第244話 連鎖

「どこでこんなんを――ッ!!」


 何も強化が施されていない一番初めに出した一撃目よりも、二つの連鎖的な強化によって推定で数百倍は威力を上げた攻撃。

 それらが一瞬たりとも絶えることなく間髪を入れずに襲いかかってくるため、いくら剣術に秀でているマルスさんでも、その対応に困窮していることが声から滲み出ていた。


「――――」


 ちなみに連鎖撃を思いついたのは他でもない、僕がこの世界に来たきっかけである『いじめ』という過酷な経験があったからだ。



 ―――――――――――――――――――――――――――



「真冬くん、楽しいねぇー」


 中に着ている派手なTシャツを見せびらかすようにワイシャツのボタンは全部外し、ズボンは辛うじて引っかかっている程度の腰パン、腰や首など至る所に銀のアクセサリー、とおおよそ不良を想像すれば誰もが終着するであろう姿のように、盛大に制服を着崩した3人の男達。


 そいつらは完全に無抵抗な僕に対してこれでもかと言うほど凄惨な暴力を振るっていた。


「――――」


 或る人は殴り、或る人は蹴り、或る人は踏むなど、集団で個人を襲う文字通り踏んだり蹴ったりのそれらの行為は、俗に言う『いじめ』だ。


「ここならさ、俺たちだけだからさ……思う存分楽しもう?」


 ニタァという粘着的な効果音が付きそうな歪な笑顔は、僕を人間として格下、いやそれよりももっと非人道的な、同じ人とすら思っていないことを雄弁に物語っていた。


 ――お前は、俺たちの遊び相手サンドバックなのだ、と。


「今日はテストが返ってきたせいでむしゃくしゃしてるんだよね。それが晴れるまで付き合って貰うからな――!!」


 3人から代わる代わる受ける暴力によって立っていることさえままならなくなり、最終的に地面に倒れたところで終わりを告げるような日常となっていたいつものいじめだが、それよりも更に輪を掛けて過酷となっている、案の定、というよりは予想する以前に分かり切っていた残忍なこの事態は、3人の男達のテストの点数デキが悪かったからに端を発していた。


「――――」


 こいつらは、出来が悪い人たちが一同に集められた同じクラスのDクラスであり、見た目や服装から容易く想像出来るように、勉強がすこぶる出来ない。

 しかし、そういうヤツほどプライドは異常に高いもので、彼らは自分は出来る側の人間と心から信じて疑わないため、悪い結果テストが返ってくると決まって猛烈に腹を立てて、こうして僕に八つ当たりをする。


「――――」


 しかし、そんな外道にも関わらず、そしていくらテストの点数が悪くても一向に退学になる気配すらないのは、ひとえに近隣の地区では優秀な学校という綺麗なイメージが浸透してしまっているためだ。それ故、退学者を出すことによってその綺麗なイメージを崩したくないという何ともお粗末な考えらしいが、そこはひとまず置いておこう。


「――――」


 それよりもこうして程度の差こそあれ来る日も来る日も虐められること数年、僕はひたすらに踏んだり蹴ったり、あるいは殴られているだけではなかった。


「それにしてもこいつ、長い時間持つようになったよな……」


「成長するサンドバックなんじゃね?」


「歳かな……もうそろそろキツくなってきたぜ」


 僕が地面に倒れてから数十分後、膝に手を置き、肩で粗い呼吸をする3人組は、首を必死に傾げていた。


「――――」


 ただ闇雲に力に任せることしか能の無い3人が、絶対に気付かないであろうその理由は、無抵抗で与えられるダメージを可能な限り減らせる受け流し方を習得したからだ。


「――――」


 僕はここ数年、暴力を質と量共に数え切れないほど受けてきた。

 ストレス発散や暇つぶしがてら、昨日見たプロレス技や漫画で見た人間では到底出来ない超人技など、無駄に運動神経の言いこいつらがそれらを試すのは、決まって僕だったからだ。


 しかし、例え3人を相手にやり返すことは出来なくても、ただ指を咥えて暴力を甘んじて受け入れていた訳ではない。


「――――」


 何が出来るか必死に考えたその結果、どの角度で拳を受ければ良いか、どのタイミングで脚に当たれば良いのか、どのくらい身体の力を抜けば全てが最小限で済むか、つまり逃げることも避けることも出来ない攻撃の対処の仕方を、僕はこの時身につけたのだ。



 ―――――――――――――――――――――――――――



「――まだ終わりませんよ」


 攻撃の回数としては、すでに千回は優に超えているだろう。


 しかし、剣撃の速さ、威力は共に衰えてはいなく、マルスさんが繰り出す雷ぐらいの力を宿した一振りが、僕によって絶え間なく次々と繰り出されている。


「終わりが見えねぇ」


 数百撃までは、まるで剣道の達人が始めたばかりの初心者を相手するように余裕で対処出来ていたが、連鎖による強化を重ねに重ねた今では攻撃に追いつくのでやっと、とまでマルスさんを追い詰めることが出来ていた。


 だが、一つ忘れてはならない重大な懸念があった。


「――――」


 それは決め手に欠けるという点だ。


 連鎖撃はその名の通り、連鎖をするように攻撃と攻撃を繋ぎ合わせていく剣技。

 その最中で相手の力を奪うのと自己強化の二つの方法で攻撃を次々と強化していくのだが、その二つを完璧な状態で使えたとしても強化幅は一回一回では取るに足らないもの程度でしかない。

 そのため、どうしても回数を重ねなければ意味が無いという事になる。


「――――」


 しかし、さすがと言うべきかマルスさんは、自分の力が奪われていることを察した瞬間、類い稀に卓越した剣の技術によって力を連鎖的に奪う技を完璧に封じ、更に今の攻撃が次の攻撃を強化させていく連鎖も見事に断ち切っていた。


 二つの連鎖を切られたということはつまり、連鎖撃ではこれ以上の強化は望めないということを意味していた。


「――――」


 そして、何にも限界が存在していると前にも言った通り、連鎖撃にも続けられる連鎖とそれによって得られる強化の恩恵には限界が存在しており、もうそろそろ余りにも強化され過ぎた自分の動きと剣に乗った力によって、何とか2本の剣を用いる二刀流で制御していた高速の動きにも支障が出始めていた。


「――――」


 それらのことから、初めてここまで追い詰められた連鎖撃でさえも、冒険者二位のマルスさんとの勝負を決める決め手になり得ないことが判明した。


「あーもうしゃらくせぇー!!」


 連撃に次ぐ連撃に、さすがに辛抱たまらんと言った様子で苛立ちを爆発させたマルスさんは、纏う雰囲気を焦燥から余裕へとガラッと一新させた。


「――剣技・極光オーロラ


 名前も分からないような多種多様な色が無数に折り重なった絹のような薄いベールとなり、マルスさんの新たな剣技――極光オーロラが僕とマルスさんを別世界へと隔てるように、視界を埋め尽くすほど巨大に展開された。

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