第250話 黒剣
みゃーこの怒りも一段落し、一連の流れが落ち着いた頃、さくらは唐突に言った。
「それじゃ行こっか」
昨日の寝る時点では、僕と同様さくらも、いつもの修行はどうするのか師匠であるアルフさんから何も聞いていないようであり、そのため寝ぼけながら明日の事について僕に尋ねてきたのだと、そう思っていた。
しかし、それは今の感じからするとどうやら僕の勘違いだったようで、さくらは今からすべきことをはっきり理解している雰囲気を醸し出しており、それどころか心なしか楽しみにしているようにも見受けられるため、戸惑いを隠せない。
「え、どこに?」
僕の戸惑いはそのまま端的な言葉となり、さくらに問いかけるも、ふるふると髪をなびかせながら首を振った後、
「すぐ分かると思うから、内緒」
人差し指を立てながら唇に当て、悪戯をしている子どものように無邪気に笑いながら、それを秘密にした。
「何か嫌な予感がするにゃ……」
みゃーこの呟きは、僕の心境と寸分の狂いもなく一致しており、さくらの思惑にそのまま乗る気にはなれなかったが、
「真冬は今よりも強くなりたいと思わない?」
さくらの一言は、僕の心を矢のように真っ直ぐ貫いた。
「――――」
――強くなりたい。
僕が弱いが故に、ガンダにさくらを連れ去られた時みたいな、あるいはベルーゼにさくらとみゃーこが連れ去られた時みたいな、そんな思いはもうしたくない。
いっそ全てを寄せ付けないほど圧倒的な力が欲しい。
「さくらはその方法を知ってるの?」
「期待に応えられるかは分からないけど」
さくらは一応は僕の問いに頷いたが、僕の心を見透かしたかのように注意事項よろしくそう付け足した。
しかし、その注意事項が有ろうと無かろうと、さくらが頷いたときにはもうすでに答えは決まっていた。
「少しでも強くなれるなら……僕は行くよ」
「みゃーこはどうする?」
さくらはみゃーこにも尋ねる。強くなるためにはそれ相応の危険が伴うということなのだろう。
「――――」
そんな危険を知ってか知らずか、みゃーこはふわーっと力が抜けるほどの大きなあくびをした後、
「そろそろ森も飽きてきたからにゃ……行くにゃ」
「よし!それじゃあ……」
僕たち二人の回答に満足したさくらはにこりと笑うと、おもむろに身支度をし始めた。
「…………」
その手始めに整えだしたのは持ち物で、見るからにきちんと戦える装備にしていたので、これから僕たちが行くところは思ったよりも本気の場所なのだろうと容易に想像が付き、今から身と心を引き締める。
「じゃあ、30分後に外で」
戦いの服装に着替えるために、と別の部屋の扉へと手を掛けたさくらは、後ろを振り返りそう告げた。
「「わかった(にゃ)」」
僕とみゃーこは今までとは違うさくらの厳かな雰囲気を肌身で感じた。
戦いの最中に、回復薬など様々なアイテムを駆使するらしい魔法使いであるさくらとは違い、僕は基本剣一本で戦っていく剣士であるため、準備にそれほどの時間が掛からない。
早々に手持ち無沙汰になったため、一足先に宿を出た。
「――――」
人が右往左往と行き交う街は、少し前とは違う種類の騒がしさがあり、活気があると言うよりは何かと忙しない、そんな陰気な表現の方が適切に思えた。
どこからか遠くで聞こえていた客引きの威勢の良い声と、子ども達の楽しそうにはしゃぐ声はピタリと静まり、代わりに魔石を節約せざるを得ない現状への不満をつらつらと語る声や、行き場のない怒りへのため息が大半だ。
人が歩く様も一変しており、買い物や人に会うなどどこか目的があって歩いているというよりかは、どこも目的や意味がなく、ただやることがないから彷徨っているという様な表現がぴたりと当てはまるような人が多々。
もちろん表情も石のように重いし、硬い。
「――――」
