第237話 一閃

「――――」


 リリスさんとの距離はほんの数十メートル。木々が複雑に入り組んでいるとは言え、リリスさんはそれを風のように物ともせず移動をしており、対照的に追われている僕は自然が作り出した迷路の複雑さに未だてんで対応出来ていなかった。


 そのため、このままのペースで行けば、数分後にはリリスさんに追いつかれてしまうだろうと容易に予想が付いた。


「そのままで良いの?」


 さっきよりも明らかに近付いてきているリリスさんに焦りが募る。


「何か……」


 リリスさんは剣舞を使っていないため、僕が劣っているのは複雑な地形下での身のこなし方だけだ。そして、ステータスの数値自体や僕が行く先を決められる追いかけっこという特性から、その他の面では圧倒的に有利。


 だから、身のこなしさえどうにかすれば、この状況を打破出来る。


 そう思い、逃げる速度を僅かに上げるも、そう問屋が卸して貰えず、眼前に突如として現れた鋭い枝が、目を貫こうと迫ってくる。


「――――ッ!!」


 森の不気味な暗さと自然のランダム性によって生み出された、死角からの枝の出現により危うく目を貫かれそうになったが、手に持っていた剣を咄嗟に目の前にかざしたため、すんでの所で迫ってきた木の枝から免れられた。


 しかし、咄嗟に剣を出したとは言え、鋭い枝が目に迫ってくる恐怖のせいで走っていた速度はだだ下がりし、


「――見えた」


 至近距離で聞こえた声に反応して剣の反射で後ろを盗み見ると、リリスさんの姿がはっきりと見えた。つまりリリスさんと僕との距離は10メートルを切ったということとなり、ついにリリスさんに追いつかれるまで秒読みとなってしまった。


「とりあえず1回目」


 鬼ごっこの鬼であるリリスさんの手が肩へと迫ってくる時、


「――――」


 この世界に来てから色んな人の助けがあったものの、僕は基本的に剣だけで道を切り開いてきたことを思い出す。


 オーク。ガンダ。ベルーゼ。大鬼。


 いずれもその時その時では圧倒的に格上の相手だったが、周囲の人の助けを借り、そして剣で倒してきた。


「一か八か……」


 僕には世界中の誰よりも優れている何か特別な才能があるわけではない。それでも、僕なら出来る。何故なら、今までだって出来たのだから。


「――――」


 肩に手が伸びてくるのを感じながら、剣に有りっ丈の力を込め始める。一気に力が注がれるに従って剣はだんだんと光を纏い始め、その光は次第に眩い物となる。そして、手が小刻みに震えるほど今あるだけの力を込めた瞬間、剣を振りかぶった。


「はぁぁぁぁ!!!」


 今まで要所要所で使ってきた、ある程度剣士としての実力や経験があれば誰でも出来る。だが、それでも僕にしか出来ない技。


――紫電一閃しでんいっせん


 眩い光は力の奔流となって、薄暗い森を太陽が落ちてきたかのように光り輝かせた。


「「…………」」


 僕たち二人は余りの眩しさに思わず鬼ごっこと言うことを忘れて脚が止まり、ただその場で目を細めることしか出来なかった。


「…………」


 そして、数秒の後、目も眩むような光がようやく収まった時、僕の肩にはリリスさんの手がトンと置いてあった。


「あ……」


 この森のように複雑に入り組み、時には予想だにしない動きも咄嗟に出来なければいけないぐらい、まだまだステータスに頼らない動きを練習する余地があると僕は知った。


 だが、それ以上に大きな収穫が光の消えた眼前に広がっていた。


「こんな早く見つけるなんて……」


 僕はあの時考えた。


 今まで進むべき道の先にあった障害はこの剣で切り開いてきた。同じく、目に見える見えない問わず木々が邪魔をして思うように先に進めないのなら、それらを物理的に切り開いてしまえば良いのだと。


 その結果、強敵が現れた際、いつも通り剣に今あるだけの力を全て込め、一か八かと思いっきり振ってみたら、先ほどまで邪魔で邪魔で仕方がなかった木々どころか、それらを集めた森自体が僕たちの目の前から消失していた。範囲としては100メートルは下らないだろう。


「――――」


 今までもこの技を使っていたが、今回はひと味、いや二味、三味……それどころではない、次元が違うほどの威力をまざまざと見せつけた。


「リリスさんこれって」


 リリスさんは言う、元来技というものは自分自身の中に最初から存在しているため、その点ではすぐに見つけることが出来ても何等おかしくはない。

 それでもどれだけ自分自身を見つめ直し、どれだけ省察したとしても、冒険者の中で自分だけの技を生涯の内に見つけられる人はごく僅か。


 そのため何のフィルターを通さずにありのままの自分を客観的に見てくれる師となる人を見つけて、ようやくスタートラインに立ったと言うに相応しい状態となるのに、自分だけの力で見つけたのは今までで聞いたことが無い、と。


「しかもこんなに早く」


 リリスさんは愕然としていた。それも開いた口が塞がらないほど。


「君ってほんと何者なの……」


「リリスさんの弟子ですよ」


 この世界生まれこの世界育ちのリリスさんに、地球から来ました、とは本気はもちろんのこと冗談でも言えるはずもなく、感謝の意味も込めてそう言った。


 しかし、リリスさんは軽口で返されたと思っているのか、質問を躱されたと思っているのかは分からないが、納得がいかないような不満そうな顔をしていた。

 ところが、余計な詮索は師弟関係ではあるが、その前にお互い冒険者同士であるため、ご法度。それ以上は言及してこなかった。

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