第253話 開始

 マルスさん、リリスさんが離れた後、確認のため僕たちの顔を順番に一瞥してから、正三角形の中心に立つアルフさんは言う。


「それじゃあ準備が整ったみたいだから始めるよ。さっきも言った通り、本来の実力を見たいから相手を殺す気で戦ってね」


 アルフさんは僕に向けてにっこりと含みを持たせるように笑うと、魔力を練り呪文を唱える。


「――――」


 やはりアルフさんには僕が戦いたくないと思っていることはお見通しだったらしい。


半球・防御ドーム・シールド


 アルフさんとは直接的に一言も会話を交わしていなく、表情が分かるはずがないほど遠目からしか僕の姿を見ていないにも関わらず、僕の心境を見事言い当てたことに驚きを禁じ得ないが、それ以上に今展開され始めた魔法の桁外れさに我を忘れるほど感嘆を覚え、思わず口をぽかんと開けながら意識が持って行かれる。


「――――」


 マルスさんとの戦いの時に出した、相手の防御に充てられた力を奪いながら自分の動きを利用して連鎖的に強化させていく連鎖撃で生み出した、僕の全力を遥かに凌駕する魔力がアルフさんの周囲に目に見える形となって渦巻き、そこから風船が膨らむようにして水色の薄いベールが広がる。


「――――」


 そして、僕たちを瞬く間に通り抜け、巨大なドームを形成した。


 直径数百メートルは広がっているそのドームは、魔力や気力など外部に何かしらの影響を与える力を全て通さないようで、均一かつ余りにも濃密な魔力からどこを攻撃しようともびくともしないことは明白だった。


「さあ、これで思う存分力を振るって構わない。では――」


 アルフさんは何時にも増して高らかな声を張り上げながら、マネキンよりも真っ白でスラッとした右腕を空高く挙げる。


「――開始」


 その合図と同時にマルスさんの右手からは花火が打ち上がり、ドームの天井付近で爆発。運動会などで使われるスターターピストルのような大きな破裂音を響かせた。


「それじゃあ、私から行くよ――火魔法・火の玉ファイヤー・ボール


 さくらはその言葉と共に、魔力を練り、魔法を創造、そして創造した魔法に練った魔力を注入と、その流れを一瞬で行ない、自分の周囲に火の玉を十個ほど出現させた。


「――――」


 玉の数こそ少ないが、決して侮ることなかれ。


 それらの火の玉は、大の大人が両手を目一杯広げてやっと持つことが出来るバランスボール程の大きさがあり、一瞬で魔法を構築したことと相俟ってもちろん驚異的なのだが、何よりも熱量が突出していた。


「――――」


 僕とさくらの距離は、100メートル位。


 熱が全方向に広がる球体であることを抜き、仮に僕に向けて全ての熱が向かってくるように指向性を持たせていたとしても、通常考えられる程度の熱量では、100メートル先に熱が届くにはどだい無理なはずだ。


 だが、地面に生えていた草が炭化していることから、火の玉の熱は全方向に広がっており、僕だけに向けて全ての熱を飛ばしているわけではないのに、実際には大火を目の前にしているかのように呼吸が苦しくなるほどの高温が襲い掛かってきていた。


 ――前の時とは、レベルが違う。


 異変が起こり始めたダンジョンに足を踏み入れた時に見せた火の玉、あれと今のを比べるなら、マッチ棒と火炎放射器ぐらいの容赦ない差があると今の一瞬にして悟った。


 そんな見違えるまで強くなっているさくらと同様、成長しているのはみゃーこも同じで、


「そうはさせにゃいにゃ――白虎化!」


 さくらが瞬きの間に作った、ただそこに存在しているだけで周囲を焼け焦がす火の玉。


 それを見たみゃーこは間を置かずすぐさま白虎化を使い、身体を数十倍まで巨大化させる。そして、続けざまに巨大化させた丸太のように太々とした腕を振り、これまた巨大な鉈のような爪で斬撃を三本、さくらが自分の周りに取り囲むようにして展開している火の玉に向かって繰り出す。


爪撃そうげき


 みゃーこが出した平行に並んだ三本の斬撃は、その巨大な攻撃範囲からランダムに配置されていた火の玉全てを飲み込むように命中し、火の玉を次々と両断。切られたことによって火の玉は、維持出来なくなったエネルギーをその場で爆発させる。


「――――!」


 火の玉は不発で終わりながらも、肌が焼けそうなぐらいの熱風がここまで飛んでくるほど熱量を持っていた。そんな凝縮したエネルギーの塊を多数切った代償に力を失い、いくらなんでも爪撃は消えて無くなるだろうと思いきや、それでも尚、速度も威力も少しも劣ることはなく、火の玉など最初から無かったかのようにそのままさくらがいる場所に向けて一直線に進む。