そんなダンジョンの騒動の前と後で何もかもが変わってしまった街中で、変わらない姿の大男が誰よりも大き歩幅でこちらへと向かって歩いてきていた。
赤い髪、がっしりとした体格、快活そうな顔つきと、この街が変わる前から良い意味で何も変わらない男――カイトが宿の前にぽつんと立つ僕を見つけ、からりとした笑顔で遠くからブンブンと手を振る。
「よー、真冬―!!」
粘度のある液体のようにゆっくりとしか動かない人の群れを掻き分け、足取り軽く駆けてくるカイトは今のこの街では余りにも異質であったが、それが今の僕には丁度良く思える。
「カイト、久しぶり!」
「おー久しぶり、真冬!元気そうで何よりだ!」
大きな口を開けて笑いながら、カイトは僕の背中をバシバシと数回叩いた。
相変わらずな力強い信頼の証に僕は多少ふらつくが、そんな力強さがカイトの元気の証でもあるので、
「カイトこそ元気そうで良かった」
と、同じく笑いかけた。
「――――」
修行のことや街のこと、その他お互い忙しくて会えなかった時の積もる話がたくさんあった。
しかし、カイトは普段であれば自分の工房に籠もりきっており、それ以外はダンジョンで素材集めをするという、超がつくほどの職人気質。にも関わらずこうして外に出ているのだから、何か大事な用事があるのだろう。
「色々と話したいのは山々なんだけど……何かあったの?」
カイトの手には、封をしたように幾重にも布に包まれた尋常ではない物が大きな手でしっかりと握られており、絶対に離すまいといった頑固な意思が浮き出る血管からひしひしと伝わってくる。
そのため、それについては触れないようにやんわりと尋ねてみたのだが、カイトは何時にも増して真剣な声で僕に耳打ちした。
「ちょっと渡したいもんがあんだ……ここじゃあれだから、ちっと来てくれ」
カイトは人気の無い路地を指した。
「――――」
薄暗闇で犯罪者が好みそうな路地裏に入ると、カイトは布に何重にもグルグルに巻いた太い紐に手を掛け、ゆっくりと解いていく。
その手つきは腫れ物にでも触るかのように慎重に慎重を重ねてあり、それほど危険なの物なのだと窺い知れた。
「凝ってたら時間かかり過ぎちまって、すまねーな……ただそれに見合うだけのもんが出来たぜ」
紐が全て解かれ、中の物が外気を吸う。
「――――!」
その瞬間、たくさんの人が行き交う大通りとは違い、ジメジメとしていて湿気が纏わり付いてきていた路地裏が、一気にカラリと底冷えした気がした。
例えるなら絶対零度の氷の中――何人たりとも動くことが許されない、そんな悪寒がこの辺り一帯を埋め尽くしたのだ。
「これが今の俺に出来る最高傑作だ――」
分厚くどんな刃物でも通さない頑丈な布から取り出したのは、一振りの剣だった。
「――
「――――」
目の前にしている物が余りにもこの世界に似つかわしくなくて、僕は言葉が出なかった。
「――――」
どんな闇よりも真っ黒な刀身は、大空で燦々と輝く太陽さえも飲み込みそうで、仮に間違いだとしても一振りさえしてしまえば、草原なら辺り一面が瞬く間に枯れ果て、生物が存在しているのなら全てが息絶えしまいそうなほどの、人智を遙かに超えた能力を秘めているような気がした。
「まだ俺の力不足から至らない部分はある……けど今日に間に合うように全身全霊を懸けて育てた。使ってくれ」
もしどうしても一つだけ挙げるとするならば、この剣が余りにも強すぎて使いどころに悩むぐらいだが、下手したら死の危険がある魔物相手に油断は禁物のため、それは完全なる杞憂だ。
「ありがとう。
まるで氷の塊ようにひんやりと冷酷そうな剣をカイトから受け取り、ひとまずはコートの収納に入れた。
「おうよ。ほらさくら待ってんぞ、行ってこい」
カイトはまた僕の背中をさくらが待つ大通りの方に力強く叩いて押し出した。
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