第256話 隕石

 白虎化し圧倒的な体躯とスピードから生み出されたみゃーこの疾風・爪撃を、『守りの強化』を使って2つの柔の剣で相手の力を根こそぎ奪っていく『双柔剣』で消し去った矢先、目の前に忽然と現れたのは新たな脅威だった。


「――全属性・隕石オール・メテオ


 先ほどの全属性・槍オール・ランスは火、水、風、雷、土と基本属性の5種類のみだった。しかし、今回はその5種類だけに留まらず、光、闇の特殊属性2種類を加えて、全ての属性である7種類を用いている。


 仮に7属性全てを扱える才能があったとしても、それを同時に扱えるだけの技量や情報処理など、才以外のその他の面でも多大なる努力が求められているに違いない。


 何故なら、魔法は属性毎に込める魔力の量、コントロールの仕方、構築や創造の方法など、根本からまるで異なるからだ。そのため、複数の属性を同時に扱うそれを例えるなら、ジャンルも違えば、使う脳の場所も違う、全く別のことを属性の種類と同じ数、同時に行なっている様なものだ。

 そんなことをすれば普通なら、脳が焼き切れるか、それ以前に投げ出すかのどちらかの方がまだ健全とまで言えるだろう。


「――――」


 挙げ句、魔法の種類が先ほどから牽制として使っていた下級であるボールアローランスではなく、その上の攻防どちらもこなせるがその分魔法としてのコントロールが難しい中級のウォールブレス付与エンチャントでもない。


 下級でも中級でもないその隕石メテオは何かと言うと、癒しキュアアーマー、と共にその上の上級にランク分けされており、上級魔法は才ある冒険者が生涯を掛けて魔法を研鑽けんさんし、晩年になってようやく出せるようになるぐらいの難易度のあるランク。


 いくら光の大精霊であるウィルの補助があったとは言え、隕石はそう易々と形に出来る魔法ではないはずだ。それも7属性全て揃っているのだから尚のこと。


「――――」


 しかし、鬼に金棒、ただでさえ魔法の適性の高いさくらに光の大精霊であるウィルが加わったペアに、驚いてはいられない。


 ただの石だとしても、車が簡単にぺしゃんこにつぶせるほどの大きさの隕石が7つ――火、水、雷、風、土、光、闇とそれぞれの属性を宿して、みゃーこと僕に7つずつ、さくらの発射の合図を今か今かと待ちわびていた。


「――――」


 どの属性だとしてもまともに隕石に当たってしまえば、最終的にはこの身は欠片も残らないで消し飛ばされてしまうだろう。


「これはさすがにやばい……」


 ウィルがいなかった今までは、ほんのお遊び。そう思わざるを得なかった。


「真冬くん、君の全力を見せてよ」


 さくらの補助として魔法の構築が終わり、後はさくらのタイミングで発射するだけとなった今、ウィルは挑発的な笑みを浮かべて僕にそう言った。ウィルにはどうやらお見通しだったようだ。僕が、……いや僕たちがまだ本気を出していないことに。


 また、反対に僕たちも気が付いていた。まださくらとウィルのペアが本気を出していないことに。


「それじゃあ二人とも、行くよ!!」


 より一層魔力のうねりが感じられると、さくらは隕石を発射してきた。


「――――」


 速度だけを玉や槍と比べれば、それほど早いものではない。


 しかし、威力と攻撃範囲を比べれば玉や槍などでは到底足下にも及ばなく、隕石の巨大が故の遅さを補って余りあるほどその2つは絶大なため、発射されたが最期、命が粉々にされるか、あるいは反対にあの隕石を粉々にするのか、その二つに一つのようだ。


「迎え撃つ!」


 さすがに、これほどまでの大魔法となると僕たちもそれなりに力を出さなければならない。


「一閃!!」


 おそらくは歯が立たないだろうな、と薄々思いながらも、まだ距離があるのでひとまずはどれだけ隕石が強力なのか小手調べをするために、何の強化も施していないただの一閃を放った

 もっとも、小手調べと言っても魔力、気力、膂力と3力が込められているため馬鹿に出来ないぐらいの力は乗っており、更には一閃を初めて出した森でのあの時よりも成長しているはずのため、森の一帯を消失させたその時以上の威力はあるに決まっている。


「――――」


 だが、一閃の威力はそれなりにあったものの、隕石の余りにも莫大なエネルギーの一部が漏れ出ることによって周囲に形成されている魔力の層に阻まれたため、本体に掠り傷一つ付くどころか微動だにせず、何事もなかったかのようにゆっくりとこちらへと向かってくる。


