第255話 反射

「全く、さくらちゃんはしょうがないなー」


 この切迫した危機的な状況に不相応な間延びした暢気な声と共に現れたのは、握り拳ほどのちっぽけな光の玉だった。


 しかし、その電球ぐらいの明るさと大きさしかない見た目の矮小さとは裏腹に、光の玉の真なる存在を知っている者からすれば、敵は甚大に焦り、味方は絶大なる安心感を覚えるに違いない。


 ――何故なら、


「ウィル遅いよ!」


 ウィルと呼ばれた光の玉、それはこの世界に1柱しかいない光の大精霊――ウィル・オスプに違いないからだ。


「ごめんごめん……それじゃあ早速――」


 光の玉は、電球ほどの光度から思わず目を背けてしまう程までに一層と光り輝くと、瞬く間に幼気な少女の姿となった。そして、握れば潰れてしまうぐらい小さな手を自身の身体の何倍もの大きさがある僕たちの攻撃へとかざすと、可愛げな見た目からは想像も付かない魔法を瞬時に唱える。


「精霊魔法・反射リフレクション


 ――双連撃による二重の連鎖強化を経て、多大な力を孕んでいる僕の双一閃。


 ――片や、風のような疾走感をそのまま力に乗せているみゃーこの疾風・爪撃。


 ただでさえ強力な技を更に強化したことに加え、だめ押しと言わんばかりにその2つを同時に対処せねばならなかったさくらに大きな焦りをもたらしたが、ウィルの登場によりその焦りは煙のようにすっと消えた。


 そして、同時に僕たちがもたらした危機も消え、それどころか文字通り反射するように僕たちにそのままそっくり返ってくる。


「――――ッ!?」


 僕たちの2つの強力な技は、それらを合わせたよりも断然強力なウィルの魔法――反射によって出現した半透明な光の壁によって行く宛てを強制的に変えられ、僕たちの攻撃を僕たち自身に向けて鏡のように跳ね返した。


「――――」


 反射したタイミングはほぼ同時だったが、幸運にも僕のとみゃーこのと角度が違っていたため、途中で衝突して互いに混ざり合ったりすることなく、それぞれが繰り出した技は、交換して別々の方へと跳ね返されることとなった。


 すなわち、僕の方にはみゃーこの疾風・双撃が、反対にみゃーこの方には僕の双連撃が、威力と速度をそのままにして向かっているのだ。


「――――」


 耳をつんざきそうな轟音を立てながら刻々と迫ってくるのは、空気だけでなく空間さえも切り取ってしまいそうな威力のある疾風・爪撃。


 対処が容易ではないことは自明だ。


「でも、これぐらいどうにか出来ないと……」


 リリスさんやマルスさんなら軽く剣術を用いるか、あるいは少しだけ力を入れさえすれば、ただ剣を振るだけで対処が出来るだろう。もしくは避けるのだって他愛もない。


 しかし、僕からすれば避けるのもこの距離と速度からして不可能。

 かと言って、この強力な攻撃を何の工夫も強化もしていない、ただの剣撃だけで迎え撃つには、残念ながら力不足だ。


 しかし、手立てはすでに考えてあった。


双柔剣そうじゅうけん


 繰り返しになるが、双連撃というのは2つある内の片方の剣で相手の力を奪いながら、もう片方の剣で自分の動きを更に洗練していく技。

 言うなれば、後者は受け身つまり『守りの強化』で、前者は積極的な『攻めの強化』ということになる。


 そのため、双連撃は攻めながら守れる双剣の真骨頂を引き出す技なのだが、今回の『双柔剣』は片方の攻めを捨て、守りの強化を二つの剣で同時に連続して行ない、力を奪ったり削いだりすることに特化した新しい技だ。


「――――」


 目の前にあったみゃーこの攻撃は、僕の双柔剣によって繰り出される、力を奪うことに特化した二つの剣によってありとあらゆる角度から、力をこそがれ、削られ、えぐられ、そして奪われていく。


 こうして、疾風・爪撃は穴が空いた風船のようにその内に秘めていた力を見る見るうちに失い、


「これで何とか――」


 結果、みゃーこの疾風・爪撃は完全に力をなくし、跡形もなく空に霧散した。


 ――ひとまず一件落着。


 そう思ったが、また新たな脅威が静かに芽吹いていた。


「――――ッ!!」





 真冬が反射してきた爪撃と相対している時と同じくして、みゃーこの目前には自分のご主人が出した双一閃が迫っていた。


「これは強すぎるにゃ……」


 森での修行は確かに辛かった。


 寝る暇も無ければ、食べる暇も無い、何時いかなる時でも死ぬ気の戦いに備えなければ、実際に命を落としてしまう。極限の緊張の糸を、四六時中常に張った状態でい続けなければならなかった。


 そんな緊張と同レベル、あるいはそれ以上に今感じていた。


「――――」


 まともに当たったら、半死は免れない。


 それは身体が巨大化し、鉄のように強靱になる白虎化をしている今でも言える事だった。


「でも、当たらなければ意味無いにゃ」


 修行中、森の中では知恵のある魔物達が、木を使い、闇を使い、草を使い、どんな手を使ってでも生き残るために攻撃を回避する。

 その能力は、一朝一夕では到底真似出来るものではなく、長年その種族がその場所で培い、必死で脈々と伝えてきた巨大な経験の賜だからだ。


 それを見て一番感じたことは、例え、自分に向けられた攻撃が歯が一つも残らないぐらいに強力でも、当たらなければ無意味。


 だから、それに特化した技――


「――風虎ふうこ化」


 先ほど出した疾風は、魔力を用いて、一時的に風のように早く移動する技。


 これに対して似て非なる風虎化は、身体全身に風を纏った虎に化ける技であり、疾風と風虎化の違いとしては、前者は身体の外側を魔力で出した風で強化するのに対し、後者の風虎化は身体の内側から風を巻き起こすのと、性質が大きく違っている。


 そのため、風虎化はただ早く移動出来るだけに留まらず、ステータスは軒並み上昇し、白虎化とはワンランク上の別格の力を出すことも出来るようになる。

 なかでも、移動能力に関してはずば抜けて飛躍し、それこそただ足を踏み出すだけで風のような移動が可能になるのだ。


「――――!!」


 そして、みゃーは距離が余りにも近く、反射されることが予想出来なかったため躱すことが不可能だと思われていたご主人の技、双一閃を間一髪で躱すことに成功し、念のため安全を取って二人から充分な距離を取った。


「――――ッ!!」


 しかし、二人から距離を取り、ひとまず安全になったと思っていたのはどうやらまやかしだったようで、更なる脅威が間近に迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る