第235話 戦技
「今日はあっち行こう」
リリスさんはおもむろに森を指さした。
「森ですか……良いですけど、何をするんです?」
リリスさんが言うには、僕は最小限の力で最大限の動力を生み出す技術の大半を一通り取得出来ていると言う。それどころか、リリスさんと初めて対戦したときにリリスさんが僕の剣を受け止めた技、自分に掛かっている力を別の方向に逃がす方法も完璧とは言えないまでもそれなりに出来ていたらしく、あとはもう総合的に実戦感覚を身に着けていくのが一番とリリスさんは言った。
「でも、マルスさんには全く敵わなかったんですよ?」
リリスさんの指導方針には、これまでやってきた事も含め、何の疑いもない。実際にマルスさんと戦ってみて、日に日に強くなっているのが明確に分かっているからだ。
しかし、今日戦ってみてやはりというか実感させられたのは、マルスさんとは根本的に強さの根源が違うことだ。そのためどれだけ身体の使い方が上手くなろうと、単純な力が強くなろうと、必死に行なっている努力で僕がどれだけ進歩しても、所詮はマルスさんの足下でミリ単位の成長を遂げていることにしかならない。
つまり、僕がこのまま修行を続けたとしても、井の中で偶然にも大海を知っただけの蛙でしかないのではないかと疑問に思ったのだ。
「マルスは今日3割の力を出した。普通そこまで引き出すには冒険者歴が二桁行かないと無理」
マルスさんは人と戦うときには基本的に剣技を封印しているという。何故なら、剣技を使えば大半の冒険者の身体は姿形が分からなくなるほど、もっと直接的な表現で言えばそれが人間だったのか、あるいは動物の肉だったのか分からない程までに損傷してしまうからだという。
そんなマルスさんの剣技に耐えられた僕は、大半の冒険者よりも、そして冒険者歴が二桁に達した中堅冒険者よりも実力があることの証明になっている。だが、僕が目指しているのは、そこらへんの冒険者よりも強い、ではなく、リリスさんやマルスさんと肩を並べられる、もしくはそれ以上に強くなることを最終目標としているため、大半の冒険者が耐えられないマルスさんの剣技を耐えきっただけでは到底満足できないのだ。
「それには君だけの技を身につける必要がある」
一流冒険者とそれ以下の冒険者、その違いは何か。そう聞かれたら後者は真っ先に才能と言うだろう。自分たちは才能が無いから一流にはなれなく、一流の冒険者たちは才能があったから一流になれた。ただそれだけのことだ、と。
しかし、前者の一流冒険者たちの答えは違う。
「私たちは技を身に付けるまでは君たちと同じだった。ううん、今の君よりも圧倒的に弱かった」
一流冒険者は言う。自分たちは誰も彼も自分の技を持っている、自分だけが使える戦技を。
「今の君と単純に剣の実力で戦ったら、トップ冒険者でも勝てるか分からない。でも、剣の実力だけじゃない実戦形式で戦ったら本気を出さずとも勝てる」
トップ冒険者よりも鋭い剣を振る人、重い剣を振る人、圧のある剣を振る人、巧みに剣を振る人、などなど単純な剣の腕で上の人は探せばキリが無いという。しかし、どれだけ剣の腕が上だろうとも、技を持っているか持っていないかその一見して僅かな差によって、勝負は火を見るよりも明らかとなる。
「だから、そのために今から実戦と技の習得」
リリスさんはもう一度森へと指を指した。
「趣旨は分かりました……でも森で何をどうするんですか?」
森の中は移動用にと舗装されたあぜ道のような場所以外は基本的に木が鬱蒼と生えており、枝と幹によって上下左右に入り組んでいる。しかし、リリスさんの事だから誰にも邪魔されずに、しかもどれだけ派手にやっても周りに迷惑が掛からない場所で先ほどの、実戦と剣技の習得をやるのかと思っていたが、
「森で鬼ごっこ」
「……鬼ごっこ!?」
「そう、鬼ごっこ」
そうして僕たちは鬼ごっこをしに森へと足を踏み入れた。
「確かに鬼ごっこをするにはもってこいですけど……」
森へ入ってみると木々達が鬱蒼と生い茂っているものの、密になりすぎず丁度良い感じに枝や幹の隙間があるため、ここ数日間で僕が身に付けてきた歩行や方向転換、停止など様々な技術を実戦以上に活用しなければならない状況へと奇しくも設定されていた。
「ひとまず剣技の説明する」
そう言ってリリスさんは剣を取り出した。
「私のは前にも見せた通り、剣舞――こういう風に剣気を纏って身体能力を上げる」
そう言って見せてくれたリリスさんの剣舞は、いつ見ても息を呑んでしまう。それぐらいリリスさんの纏う雰囲気が研ぎ澄まされ、存在感が一段上へと昇華するので思わず圧倒されてしまうのだ。そして、剣舞を解除すると、
「マルスのは剣気を自然の力に変えて様々なことが出来る。攻撃にも守備にも応用が利くから強い」
と、マルスさんの剣技を説明してくれた。
今日使った、
今日使った技以外にもまだまだ強力な技を持っているらしいが、修行として支障が出てしまうため、これ以上は教えないと言う。それもそのはずで現実は相手の技などは事前に知らない事が多いし、そもそも技の説明を知ったところで対処できるレベルにあるなら、今頃は修行なんてしていないだろう。
「技は一朝一夕に身に付かないから、今回は長期戦」
技は一朝一夕には思いつきも、身に付きもしない。しかし、それを習得しているのとしていないのでは、一流との間には大きな溝が生まれてしまうので、もし一流になりたければ何が何でも身に付けるしかない。
そして、本当の意味で誰も持っていない冒険者としての個性とも言えるそれを身に付けるのに、相当な時間が掛かってしまったとしてもそれ以降一生掛かっても使い切れないほどのお釣りが返ってくるという。
「僕だけが出来る技……」
僕はリリスさんやマルスさんのように何も特別なものを持っていない。それどころか、少し前までは虐められていたし、それを甘んじて受け入れていたほどだ。
そんな僕が自分だけの技を見つけろと言われても、今一ピンと来なかった。
「最初はみんな悩む。だから、ゆっくり自分と向き合って」
「…………」
平常時ならばゆっくりと自分と向き合う時間を用意し、自分だけの個性を深掘りできただろう。しかし、焦りは禁物と再三言われてはいるが、街の人々の生活を考えると自然と気持ちは逸ってしまうものだ。
それを見越してかリリスさんは、
「とりあえず修行しながら」
と、僕がなるべく焦らないように鬼ごっこという今までの総復習が出来る修行メニューを考えてくれていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます