第245話 極光
街をぐるりと取り囲む壁を越えるほどの高さがある、世界中の色を集めて出来たような幻想的な光のカーテンに、戦いの最中にも関わらず僅かながら見惚れてしまう。
しかし、
「――――」
マルスさんが今まで出した強力な剣技――雨・雷・噴火は、どれも攻撃的なものであった。だが、冒険者2位という確固たる地位を己の剣一つだけで築いているからには、強力な防衛的な技も数個ほど持っていても何等おかしくない。むしろ持っていると考える方が妥当で賢明だろう。
すると、もし極光という神秘的なこの剣技が防御の類いであると仮定した場合、特殊な能力が何も無いただの純粋なバリアである確率は限りなく低く、仮にただの防壁だとしたらその強度は計り知れないほど高いだろう。
そのため、どちらにしてもあと一歩届かなかった双連撃では、このオーロラを突破することは万に一つ出来ないと容易に推測された。
「それなら……」
右の頭上から振りかぶっていた剣が極光に触れる寸前、剣を持っている方の腕をコンパクトに折り畳み、身体の方へ密着させることでグイッと中心に寄せる。
その後、右方向に向かって振りかぶっていた勢いを利用してそのまま左回転し、アイススケートの選手が空中で回転するように身体のパーツを中心へと集め回転の範囲を最小限にする。そうすることで、剣や腕など僕にまつわる何かしらの物体が、どんな能力を有するのか得体の知れない極光に触れることを防いだ。
それから、身体に可能な限り近づけた右腕と、連鎖のためにと準備していた左腕のタイミングを合わせて、二つの剣を重ね合わせた。
「――――」
今までは互いの動きを補完し合っていたものの強化をするために独立して動いていた二つの剣。しかし、今同じ向きと同じ力、同じ速さと完璧に平行し、共鳴する。
「剣技・
双連撃は互いの剣の動きを利用して相互に強化し合っていくため、必然的に一つ一つの剣が単独で動くことになる。そして、その強化は無限に出来るというわけではなく、僕の剣の腕やステータス、あるいは剣の耐久値の問題などから限界が存在しており、いずれかはその天井にぶつかる。
このようにして一度天井に達してしまえば、それ以上はどうやっても双連撃の威力は申し訳程度でさえ上がる事は望めなく、ただただ体力と剣の耐久性が減っていくだけで、もしも無理に天井を越えようとすれば、良くて動きに支障が出来た結果大きな隙が生まれ、悪くて無茶をさせてしまった身体が機能しなくなる始末だ。
「――――」
しかし、裏を返せば双連撃が天井である最高まで強化されたということは、一つ一つの剣には自分では出せないほどの莫大な力が乗っているというに他ならない。
そのため、一つ一つの剣を何らかの形で合わせることが出来れば、独立していたのでは出さなかった力が出せるようになるため、天井を突破することが可能だ。
更に、そこに剣技・一閃のエッセンス――魔力、膂力、気力と3つの力を乗せることによって突破した先でまた次々と現れる分厚く頑丈な天井さえも、まとめて一気に貫くことが出来るようになる。
「――これが僕が今出せる最高の技です」
マルスさんの、歴史に名を残す天才画家たちが調色しても敵わないほど、妖しくも悠然と輝く極光。
対するは僕の、真っ赤な太陽のように赤熱するほど、途轍もない力を持った二本一対の剣。
「「――――」」
地球の極地で見られる極光は、太陽から放出される太陽風のプラズマが地球の大気と衝突して発光する現象と言われている。
奇しくも、余りの膨大なエネルギーによって太陽のように赤熱した僕の剣と、マルスさんが出している街の壁を凌駕する大きさで絢爛と光る極光は、そのことを表しているかのようだった。
そして今度は見惚れている間もなく、膨大なエネルギー同士がぶつかった。
「「――――!!!!」」
双連撃の双連鎖によって僕が二つの剣を連続で扱える限界まで溜められた力に、リリスさんら名のある冒険者を越えるほどの高ステータスから繰り出される膂力と魔力、そして僕の剣の経験と習熟度の塊である気力、つまり剣気を全て重ね合わせた双一閃。
「――――」
現状これが僕に出せる最強で最大の技。
今出せる全ての力と工夫を込めた二つの剣撃は途中で呼応しあって一つとなり、地球から見る太陽と同じぐらいに輝かしい閃光を周囲に放ちながら、視界に入りきらないほど悠然と広がる極光を斬り伏せた。
――かのように思えた。
「――――ッ!!」
僕は目の前で起こっている事態に目を疑わざるを得なかった。
何故なら、双一閃が水に入れられたラムネのようにシュワッと、瞬きも終わらない合間に消えてしまったからだ。
「…………」
リリスさんとの森での修行の時に偶然出した一閃。
