第234話 称賛
「――――ッ!」
マルスさんの攻撃によって地面に向かって弾き飛ばされ、背中を強打。その衝撃で地面には僕の身体を中心に月のクレーターのように円形の大きな窪地が形成されるが、ぶつかった後身体は地面に押し返されて跳ね上がることはなく、そのまま地中へと押し込まれていく。
上空から地面、ここまで離れていてもまだマルスさんの剣技による力が到達しているのだ。
「てめーの負けだ」
気が付けば身体全身を押しつぶさんとしていた圧力は消えていたが、動けない僕の首元にはマルスさんの手によって剣が当てられており、負けたことが確定した。
「……ほらよ」
マルスさんはぶっきらぼうながらも身体の痛みが一気に引いてくおそらく上等な回復薬を掛けてくれた後、地面で倒れている僕に向かって手を差し伸べてくれた。
前にも使ってくれた回復薬だけならまだしも、いつもとは違う手を差し伸べる様子に戸惑っていると、マルスさんは、
「早くしろや」
と怒りを露わにしたが、それでも差し伸べてくれる手はそのままだった。
「あ、ありがとうございます……」
今度こそマルスさんの手を取らずにいたら殺されるかもしれないと、先ほどの怒りの表現で感じ取った僕は、遠慮しながらも確かに手を取り、立ち上がる手助けをして貰った。
「何だ、その……最後の対処は見事だった」
ぼそっと小声で言った称賛は、猪突猛進な初撃を躱したときの戦いの最中に聞いた称賛とは明らかに違った。後者が自分よりも能力が劣る者に対しての称賛とするならば、前者のは能力が同等の者に対する尊敬を含んだ称賛のように聞こえた。
「――――」
最後、マルスさんが
また膨大な熱が僕へと届いた間際、身体を焼き焦がされまいと有りっ丈の魔力で身を包み、かつ前方から来る巨大な力を背中側に逃がすことでいずれ来るであろう地面との衝突の威力を軽減させた。
「――――」
もっとも、マルスさんの噴火はエネルギーを爆発させる一発限りではなく、風船が空気を入れられ膨らむように継続的に力が周囲へと発せられていたため、その点地面にのめり込んだのは誤算だった。しかし、それでもやるのとやらないのとでは生存率が大きく変わっていただろう。
下手したら回復薬でも治せない重傷の状態から、死に至るまでいっていてもおかしくはなかったのだから。
「ありがとうございます」
僕は心の底から嬉しかった。一昨日そして昨日と手も足も出せずにこてんぱんにされたあのマルスさんに、尊敬混じりの称賛をされたことが。
しかし、若干鼻を高くしていた僕だったが、マルスさんは釘を刺す。
「だが、てめーがまだ弱いことに変わりねぇーからな。明日までにもうちっと強くなりやがれ」
そう言ってマルスさんは、踵を返し街の方にスタスタと歩いて行った。
「あれでもマルスは君のこと認めてるんだよ」
リリスさんはマルスさんの背中を見ながら言った。
「それはもう重々分かってます」
言葉や行動はぶっきらぼうでヤンキーのようでも、マルスさんの中心にははっきりと優しさがある。とっくの前から気付いていた。何故なら、ここの草原が毎朝来る度に綺麗になっているから。
ここら辺の草原は僕たちが戦う度に抉れたり、焼かれたり、へこんだりしている。しかし、草原に何かしらのダメージが与えられた次の日に当たる昨日と今日いざここに来てみれば、前日のダメージはすっかりと綺麗になっており、また青々しさが見て取れた。
もちろん他の人が街の外の見回りついでに修復をやっている可能性もあるが、僕たちの修行が終わる夜に派手とは言え草原の損傷に気付くのかどうかは疑問だし、草原の状態が見える頃の明け方はマルスさんが修行としてこの場所を選んでいるため、近付くのは容易ではない。
そのため、十中八九マルスさんがこの場所の手入れをしてくれているのだろう。
「――――」
またマルスさんは冒険者として実力があるので、リリスさんの紹介だとしても一介の冒険者の僕の面倒を見る義理はないはずだ。それでも、僕の修行に付き合ってくれて更に今日に至っては修行の総復習をするように剣技の雨や雷、噴火と様々な技を出してくれ、僕に試練を与えてくれた。
以上の修行場所である草原の手入れをしてくれたり、修行の成果を確認させてくれたりと、マルスさんの中心にある優しさと、期待されていること、どちらも火を見るよりも明白だった。
「――――」
しかし、分かってはいても改めて長年の付き合いらしいリリスさんの口から期待されているという事を聞くと、身震いがするほど強烈な鳥肌が止まらなかった。
カイト、フランさん、アルフさん、リリスさん、マルスさん、そしてもちろんさくらにも、これだけ凄い人たちに期待されていることがどれだけ嬉しいのか、言葉では言い表せないほどの高揚感が、草原を吹き抜ける爽やかな風と共に、胸を駆け巡った。
「それじゃあ今日も修行、よろしくお願いします!」
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