第242話 制動

「機動力ってどうすれば良いんですかね」


 リリスさんとの実戦に実戦を重ねた修行の最中、気を扱うのが一通り出来るようになった頃、分厚い壁に阻まれたようにどうしても克服出来ないある悩みがあった。


 それは、機動力だ。


 複雑に入り組み、立てた予想や予定がことごとく覆される森の中で、迅速に動くためには方向転換や推進力の調整だけでは全くと言って良いほど間に合わなかった。

 それ故、木や枝を避けるためには当然、鬼ごっこの中で命である速度を犠牲にする他しかなく、結果辛うじて距離を保っていたリリスさんに追いつかれるというのが数え切れないぐらいに何回もあった。


「君はステータスが高すぎるんだよね」


 いくら方向転換や停止や後退が速やかで完璧に出来たとしても、ステータスが上がりある程度の速さまで出せるようになるとやはり限界というものがあり、思った通りに曲がりきれなかったり、狙った通りに止まりきれないなど、動作に支障を来たすことが増えていくという。


 普通の冒険者はゆっくりと徐々にステータスが上がっていくため、基礎が出来ていればそれに見合った動きがある程度は自然に身についていくはずなのだが、僕は徐々にどころか一足飛びにステータスが激増している。それもトップの冒険者を遙かに超える値まで。


 だから、方向転換などの技術を別で身に付けたとしても、やはりどこかで壁にぶつかることが予想されていたらしい。


「――――」


 かと言って、リリスさんのおかげで基礎は押さえているが、普通の冒険者のようにステータスに慣れるまで待つには、余りにも時間が無さ過ぎる。


「……そう言えばリリスさんって剣で動きを制御している時ってありますよね」


 リリスさんが前に見せた、芸術的なまでに洗練された舞のような身のこなし。その中でリリスさんは身体全身を使ってきめ細やかな動きをコントロールしていたが、それと同時に一体化し過ぎていてもはや身体の一部かと思ってしまうほど自由自在に扱っていた剣をも使い、時には激しく、時には流れるような複雑な動きを思うがまま統制していた。


 また、この鬼ごっこの最中でも前を遮る木を切り倒すのはもちろんのこと、勢いを出来るだけ殺さずに、かつ最短の距離で僕へと迫られるようにと剣を振ったり掲げたりなど、言うなれば船の帆のような役割で進路方向を調整するのに剣を使っていたのだ。


「そう言えば、教えてないけど君もやってるよね。それがどうしたの?」


 リリスさんの言う通り、今こうして機動力に悩んでいる結果から分かるようにまだ精度としてはリリスさんの猿まね程度にしか至ってはいないものの、僕もそれを見てから同じように剣を使って動きを統制しようと試みていた。


 しかし、ステータスに対する技術的な面が一向に追いついていないため、軌道修正が間に合わず木にぶつかったり、間に合ってもそのせいで速度をがくっと落としまったりと、そんな不甲斐ない結末だ。


「でも、ステータスに見合ってないなら数を倍にしたらどうですかね」


 ボウリングでは一投目で10本全部を倒せなければ、ストライクは取れない。二投目で残ったピンを倒してもスペアになってしまうから。


 だが、戦いにおいてはどんな手を使おうとも最後の結末が自分が望む結果であれば、先ほどと同じくボウリングで例えて言うなら、10本全てを倒すことが出来るなら一回で何個玉を投げようが全てを倒すことが出来れば良い。


「数を倍に……?」


 リリスさんはきょとんとする。


 しかし、次の僕の行動で合点がいったようで、リリスさんは剣を扱う者として深い笑みを浮かべた。何故なら、僕と戦うのが面白そうだと思ったからだ。


「……実戦あるのみ」




 それから時は経ち、マルスさんとの戦闘。


「――――」


 マルスさんの矢のような刺突が目を貫かんとする瞬間、僕は懐から二本目の剣を取り出した。


「に、二刀流!?」


 取り出した剣を左手に持ち、最初から持っている右手と合わせて両手に剣を構えた瞬間、マルスさんは今まで見せたこともない驚いた表情を見せた。


「これが僕の剣技です――剣技・双剣!」

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