「――――」


 そして、火の玉が爆発した際に出来た大量の煙の中、さくらがいるであろう場所を素通りし、アルフさんの防御壁に当たって霧散する。


 肝心のさくらの状態だが、その場所は火の玉が爆発して以降、墨汁のような真っ黒の煙に終始包まれていたため、爪撃が直撃したのかどうかさえ分からなかった。


「――――!!」


 だが、心配さえ単なる杞憂だったようで、さくらの安否を不明にしている真っ黒な煙は、中心から吹き上げた風によって一気に消え、すっかりと煙が晴れた先にはさくらが戦う前と何一つ変わらない状態で立っていた。


「みゃーこやるようになったね」


 みゃーこの成長を我が毎のように喜ぶさくらの笑顔は晴れ晴れとしていて、またこの戦いを純粋に楽しんでいるようにも見える。


「そっちこそだにゃ」


 何十倍にもなった体躯にも関わらず何故か声は高いままで変わらないみゃーこも、さくらと同様、戦いを楽しんでいるように見え、牙が剥き出しで凶悪そうな虎の口元は心なしか笑っている様に思えた。


「――――」


 今の一連の流れで分かった――2人は僕が想像していたよりもずっと強くなっている。


 一番先制で出されたさくらの火の玉は、前回に見た時よりも魔力の密度が濃く限界まで圧縮されているため、温度は比べようもないほど高く、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。

 むしろ生半可な人間が近づこうものなら、たちまち炭と化すしてしまうだろう。


 それを見事破ったみゃーこの爪撃も、一本の前足を助走もせずにただ振り下ろして出した単純な膂力からの斬撃にも関わらず、さくらの火の玉を呆気なく破り、挙げ句勢いをそのままに遥か遠くの防御壁まで空気を切り裂いていった。

 こちらも火の玉と同じく誰かに当たることは無かったが、そこらへんの冒険者なら控えめに見積もっても数十人は犠牲になっていただろう。


 そして、その斬撃を何をどうやったのか煙で見えなかったが、おそらく他愛なく対処しただろうさくらには称賛に値する。


「――――」


 計り知れない努力とそこから生み出された成長、それらの片鱗を今の数分の中でとくと見せつけた二人は、期待の眼差しで僕の方を見た。


「真冬、行くよ」


「僕も行くにゃ」


 さくらは魔力を練り、みゃーこは腕を振りかぶった。


「ちょっと待っ――「火炎の玉フレイム・ボール」「強爪撃きょうそうげき」」


 身の危険を感じ慌てる僕の静止を促す言葉は無視され、二人から先ほど出した小手調べの物よりも大分強化された、形相の違う本番の攻撃が繰り出された。


「――――」


 先ほどの火の球とは違い、今度は上位魔法の火炎の玉。

 威力も桁違いだが、それ以上に発動の難易度が桁外れな上位魔法の火炎の玉は、余りの温度の高さから太陽の表面で起こっているフレアのように所々荒れ狂っている部分が見受けられ、ドームの中の温度が一気に跳ね上がる。


 また、さっきの助走が無かった爪撃とは違い、みゃーこは後ろ脚で地面を破裂させながら上へ飛び跳ね、ドームギリギリの上空から腕を大きく振りかぶって体重を余すことなく乗せた爪撃を、耳が破裂しそうになるほどの轟音と共に繰り出す。


「――――」


 避けられない。


 攻撃の速度が早いこともあるが、一番は咄嗟のため躱す準備が心情的にも肉体的にもままならなく、加えて前後に退いてもみゃーこの爪撃が、上下左右に避けてもさくらの火炎の玉が、と逃げる場所も無いため避けることは不可能だった。


「――――」


 迎え撃つしかない。


 僕は手に持っていた剣を身体の前に構え、膂力、魔力、気力、3つの力を出来るだけ剣に込めて一気に発揮する。


「――一閃!」


 カイトに渡された黒剣ではない、通常の剣で放たれた3つの力が乗った斬撃は、さくらの火の玉を音もなくただ斬り伏せ、みゃーこの強爪撃はそのまま飲み込む。


 そして、先ほどのみゃーこの爪撃と同じく、自分の阻むものは何も無かったかのようにそのままの威力と大きさでもって上空へと駆け上がっていき、ドームへと直撃する。


 その後、ドームは水滴を垂らした水面のように揺れた。


「これで本気でいけるね」


「みゃーも本気を出すにゃ」


 小手調べではない自分たちの攻撃を完膚なきまでに打ち砕き、その後アルフさんのドームに多少なりとも影響を与えた僕の斬撃を目にした二人は、期待通りの期待以上ににっこりと笑い、見る見るうちに真剣な表情へと様変わりをする。


「ちょっと待って、僕はまだ……――」


 二回目の言葉も、本格的に戦う気になってしまった二人の耳には届くことはなかった。

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