 要するに、無強化の一閃程度では、隕石の漏れ出ている程度の魔力で事足りたため、表面の薄皮にも辿り着かなかったということだ。


「今度は――『双剛剣』」


 みゃーこの疾風・爪撃を凌いだ『双柔剣』、それと対になる双剛剣。それは相手の力を奪っていく『守りの強化』ではなく、自分自身の動きで剣に力を溜め込んでいく『攻めの強化』――剛の技だ。


「そこから――『双一閃!!』」


 前に見たリリスさんの剣舞。それは戦闘であるのにも関わらずまるで城で行なわれている舞踏のように、時には繊細かつ優雅で、しかし時には荒々しく激情的だった。


 リリスさんのそれには到底及ばないものの、模倣するように僕も2つの剣と全身を巧みに操り、剣に累次的に力を乗せる。そして、充分に力が溜まったところで、その2つを掛け合わせて一閃――双一閃を隕石に向かって放つ。


「――――」


 再度、双一閃は周囲の魔力層に阻まれた。


「全然効かない……!!」


 今度は小手調べの一閃とは違って、ほんの僅かな時間とは言え双剛剣で強化を施し、相応に力の乗った一撃のはずだった。しかし、またもや隕石の薄皮にさえ到達することが出来ず、歯牙にも掛けない隕石はまるで鼻で笑っているかのようだった。


「いくら何でも強すぎる」


 ウィルが魔法の補助していたことを加味して、隕石を完全に真っ二つに断ち切れるとまでは思っていなかったが、いくら何でも多少は影響を与えられるだろうとは思っていたため、余りの手応えの無さに応える。


 だが、そうしている間にも、7つの隕石は刻一刻と近付いてくる。


黒剣あれを出すしか無いのか……」


 僕のためを思って、持てる力の全てを注いで黒剣を打ってくれたカイトには当然、心から感謝してはいるが、出来ることなら実力が伴うまでは極力使うのを避けたい、と思っている自分がいる。


 何故なら、カイトから手渡された時に感じた黒剣の深淵のような底知れぬ不気味さが、今でも忘れられないほど脳裏にべっとりとこびり付いては離れないからだ。


「もし…………」


 もし、己の未熟さによってあの剣の力量を把握出来なかったがために加減が分からず、結果さくらたちに何か大事なことがあったら……と考えるとやはり、易々と使うのはとてもではないが躊躇われた。


 しかし、双剛剣でも双柔剣でも時間的に最終段階まで強化の出来ない今からでは、あれを使わなければ隕石の対処はもう一つの奥の手を除いては、ほぼ不可能に近いだろう。


「――みゃーも本当の本気を出すにゃ!!!」


 僕が黒剣を使うか否や思い悩んでいるのを尻目に、遠くにいるみゃーこはこちらに聞こえるぐらい大きな声で叫んだ。


「雷虎化!」


 先ほどまでのみゃーこは全身に風を纏っていた。しかし、さすがにそれでは対処出来ないと悟ったのか、僕と同じくさくらの隕石を7つ目の前にしている今度は、全身に神秘的な青白い雷を幾重にも走らせる。


「雷爪撃」


 そして、雷を纏った身体で腕を存分に振るって爪撃を繰り出すと、その爪撃も同じく青白い雷を宿しており、その威力は白虎の時はもちろん、風虎の時と比べても一線を画していることが一目見ただけでも分かった。


 どちらかというと風虎は移動特化、雷虎は攻撃特化のようだ。


「――――」


 間もなく、みゃーこに向かっていた奇しくも同じ雷属性を宿した隕石1つに雷爪撃が激突する。


「――――ッ!!」


 雷の隕石と、雷の爪撃。


 同じ雷の属性を持った力と力のぶつかり合いで、辺りにはそのままでは立っていられないほどの激しい風が巻き起こる。その大風を何とかやり過ごすと、みゃーこの方に向かっていた隕石が一つ減っているのが目に見えた。


「まだまだ行くにゃ!」


 そう言ってみゃーこは立て続けに雷爪撃を繰り出し始めた。属性の相性はあれど、雷以外のあと6個残った隕石が全て搔き消されるのも、もはや時間の問題だろう。


「――――」


 僕は先が読めたその光景からゆっくりと目を離す。


「さすがみゃーこだ」


 相手の本気の攻撃を、自分の本気で見事上回っていく。


 切磋琢磨を絵に描いたようなその様子から視線を外し終えた僕の顔には、自然と笑みが溢れていた。そして、コートの収納へと迷うことなく手を伸ばす。


「僕も負けてられない」


 守るべき存在であり、同時に守りたい存在でもあるさくらとみゃーことは傷付け合いたくない。そう思っていたのに、いつしか二人には負けたくない、になり――そして今は、


「絶対に勝つ」


 僕はカイトから貰った――黒剣を手にした。

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