第246話 懸念

「――今日はこれで終わり」


 リリスさんの元に戻ると、いつも通り気丈に振る舞っているように見えるも、頭の何処かでは何か懸念を抱いていそうな雰囲気でそう言った。


「何かあったんですか……?」


 リリスさんは冒険者の中で4番目に強い人で、本来ならば関わることさえ出来ないような天の上の存在にも関わらず、まだ駆け出しの一介の冒険者である僕に、早朝から夜に掛けて丸一日付きっきりで修行に付き合ってくれた。


 更に、僕がもっと強くなるためには、とトップクラスに登りつめるまでに長い間苦しみながらもコツコツと培った、冒険者ならば喉から手が出ても足りないぐらい欲しいトップクラスの考え方や技術など、初歩中の初歩から奥義まで惜しげも無く教えてくれた。


 要するに、ここまで僕が強くなれた理由の中で一番大きな存在なのが、他の誰でもないリリスさんということだ。


「――――」


 そんな大が付くほどの恩人に、何か困ったことがあれば是非力になりたいと思うのは極々自然のことだろう。そのため、やんわりと尋ねてみるが、


「大丈夫、君たちは強くなることだけ考えて」


 しかし、リリスさんの口振りや態度から、それは自分たちの領域だと拒絶をするように線引きをされてしまったため、これ以上踏み込むことはとてもじゃないが無理だった。


「分かりました……でも、本当にどうしようもなくなった時は頼ってください、力になりたいんです!」


「――――」


 リリスさんはただコクンと頷き、その場を後にした。





「何があったんだろう……」


 思い返してみれば、気になる点がいくつもあった。


「――――」


 まずはリリスさんが僕の修行を終えた後、毎回冒険者ギルドに立ち寄ることだ。


 異常事態によりダンジョンが閉鎖されているため、ギルドは冒険者が得てきたダンジョンの成果物を査定する役割が、僕が知っている限りでは無いに等しい。

 しかも、修行が終わるのは大体日が落ち始めた夕方から完全に沈んだ夜までの間なので、リリスさんがギルドへ出向く時間もそれなりに遅い。


 そんな機能停止状態であり、夜も遅い冒険者ギルドで一体何をしているのだろうか。


「――――」


 次に、マルスさんの動向だ。


 リリスさんとの修行の前に行なわれる、どこまで僕が成長したか、つまり前日の成果を総合的に測ってくれるのがマルスさんと修行だ。


 それは主に、日が上り始める頃の早朝に行なわれているのだが、それが終わるとマルスさんはそそくさとまではいかないものの、この後何か用事があるかのように早々と街の方へ戻ってしまう。


 もちろん修行が終わった後すぐに場を後にするのは、マルスさんのぶっきらぼうな性格から来ている可能性も否定しきれないが、それを加味したとしても何か別の理由があるのは確実に思えて仕方ない。


「――――」


 とは言っても、それら二人の行動の気になる部分を滾々こんこんと並べ、何故と理由を聞いたとしても現時点では到底教えてくれそうにはない。それぐらい二人からは、僕たちは僕たち自身を強くすることだけを考えて欲しいとひしひしと伝わってくるから。


「その期待に応えないと……!!」


 他にもダンジョンの閉鎖はどうなっているのか、さくらが僕と丁度入れ替わりで修行を行なうのは何故なのか、冒険者でトップクラスであるリリスさんやマルスさんが日に日に疲れが溜まっていそうに見えることなど、浮かび上がる疑問は尽きない。


 しかし、二人の期待と想い、それらを掛けられている本人が直接踏み躙るのは、まさに恩を仇で返すことになるので、これ以上は頭を切り換えて今日の反省をしようと決めた。



――――――――――――――――――――――――



「あいつの方が100倍おもしれぇーんだけどよ!」


 冒険者ギルドの管理の下、許可が降りていない者以外は指一本でさえ立ち入ることを禁じられ、完全に封鎖されているダンジョン。

 その中で極々少数だけ許可が下りた内の一人である金髪の青年が退屈極まりないといった様子で、愚痴を吐く。


 しかし、外から見えるやる気の有無とは別に、その青年は自分の強さ故に必然的に与えられた仕事を、許可を得てこの場にいる厳しい篩い分けで選ばれたはずの猛者達である誰よりも完璧にこなしていた。


「――――」


 快刀乱麻を断つが如く、自分たちよりも圧倒的にテキパキと仕事をするため誰一人としてやる気が削がれる気怠そうな声で愚痴を吐き出す青年に文句や指示が一つも言えない一方、燃えさかる炎のような真っ赤な髪を持つ少女は青年の尻を叩くように言う。


「その子たちのためにやる」


「――――チッ!」


 青年は隠すことなくあからさまに舌打ちをする。しかし、それは自分の愚痴に対して言及されたことでもなければ、それをしたのが自分よりも仕事をしていない相手に対する舌打ちでもなかった。


 何故なら、赤髪の少女は金髪の青年に対して肯定はもちろん否定の言葉を掛けられるだけの地位を築いており、更に地位だけではなく同等の仕事を黙々とこなしているからに他ならなかったからだ。


「――――」


 そのため青年が露骨に舌打ちをしたのは、他の誰でもない自分に向けてだった。


 紛れもなく自分に向けて、発破を掛けたのだ。


「……しゃーねぇーな」


 青年は先ほどのやる気の無い気怠そうな雰囲気とは打って変わって、内側から沸々と沸き上がるやる気が溢れたように獰猛に笑った。


 一歩間違えれば命を落とすかもしれない戦いの最中、それにも関わらず溢れるように出したその不気味かつ凶悪な笑いは、途方も無い実力が裏付けされているため見る者全てを震え上がらせるほどの威力を持ち、通常恐怖やそれに伴う震えなど感情を持たない魔物達は、自らの運命を予測し、心の底から震え上がった。


「――――」


 だが、恐怖など束の間。気が付けば魔物それらは非常に純度の高い魔石となって、空に散りばめられた星々のように無数に地面に転がっていた。

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