第251話 擬戦

 背中が受けた信頼の証とは全く違う力強さの衝撃に、思わず蹌踉よろめきながらそのままの勢いで路地を抜ける。


 そして、路地の暗さとは一転、人通りのある街中の眩しさに目が眩んだ。


「――――」


 転びそうになっていた不安定なバランスを立て直しながら、急激な明暗の切り替わりに目を細めていると、カイトが最後に言った通りさくらが宿の前で既に待っており、そのさくらは外で待っていると思いきや暗い路地から勢いが加わった酔っ払いかのように突然ふらつきながら出てきた僕に驚く。


「そんな所から出てきて、どうしたの?」


「いや……ちょっとね……」


 煮え切らない返答に怪しさを感じ取ったさくらは、今し方僕が出てきた路地を何とか覗き込もうと、懸命に背伸びしたり、身体を斜めにしたりとしてくるため、僕はさくらの映し鏡になったかのように全く動きを合わせる。


「何で!隠す!!の!!!」


 それでもどうしても路地が気になるさくらは、あの手この手で僕の背中側を見ようとするが、それもことごとく阻止する。


「それは……何でも!」


 さくらに路地の方を見せないのはこれと言って特に大きな理由は無いのだが、決しておくびにも出さなかったがカイトが心なしか疲れてそうに見えたのと、僕がそのカイトから受け取った剣のことを、これもまた深い理由は無いが何となく隠したいと思ったからだ。


「それよりも、早く修行に行こう!」


 中々諦めないさくらの肩に手を置き、強引にクルッと回れ右をさせる。


「あ!ちょっと、待って」


 方向転換をさせてもまだどうにかこうにか見ようとするさくらの肩を、今度は力を込めて押す。そうすることでさくらはその意思関係なく強制的に前に向かって歩くこととなり、結果人混みに紛れながら路地からさくらを離せることとなった。


 もっとも、行き先を知っていたみゃーこの後ろを、口を尖らせながら不平不満の抗議をつらつらと挙げるさくらの両肩を、街から出るまでの相当な距離ずっと力を込めて押さなければならなかったが。




「そう言えばさくら、その格好似合ってるね」


 街を出てすぐ、さすがのさくらも諦めが付いたのかようやく機嫌を取り戻し、僕の押しが無くても一人で歩くようになった。


 そして、今までは至近距離で肩を押していたので気が付かなかったが、その必要が無くなり全身が見えるぐらいまで距離が離れ気味になってやっと、さくらの本気の装いを見ることが出来た。


「そう……?」


 さくらは自分の姿を確かめるように、その場で華麗に一回転して見せる。


「うん、さくらにぴったり」


 コマのように綺麗に回るさくらは所謂魔女の格好をしており、傘を目一杯広げたような大きなとんがり帽子、所々レースがあしらわれたドレスに近い感じの漆黒のワンピース、そして僕が知っている限りでは持っていなかったはずの背丈ほどの大きな杖。


 大きな帽子は、さくらの女の子らしい華奢さを際立たせ、漆黒のワンピースは所々覗かせる素肌の白さを強調し、杖の先にはさくらにぴったりの薄ピンク色で握り拳ほどの、魔力を増幅させ魔法の威力を上げる戦闘用の魔石が1つ、ねじれた木がギュッと掴むようにして装着されていた。


 そんなさくらの魅力を余すことなく発揮させる格好は、ゲームやアニメに出てくる魔女のイメージそのままであったが、と同時に、それらに出てくるイメージを遙かに凌駕する綺麗さだった。


「そっか……ありがとう!」


 まだ魔法使いの格好になれていなくて気恥ずかしいのか、さくらは赤くなった顔を大きな隠した。それと同時にさくらの後ろから、ぶっきらぼうで多少苛ついた声が飛んできた。


「――昼間からあっちーなぁ」


「――――!マルスさん!」


 その声の主は金髪の青年――マルスさんだった。


 その上、僕たちを見て明らかに苛立っているマルスさんの隣には、いつも通り何とも感情が読めないリリスさん、そして穏やかな笑みを浮かべているアルフさんが何故か揃って立っていた。


「何でこんなところに……!それにリリスさんも、アルフさんも!」


「気を抜きすぎ」


「やあ久しぶりだね、真冬くん。その様子だと今日のことは聞いていないんだね」


 アルフさんはここにマルスさん、リリスさん、アルフさんの三名が何故揃っているのか分からずに混乱している僕を見て、苦笑いをしながら言った。


「はい、何も聞いてないです」


 戸惑っている僕の返答を聞いたアルフさんは、リリスさん、マルスさん、そしてさくらと順番に物言いたげな視線を送る。


「忘れていたか、娯楽のためか……さすが君たち、と言った所だろうね」


 アルフさんは肺に溜まった空気を全部吐き出すかのように深いため息を吐く。


「――――」


 そのおかげで具体的に何をするかまでは分からないが、大体の流れが予想出来た。


 アルフさんは前々から、今日何をするのか師匠陣であるリリスさんとマルスさん、自分の弟子であるさくらには直接伝えてあった。

 そして、直接関わりの無い僕に伝え漏れをすることがないように念に念を入れて三人に伝えるよう言いつけてあったのだが、マルスさんとさくらはドッキリの方が面白いのではないか、という何とも迷惑な発想から僕に故意に伝えず、リリスさんに至っては伝える気が有る無いの前にそもそも忘れていた。


