第241話 拡散
ほんの一秒前までは、草木が擦れ合う爽やかな音が聞こえるほど静かでのどかな草原だったが、マルスさんの放つ雷によって一気に暗雲が立ちこめた。
その雷は、太陽を直視した時のように目の前が真っ白になるほどの強烈な閃光を放ち、剣撃にも関わらず膨大な熱を持っているため通ったすぐそばの道中は土と草とが見分けが付かなくなるほどドロドロに融解し、幾分か離れたところでも威力の余波で地面が根こそぎ捲れ上がるほどであった。
昨日見たものとは明らかに似ても似つかない代物で、別次元の物と言っても差し支えのないほどの威力を持っていることが一目見ただけで分かった。
しかし、何かの主人公の一撃必殺ほどの大技を繰り出した当の本人であるマルスさんは、汗一つもかかないどころか髪の毛一本も乱れていないほどの余裕が見て取れ、あくびでもするかのような手軽さで雷を出したことは明白だった。
そして、それはまだまだ余力があるということに他ならなく、これ以上の威力や早さを持った攻撃が存在している事を意味していた。
「――――」
この世の人間が出したとは誰もが思えない、人智を遙かに超えた自然が織り成す攻撃。それが一秒にも満たない僅かな時間で迫ってくる。
「――――!!」
殺す、などという言葉では余りにも生半可で力不足のため、到底言い表せないぐらいの威力を持った雷撃。だが、魔力、膂力、気力、それらを扱えるようになった今、昨日までだったら絶体絶命の命の危機だと思えるような大攻撃が、ちょっとした怪我の危機にまで落とし込むことが出来ていた。
それはつまり、対処可能ということだ。
「――一閃」
大気をバリバリと割るように穿ち、腹の底から冷えていくような恐怖の感覚を呼び覚まさせる凶暴な音を発しながら進んできた雷は、僕が振るった剣によって生み出された気が込められた剣撃で真っ二つとなり、霧散する。
しかし、安心するには早い。
「それはまだほんの序の口だぜ」
ちょっとした挨拶代わりの雷が破られることを事前に察知していたマルスさんは、今来た雷よりも断然速いスピードでこちらへと向かってきており、地面すれすれの低い体勢から矢のような鋭い刺突を繰り出す。
「気を使える様になったんだなぁ!」
僕の目を狙う刺突は、狙った獲物は決して逃がさないハヤブサの滑空の如く、視認してから対処していたのでは到底間に合わない速さだ。しかも、マルスさんは僕以上に漏れ出す気を完全に消しており、余程注意を配っていなければたとえ目で見ていたとしても頭がそれと認識出来ないぐらいまでのほんの少しの気配しかない。
「――気だけでは無いです」
瞬き一つが死への直行便となるミリ秒の戦いの中では、目で姿を追うのは諸手を挙げながら自ら死にに行くようなもの。しかし、マルスさんは気を完全に消すことが出来、気配という気配が一切無いため、気を追って対処するのも困難を極める。
「魔力も扱えます!!」
視力が駄目、気力も駄目、それならば相手を追跡し、攻撃に対して対処するには次点でまだ魔力がある。それを教えてくれたのは、リリスさんの纏う剣舞の力だった。
「――――」
剣舞は濃密な力の塊を身体に纏い、纏ったその箇所に対して力を底上げする。脚に付与すれば脚力が上がり、腕に付与すれば腕力、剣に付与すれば攻撃力や切れ味などそんな具合に。
そして、剣舞の段階が進むごとに力の密度と出力が飛躍し、それに伴って纏っている場所の強化の度合いも急激に跳ね上がる。
しかし、剣舞は段階を経るごとに莫大な力を生み出すことにもなるが、一方でその代償に持続時間が目に見えてドンドン減り、更には剣舞を集中させた箇所に力が集まるためそれ以外の箇所が手薄になり滅法ダメージに弱くなるという、背水の陣のような一面があるという。
だから、短期決戦で出来るだけ早く勝負を決めなければいけない時や、その場凌ぎが出来れば御の字の時など、基本的に戦いの最中は剣舞は全身に張り巡らせておいて、ここぞと言うときに剣や腕など攻撃に集中させるのが、リリスさんの余程のことが無い限りのセオリーだと言っていた。
「――――」
そのリリスさんから教えて貰った剣舞の集中と拡散の拡散を応用して、魔力をあらかじめ自分の周囲に薄く張り巡らせることで、敵――今回の戦いで言えばマルスさんの接近と刺突を感知することが出来たのだ。
「気付かねぇ―ほど薄くかよ……でも、だからどうしたって言うんだ!!」
マルスさんの言う通り、僕の周囲を囲っている魔力は気が付かないほど薄くしてある。よくよくは燃費や気付き辛さの点でもう少し薄く出来るようにしなければならないとは思っているが、現状冒険者の中でも魔法を専門に扱う魔法使い、もっと言えばそれなりの実力のある魔法使いでなければ、この濃度の魔力ならばまず気付かれないだろう。
だが、次もマルスさんの言う通り、間合いに入られたことに気が付いたところで、マルスさんが繰り出す刺突の速さや威力などは依然として対処が困難なほど強力である。
何かしらの工夫が無ければ、僕の実力では目を貫かれて終わるだけだ。
「これならどうですか!」
僕は懐からおもむろに、もう一つの剣を取り出した。
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