第254話 精度

「――――ッ!」


 気が付いた時にはすでに目の前に凶暴な顔をした白い虎――みゃーこが、僕の顔付近目掛けて丸太のような腕を振りかぶっていた。


 例え顔だけをピンポイントで狙っていたとしても、胸から上をごっそりと奪い去ってしまいそうなその腕の先には、遠目から見た時以上の威圧感がある爪が5本妖しげに光っており、このまま何も手を打たないでいればその爪であっさりと挽かれ、僕の身体はたちまち原形を留めていないミンチになってしまいそうだ。


「――――」


 そんな本当に殺す気を持っていないととても出来ないような容赦の無い攻撃だが、気配も予兆も無く瞬きの間にみゃーこは接近していたため、僕は咄嗟に持っていた剣でその場凌ぎの防御をするしか他なかった。


「――ッ!!重いッ!!」


 油断していたとは言え接近に気がつけないほどの爆発的な速度と、僕の数倍は下らない巨大な体躯。そこから繰り出される引っ掻きは先ほどの爪撃とは比べものにならないぐらいに重く、何とかして押し返そうと踏ん張りながら剣に力を込めても、押しも押されもしない現状維持で手一杯だった。そこに――


「こっちも警戒してよね!」


 唐突に始まった僕とみゃーこの直接の接近戦に、口を尖らせているのが目に浮かぶ拗ねたような声を出しながらさくらは、その子どものような言動とは裏腹に、壮絶な魔法を打ち込んでくる。


全属性・槍オール・ランス!」


 着弾と同時に燃える火、凍える水、斬れる風、痺れる雷、固まる土と、全属性の槍を一気にまとめて飛ばす。


「――――」


 魔法使いは、特殊な光と闇を除いた基本となる5種類の属性、火、水、風、雷、土から1種類の属性しか素質の問題のため生涯使うことが出来ず、2つ使えれば秀才、3つ使えれば天才とまで言われ、当然はやされる。


 もしあろう事か4つも使えるとなれば、人の才を越えた――鬼才と呼ばれ、その者たちはすでに冒険者ランクに名を連ねているか、近い将来名を連ねることが約束されているに等しい。それほど4種類を扱える魔法使いは、矢鱈滅多やたらめったにいないということだ。


 しかし、さくらはその4種類を扱う鬼才を越え、基本の5種類全てを、しかも同時に発動して見せた。


「――――」


 さくらの異常な魔法の能力に驚いた僕とみゃーこは、剣と爪による鍔迫り合いのような形を止め、一端距離を取ろうとする。


「「――――ッ!!」」


 しかし、時すでに遅く、10級のボール、9級のアロー、8級のランスと下級魔術の中で一番扱いづらいため級が高く、それ故、速度と威力も高い槍を避けることはこの距離ではもう不可能に近いと瞬時に判断したため、一応敵ではあるので互いに協力は無しとして肩を並べながらさくらの魔法を捌く。


「まだまだ行くよ――ランスボールアロー!」


 そのさくらの言葉通り、瞬時に魔法を構築し組み立てるさくらの周囲には槍、玉、矢と様々な属性の魔法が次々と生み出され、雨のように絶え間なく僕たちに向かってくる。


「「――――」」


 あのアルフさんに育てられたさくらの魔法技術はさすがとしか言いようがなく、先述の通り魔法を全種類扱うことには驚かされ、また威力や速度ももちろん驚愕に値するのなのだが、それらの中でも何よりも正確性が常軌を逸していた。


 一つ一つの魔法をコントロールするのに、複雑なラジコンを操作するような難しさがあるはずなのだが、その一発一発が僕が剣を振り終えた直後の僅かな隙を狙っていたり、みゃーこが巨大な体躯なりに器用に立ち回っているのだがどうしても出てしまう僅かな硬直の間を、同時かつ的確に狙っているのだ。


 その正確性はまるで未来でも見ているかのよう。


「――――」


 そして、さくらの通常では考えられない魔力量と、それを更に助長する魔力効率から、この計算され尽した魔法の雨の幕切れが一向に見えなかったその結果、示しを合わせた訳ではないがじり貧とならないため必然的に、つい先ほどまでぶつけ合っていた僕とみゃーこの矛先は魔法の術士であるさくらへと移る。


「……二対一はズルいって!!」


 危険が少ないなるべく遠くから魔法で攻撃するのが本来の魔法使い、つまり後衛の基本的な戦い方となる。しかし、反対に剣士やそれに近い、近距離で戦う前衛はいち早くその後衛を叩くのが、基礎となる。


