第247話 隠蔽

 リリスさんやマルスさんなど鍛錬を見てくれる人が居ない中でも、自分なりに工夫を凝らし、今日マルスさんと戦ってみて見えた双連撃での強化上限の底上げ、そして強化の末に出す双一閃の洗練など、それら以外でも思いつく課題は全て片っ端から一つずつ徹底的に潰していった。


「――――」


 そうしてすっかりと暗くなった空に見守られながら、くたくたの身体で宿に帰ると、


「あ、真冬おかえり!」


 数日ぶりに起きているさくらと出くわした。


「…………」


 いつもなら僕がこの場に帰る頃にはどこかに修行に行っているため会話どころか視線さえ交わらないはずのさくらの服装は、動きにくい格好、つまり魔法の修行の場にはとてもではないが似つかわしくなく、どちらかと言えばいわゆるダル着に近いゆったりとした格好をしていた。


 そんなさくらに僕は尋ねる。


「ただいま……ってあれ?今日は修行無いの?」


「ううん、今日はもう終わったの……」


 久しぶりに寝ているところ以外の顔を見たためか、言われてからようやくさくらが少し疲れた表情をしているのに気が付くことが出来た。


 しかし、さくらは次の瞬間には疲労した雰囲気を潜めると、今度は眉をひそめる。そして、何故か二人だけの空間にも関わらず小声で訊いてくる。


「それよりも……何か様子がおかしくない?」


「そう言えば……」


 今度は修行でヘトヘトに疲れていたせいか、さくらから言葉にされ改めて振り返ってみてやっと、修行の帰り道、壁から宿までの街の中を辿々しく歩いていた際、形容し難いほど薄ぼんやりと、昨日とは街の雰囲気が何となく変わっているような感じに思い当たった。


「何か昨日までとは違ってやけに騒がしいよね」


 さくらはコクンと頷き、言葉を続ける。


「ちらっとしか覗いていないけど、ギルドの人たちも忙しなくしてたし……」


「となると、リリスさんとマルスさんは僕に何も言わなかったけど、やっぱり封鎖以外にもダンジョンで何か起こってるのは間違いないね」


 初めての個人修行の前は、僕が今よりももっと強くなることだけに多大な期待を掛けられているため、気にしないようにして修行に打ち込むことが出来たが、今は状況と情報がまるっきり違った。


 どうやらリリスさんやマルスさんたちが抱えているだろう何かしらの事情は、おそらくというか案の定というか、どちらにせよ封鎖されているダンジョンに由来していることはほぼ確実なものであり、そしてさすがに情報や統制などが抑制しきれなかった冒険者ギルドを端に、現在魔石の使用を可能な限り制限されている街にも、漠然と怪しげな雲行きが伝わってしまっているのだろう。


「――――」


 僕と同じく首を捻りながら今までの僅かな情報を元に考え事をしていたさくらだったが、ふと思いついたように口に出す。


「そうだ!ナビーに聞いてみれば何か分かるんじゃないかな?」


 この世界に起こっている出来事のどこまでを把握しているのかその範囲は確かではないが、少なくとも僕たちが尋ねた事の大半は即答したナビーなら今この街に起こっている出来事の子細まで、さくらの言うとおり確かに答えてくれる気がする。


 だが、僕は首を振る。


「最近ナビーから反応が無いんだ」


 リリスさんとの鬼ごっこの時、ナビーは薄暗い森に生えている木々のランダム性を掌握するために、その圧倒的な情報処理能力を用いて情報処理の一端を担うと手助けを申し出てくれた。


 しかし、せっかくの修行なのだからと僕はそれを断った。


 それを期に、僕は僕なりに工夫してもっと強くなりたいという意思を汲んでくれているためか、ナビーはこちらに向けて何か情報を発信することはなくなっていた。


「一応スキルとしては存在しているから、居なくなってはないんだろうけど」


 ステータスを何度表示してもナビーの元のスキル、ナビゲーターは確かに存在しており、本当の有事の際には語りかければ反応してくれるだろうと勘が言っているので、街が騒がしい事とナビーの事どちらも今のところは大丈夫だろうが、


「情報が全く入らないから不安になっちゃうよね」


 さくらは街のみんなの感情を一言で代弁した。


「――――」


 ギルドによって不自然なほどに隠蔽されている、封鎖されたダンジョンの追加の情報。


 それが無いことによって漠然とした不安が冒険者である僕たちはもちろん、冒険者ではない街の一般住人たちにも薄々と伝播しているのだ。


「でもまあ、気にしてもしょうが無いし、とりあえずご飯でも食べよ!」


 さすがはさくら、持ち前の明るさをもって小さな手を合わせてパチンと叩くと、次の瞬間には不安げな表情を顔から消し去り、朗らかな声でそう言った。


 そして、さくらの声に応えるように、不安が過ぎっていたこの部屋の雰囲気も多少なりとも明るさを取り戻す。


「そうだね、お腹が減ってたら何かあっても対応できないからね」


 そんな場の雰囲気さえも一瞬で変えてしまうさくらに感嘆しながら、僕も沈んでいた心がフワッと軽くなるのを感じる。


「――――」


 加えてタイミングが良いことに、良いように言えばのんびりとした、悪いように言えば間が抜けた声が部屋に加わる。


「――みゃーも一緒に食べるにゃ」


「「みゃーこ!」」


 みゃーこが加わったことによって久しぶりに全員で集まった地球メンバーに、顔を見合わせた後、全員が思わず顔を綻ばせた。


 そして、僕たちは漠然とした不安が頭から完全に消えるまでは行かないにしても、さくらの明るさ、みゃーこのマイペースさのおかげで鳴りを潜める程度になり、安心した心持ちで遅めの夕食を摂ることにした。

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