力の扱いがまだまだだったその時でさえ、一閃は100メートル以上先までの森を消失させるほど強大な威力を誇っていた。
「…………」
その森の時以上の力が、今目の前で跡形もなく霧散していった双一閃は双連撃による強化の初期の頃でとっくに剣に乗っており、その数十倍、数百倍、数千倍と途方もないぐらいの力へと連鎖で最終的に成長していた。
更には、二の矢三の矢を放つように、膂力、魔力、気力と剣に込めたことで、指数関数的に力が跳ね上がったのを剣からはひしひしと伝わってきていた。
「…………」
以上のことから、いくらマルスさんの剣技でも一筋縄ではいかないと思っており、それを証明するかのように放たれた双一閃は、立ち塞がる極光を水に浸した薄紙の如くいとも簡単に斬り伏せた。
そして、そのまま極光の先にいるマルスさんへと届くかと思われたが、
「悪ぃーな、まだ負けるわけにはいかねーんだ」
気が付けばマルスさんは、ほんの少し前まで激しい力と力のぶつかり合いで地獄かと見紛うほどのとんでもない荒れ狂い様だったここら一帯に、自分が渦中の人間でありながらさも存在していなかったかのような悠々さで、こちらへと向かって歩いてきていた。
「強くなったよ……昨日に比べたらな……。でも、まだ他愛もねぇ」
マルスさんは、レッドカーペットを歩くぐらいゆっくりと進んだ。
そして、その最中では周囲に広がっていた極光がマルスさんの元へと集結し、その七色を超えた輝かしいベールでマルスさんを包んだ。
「極光・
極光を身に纏ったマルスさんは、手を振るぐらいの手軽さで軽く剣を振るった。
「――――」
その直後、気が付いたときにはもうすでに身体がほこりのようにいとも容易く吹き飛んでいた。
「――――ッ!!」
洗濯機に入れられた服のように上下左右がごちゃ混ぜとなる錐揉みの最中では、余りの速さにどうすることも出来ず、ただ揉みくちゃになって飛ばされているのを我が身の事ながら呆然と眺めている他無かった。
「――――」
膂力では指一本すら動きを制御出来ず、魔力でも到底不可能。力としては一番強力な気力でさえも、為す術が無かった。
そして、圧倒的な力の奴隷となり流されるままの状態でいること数秒、次々と立て続けに背中に激痛が走った。
「――――ッッ!!!」
コンマ一秒の間隔も置かずに背中を襲う連続した激痛の正体は、時間が経つにつれて自分がどこに向かって飛ばされているのかが判明し始めてから気が付いた。
視界に広がっていたのは森だった。
「――――」
僕はマルスさんが振るった剣の衝撃で、戦っていた場所からリリスさんと修行をした森まで飛ばされ、そして勢いは衰えることなくそのままで次々と背中で木を吹き飛ばしていたのだ。
「…………」
しかし、驚くのはまだ早い。
僕が森まで飛ばされ木を数え切れないほど薙ぎ倒したのは、マルスさんが振るった剣の風圧の影響と思っていたが、それは誤解だった。
本当は、マルスさんが振るった剣によって出された、上空に広がっていた雲を綺麗さっぱりと全て吹き飛ばしてしまうほどの剣撃の、絞りカスと言っても差し支えのない誤差程度の余波だったのだ。
「…………」
背中から全身へとドクドクと脈を打って広がる焼けるような激痛や、反対に血が冷めてスーッと引いていくような極度の疲労のせいで、樹齢数百年はくだらないであろう大木に身体がのめり込んだまま少しも動けないでいた。
そんな僕に、マルスさんは極光を纏ったままゆっくりと近付いてきた。
「今回は終わりだ……久々に骨のあるやつと戦ったぜ」
そう言って、にこっと遊びに満足した子どものようなとびっきりの笑顔を見せながら、懐から取り出した高級な回復薬を振り掛けてくれた。
そして、僕の頭に大きく温かな手が乗る。
「今日はあんまり無理すんなよ、じゃあな」
初めて表出した柔らかな笑顔と声音は、マルスさんの隠れていた優しさを如実に表していた。
「…………」
修行にここまで付き合ってくれているマルスさんが言葉遣いや行動に反してその実すごく優しいことには気がついていたが、余りの変貌ぶりに驚きで反応が出来なかった。
そんな中でも、回復薬が掛かけられた場所はたちまち燃えるような痛みが引き、過度な疲労のせいで血の気が引いていた場所もじんわりと暖かみが戻る。
そして、直接掛けられた場所以外にもそれらはすぐに伝播していき、一瞬のうちに戦う前よりも身体が好調と思えるまでに回復した。
「マルスさん、ありがとうございます」
僕はすっかりと元通り以上となった身体で、七色の纏を霧散させながら立ち去っていくマルスさんの背中に、有りっ丈の感謝を込めた。
「――――」
その言葉にマルスさんは背中越しに手を振って応えた。
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