第252話 喧嘩

「――――」


 僕、さくら、みゃーこは正三角形の頂点になるように互いに同じ距離で対峙した。


 そんな僕とさくらの横には師匠となる人が、マルスさん、アルフさんと居て、唯一みゃーこは森の中で一人で修行していたため師匠となる人が居なかったので誰もそばに居ないと思いきや、いつからともなくリリスさんが無言で横に並んでいた。


「――――」



 お互いどんな反応を見せるのかしばらく見ていると、初めはおっかなびっくりのぎこちない二人だったのだが、徐々に緊張は解け、リリスさんは終始無言でみゃーこの洗い立てのモフモフの毛を堪能しており、みゃーこは気持ちよさそうに喉を鳴らしながら撫でられていた。


 その様子を見て、リリスさんとみゃーこは相性が良さそうということが分かり、硬くなっている頬に少しだけ緩みが出てきた。またそれと同時に、リリスさんがみゃーこの横に並んだ目的は、空気を読んだのでも忖度したのでもなく、恐らくモフモフそれだったのだろうとも判明した。


「何だ、ブルってんのか?」


 しかし、リリスさんやみゃーこのおかげで頬が緩んだとは言えほんの僅か。すかさず隣に居るマルスさんが僕の震えている心を見透かし、必死に隠していた戦いたくないというその心の内をずばりと言い当てる。


「まあ、さくらとみゃーこ強くなった理由にそれ向けんのは気が進まねぇーのは分かるけどよ――」


 僕の手に力無げに持たれた剣を指さしたマルスさんは、そこで一呼吸置いた後、


「――今のまんまだとお前、すぐ殺られんぞ」


 射貫くような目で言った。


「――――」


 でも――と、鋭いマルスさんの言葉に思いつくまま咄嗟に何かを言い返したかったが、針さえも通さない頑丈な蓋が喉にされたかのように言葉が突っかかり、どれだけ出そうと努力しても返す言葉は僕の身体から一向に出てこなかった。


 ――ぐうの音も出なかった理由は単純だ、それが否定しようのない正論だったから。


「あー見えてさくらちゃんは強えー……さすがあの男が鍛えただけあるし、それにあのにゃんころも底知れねぇー強さがある」


 マルスさんは言外に、それに比べて今のお前はどうだ?と言っているようだった。


「分かってます……でも、どうしても……」


 こうして模擬戦を行なう時点で客観的に見ても、二人を見た僕の目から見ても、さくらもみゃーこも僕と同等の実力が少なくともあるはずだ。

 それに僕たちが束になっても到底勝てないだろう師匠陣がついているのだから、必要以上に傷付ける心配も毛頭無い。


 それらのリスクを頭では完璧に理解していても、でも、守りたい存在に対して守る道具である剣を向けるのはどうしても心が拒絶する。感情が拒む。


「模擬戦だから心配すんな……って言ってもまー無理だよな」


 マルスさんは頭を乱暴に搔きながら大きな溜め息を吐くと、


「剣士ってな、接近戦は強いが遠距離戦になったら滅法弱えー。俺だってアルフの野郎に一度も勝てた試しがねぇーぐらいによ。ところが、逆も然りだ。魔法使いってのは、遠距離は強えーけど、接近戦は盾にもならねぇーぐらいには弱えー」


「――――」


「だから、その互いの弱点を埋めるために、剣士と魔法使いは2人で1つにならなきゃならねぇー」


 マルスさんもリリスさんも、性格上の理由や実力などの理由から相手に合わせるのが苦手なため、基本は一人でダンジョンに行くらしい。だが、素材集めなどで自分の実力以上の相手と戦うと事前に分かっている場合は、臨時でパーティーを募集し、実際に結成することもあるという。


 どれだけ二人が剣士として強かったとしても遠距離から攻撃されては一溜まりも無いため、仮にいくらか実力が劣っているとしても魔法使いを最低1人は入れ、遠距離、あるいは対多数戦のために弱点をあらかじめ補っておくのだ。


「そのメンバーを固定できんのは、中々ツイてると思うぜ」


 臨時で組むパーティーは報酬面でも連携面でもやはり色々と問題があるらしく、それらを完全に無効化できるのは、冒険者パーティーとして数段有利になる。


 何よりも固定メンバーは経験を積めば積むほど連携が上達出来るため、そのおかげで自分の実力を遙かに超えた相手でも冒険が出来る。結果、冒険や連携をすればするほど実力と経験がつき、通常では考えられないもの凄いスピードでレベルが上がっていくと言う。


「それにあんなマブそうそういねぇーし」


 羨ましいとマルスさんは口を尖らせたが、すぐさま咳払いをして


「つまりな、今回のは剣士と魔法使い、てめーとさくらちゃんが本来の実力以上をいつの日か発揮するために、互いの底を知る、その課程の傷付け合いだ。そうだな……簡単に言やぁー、大喧嘩だ」


 マルスさんは、バンと草原に鳴り響く爆発音を轟かせて僕の背中を思いっきり叩いた。


「だから、痴話喧嘩よろしく精一杯傷真っ正面から喧嘩してこい。その後始末は、俺らがどうにかしてやるからよ!」


 後ろでは悪戯が成功した少年のような笑顔でマルスさんが笑っていた。


「――――」


 正直な所、マルスさんが僕に対して言ってくれた言葉、主に喧嘩の下りでは当然さくらたちと戦う気が起こらず、未だに守りたい相手とは出来ることならば戦いたくないとは思っている。

 でも、マルスさんなりの不器用な激励に、先ほどまで心を占めていた緊張やプレッシャーはふっと軽くなり、震えが消えて無くなる。


「それじゃ、喧嘩行ってきます!!」


「おうよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る