 そのため、後衛のセオリー通り、離れた距離から魔法でちょっかいを出していたさくらと、そのさくらを何とかするのセオリーである前衛の僕とみゃーこ。


 互いに基本を抑えた結果、急に僕とみゃーこに集中的にフォーカスを当てられたため、表向きの言葉ではさくらは焦ってはいた。だがその実、今のところ一番特筆している魔法の精度は相も変わらず一ミリ以下の誤差もなく、それどころかさくらに近付くにつれて更に、その精度から裏打ちされた魔法の厄介さが際立っていた。


「「――――ッ!!」」


 そして、その厄介さにやられ、僕たちは剣士が得意とする近距離の間合いに入る事が叶わず、数十メートルほどの中距離で立ち止まり、さくらが撃ってくる多種多様の魔法の対処に追われることとなった。


「「――――」」


 魔法の対処は実に厄介だ。


 それも相手が実力者であればあるほど尚のことで、対処の難易度はうなぎ登りに上がっていく。理由としては、単純に術者が持つ魔力量や魔法の種類、純粋な威力などの総合的な魔法の練度が上がるためでもあるが、一番の理由はおそらくさくらがアルフさんに一番鍛えられ得意としている所でもある、魔法の精度だろう。


 その魔法の精度が高いということは、煎じ詰めれば、魔法を自由自在に操れるということで、例えば射出速度を遅めたり早めたり、目標に到達するまでの道中曲げたり曲げなかったり、途中で敢えて爆発させて視界を奪ったりと、使い方次第ではほぼ何でも有りな芸当が可能になる。


 現状こうしてさくら1人僕とみゃーこ2人にも関わらず、さくらの魔法の精度が高いが故に、人数が有利になっている僕たち側が攻めあぐね、まるで一線を引かれたかのように一歩も前に進めずに立ち往生を余儀なくされていることから、魔法の精度が高いのはそれだけで1つの大きな武器となり得る。


 そのため、僕の師匠でもあるマルスさんとリリスさんがいくら剣士として名を馳せており、遠距離にも対応できる強力な剣撃を持っていたとしても、アルフさん相手に間合いを取った状態から戦いをスタートすれば、手も足も出ないのも納得がいく。


「でも……」


 それでも、魔法が厄介ということには納得しても、このまま負けるのには納得がいかなかった。


 今も諸手を挙げてさくらたちとの戦いを歓迎するわけではない。でも、時間を惜しまないリリスさんとマルスさんに修行を手伝って貰い、労力を惜しまないその二人のおかげでここまで強くなれたのだから、このまま「遠距離相手に手をこまねいて、何も出来ずに負けました」では、とてもではないが顔向けが出来ない、そう思った。


「…………」


 また、ただで負けるわけにはいかない、そう思っているのは隣で僕と同じく魔法に苦戦しているみゃーこも同じようで、今にもこの魔法の雨への打開に移ろうとしていた。


 そして、奇しくも同時に、


「双剣」「疾風」


 僕はもう一つ剣を取り出し、手に元々持っていた物と合わせることで今までの倍以上の手数で魔法に対処し、リリスさんとの修行で習得したステータスに頼りすぎない移動方法を使ってさくらとの距離を一気に縮める。

 その道中では、力を連鎖的に強化していく双連撃を用い、左右の剣の動きで相補的に強化するのと同時にさくらの魔法の力を奪いながら、剣に力を溜め込んでいく。


 そして、みゃーこは今居た場所から姿を忽然と消し、遮る物をするすると躱していく風のように魔法の編み目を縫ってさくらの元へと向かう。

 その速度は時間が経つにつれて目に見えてグングンと上がり、技を出した数秒前とは比べものにならないぐらいへと加速していく。また、みゃーこ自身の速度が上がるということは、みゃーこが持つ力も同様に上がるということで、次に繰り出す技は僕と同様、今までとはひと味違う非常に強化されたものとなるだろう。


「双一閃」「疾風・爪撃」


「それはちょっとヤバい……!!」


 移動と共に次に繰り出す攻撃を強化していた僕とみゃーこ。やっと魔法の網をくぐり抜け、今にもさくらにその強化された攻撃が届こうとしているその時、


「全く、さくらちゃんはしょうがないなー」


 徐々に近付いてくるさくらの焦る顔と全く対照的な、間の抜けた暢気な声に伴って淡い光が、さくらと僕たちとの間に割り込んできた。

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