な方向に向けて指を差した。
「あ、あ、ありがとう……ざいま……」
消え入りそうな声でお礼を言われたかと思うと、あっという間にその女性は姿を消していた。
まったく、あんな顔されるとこっちまで気が滅入ってしまいそうだ……そう思いながらもう一度先ほどの容姿端麗な女性の方に向かった。
さあ、仕切り直しだ。俺はもう一度気合を入れ直し、あの沈魚落雁の美女に一声かけた。
一声、かけた?
一声……どうやってかけるんだっけ?
一声、かけようとしていた。
心の声を届けようとしていた。
あれ? 声が出ていない?
「……何なんですか? 用があるなら、突っ立ってないで何か話してください」
結果がこうだ。声を掛けるって、何を言えば良いんだっけ? ってか何を言うつもりだったんだ俺は。大学三年間、研究ばかりしていて、どんな話をすれば良いのかと言うことが分からないでいた。
おいおいおい、こんなはずじゃなかった。目の前の女性の表情が曇ってゆくのが分かった。これじゃあ、いつもと同じじゃないか。こんなのじゃダメだ、勇気を振り絞れ俺、必死に考えろ、俺ならできる、何でもできる俺だぞ。
俺なら何でもできる!
「お、俺なら……な、何でもでき……」
「え? なんて?」
ちょっと急いでるんで、そう言って声を掛けた女性はそのまま俺を横切るようにして早足に駆けて行ってしまった。
――実験失敗だ。
今回の反省。話す内容を考えていなかった、そもそも話し方を忘れていた。頭の中ではこんなにも簡単に言葉が出るのに、いざ人を前にすると声が出なかった。しかも声が出たとしてもとぎれとぎれで言葉がはっきりと出てこない。
当然ながら、話すことを考えてから話すべきだった。舞い上がっていた俺はなんとかなるとばかり思っていたが、それは非常に甘い考えであった。
悔しい……何より悔しいのはまたあの目をされたことだ。あの憐みの籠った切ない瞳。そんな目で俺を見るなと主張したくなる。辛い、苦しい。
次に俺は考えた。どうすれば、良いのか。失敗から学ぶことだってあるだろう。だから俺は研究する。しかし、このような事象は些事に過ぎない。
昨今は便利な世の中になったもので、会話のコツから、話が弾むネタ、そして話す時に気を付けるべき鉄則、ありとあらゆる金科玉条がネットと言う広大な海に散らばっている。会話する時は聞き手に回る、話のネタはまずは何気ないことから、ありとあらゆる情報を統合し、弁別し、系統化した。
そうする中で、俺はそれらの情報ほぼ全て搭載した機械を製造することに成功した。
なぜなら俺は有能だからだ。
簡単にそんな機械作ってしまうことができるのだ。
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