 と、大まかにこんな感じなのだろう。


「大体の流れは予想付いたので、そこに関しての説明は大丈夫です」


 僕の予想は全く見当違いの可能性も否定しきれないが、もし仮にそうだとしても過去に戻って三人に今日何をするのか聞いていないか尋ねることは出来ないのだから、今更どうこう言っても無理だろう。


 もっとも、十中八九予想は外れていないだろうが。


「それは助かるよ」


 アルフさんは「この中で一番まともなのは君だけだよ」と再度ため息を吐きながらぼやいた後、場を仕切り直すために手を二回叩いた。


「早速今日集まった本題に入ろうか――」


 真剣な眼差しと口調のアルフさん。


 こうして直に接してみるとやはりアルフさんの場を掌握する能力の高さ、そして人を惹きつける能力とが合わさって、周囲の人間に有無を言わせない強烈な圧力を放ち、それだけで僕では到底敵わない大きな器をひしひしと感じた。


「今日は僕の弟子のさくらとリリスとアルフの弟子の真冬くん、その二人の成長を見るためにここで模擬戦をしてもらう」


 だが、そんなアルフさんの口から出てきた言葉は、最初何かの冗談かと思った。


「僕とさくらが……?」


 さくらたちが揃いも揃って僕に今日何をするのか教えなかったように、その延長で機転の利くアルフさんも加わってのドッキリか何かだと思っていた。しかし、どうやらその類いではないようだった。


 何故なら、冗談ではないかと僕の口からは決して問えない、厳かな雰囲気がアルフさんから発せられていたからだ。


「――――」


 そのため、アルフさんの言葉の内容は冗談ではなく真剣であり、更に模擬戦は遊びではなく本気なのだと、そう僕は悟った。


「……ルールはあるんですか?」


 自分の師匠であるリリスさん、マルスさんを初め、その二人を上回る実力者だとされるアルフさん。

 そして、何より一番気掛かりなのが僕の相手でもあるが同時に、僕が守るべき存在であるさくらに、今までやってきたこと全てが試され、僕の全力が直接見定められる。


 それを実感したときに湧いて出てきた今までに感じたことのない極度な緊張から、カラカラに渇いた口と震える舌から辛うじて出てきた言葉は、戦いの中の規律を問う言葉だった。


「そうだな……」


 アルフさんは少し考えた後、


「模擬戦と言っても君たちの全力を見たいから、相手を殺すつもりで戦うこと、それだけかな。もし、どちらかが死にそうになっても僕たちがその前に止めに入るし、最悪死ななければ僕が治せるから安心して」


 ルールや正当性の穴を突いて、どうにかこうにかさくらとの戦いをしなくてもいい理由を頭の中で考えたが、アルフさんの言葉はどれも説得力がありすぎて、否定しようもなければ揚げ足を取ることさえ出来なかった。


 修行をする、もっと言うと今の己の実力を知るには、年齢あるいは経験やその他何かが全く同等の者と競うのが、負けた時の言い訳――例えば年齢が上だったから負けたとか、あいつの方が長くやっていたから負けたからなど――が出来ないという理由から一番手っ取り早く、相手を殺してしまう、もしくは相手から殺されてしまうという恐怖が心の何処かに存在していると咄嗟に全力を出せなくなるので、それらを封じるために外部にある種のストッパーのような物が必要なのは自明だろう。


 そのため、このさくらとの対決は、完璧にお膳立てされた最高の実力を測る良い機会だと本来はそう思うべきだろう。


「――――」


 そして、更に追い打ちをかけるように、


「それってみゃーも入って良いにゃ?」


 みゃーこが僕たちの戦いに名乗りを上げたのだ。


「構わないけど……いや、君なら大丈夫か。是非加わって欲しい」


 アルフさんは予定に入っていなかったみゃーこの急参戦に、一瞬は驚いて見せたものの、みゃーこの白くてモフモフとした姿を一瞥した後、その許可をあっさりと出した。


「――――」


 これで僕がさくらと、それに急遽決まったみゃーこと戦わないという選択肢はいとも簡単に潰えた。


 そして、さくらとみゃーこ、二人を守るためにあれだけマルスさんに打ちのめされても負けずに挑んで強くなったにも関わらず、その二人を守るための力で二人と戦いたくないという矛盾から出てきた気持ちを抱えながら、戦闘は着々と準備段階へと移行していった。

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