第233話 剣技

 一昨日と昨日に引き続き、僕はまた早朝にマルスさんと対峙していた。


「ちっとはマシな構えになってきたじゃねーか」


 毎日のルーティーンを変えたのかマルスさんの立ち姿は更に洗練されていて、昨日とはひと味もふた味も違うことが見るだけで明らかだった。


 しかし、僕も一昨日よりも昨日、昨日よりも今日と、リリスさんとの修行を経て着実に強くなっているはずだ。その証拠に、マルスさんの目つきは醸し出す雰囲気とは同様、今までとは明らかな開きがあることが窺えた。


 つまり、僕に対してそれなりの脅威を感じているということだ。


「今日もよろしくお願いします!」


 冒険者2位が放つ圧倒的な上位のプレッシャー。まるで光が一つも届かない深海に押し込められたかのような閉塞感は、マルスさんという存在がただ立っているだけで息を詰まらせる強力な力を持っていた。そのため、緊張と恐怖、不安が真っ黒な靄となり胸を占領しようと迫ってくるが、


「自分のやってきたことを信じて」


 後ろにいる師匠――リリスさんの鶴の一声で、どす黒い物達は胸中から瞬く間に消え去った。


「大丈夫……僕は成長してる」


「そんじゃ殺すつもりで来いよ」


 僕が剣を構えた瞬間、マルスさんは堂々と真っ直ぐ向かってきた。しかし、その早さは目にも止まらない早さである。


「やるじゃねぇーか」


 何の変哲も無い猪突猛進と言える普通の一撃。ただし、それが普通の人が同じ事を見よう見まねでしたのならばの話だ。


 というのも、普通の人がマルスさんと同じこと、つまり駆け引きも何もなく、ただ剣を相手に突き刺すような刺突の形で手に持ち、ただ走ってきたら対応にはそれほど困らない。


 何故なら、刺突は当たれば一点に力が集中するため攻撃力という点では強力だが、たった一歩横に動くだけで避けられるほど当てるのが困難な攻撃だからだ。


「――――」


 しかし、常人が行なうのとは訳が違うマルスさんの刺突は、威力もそうだが、問題はもっと別の所にあった。それは、スピードだ。


 常人が戦闘開始からすぐに刺突を相手に当てようとする場合、普通なら最初は動き始めのため遅く時が経つにつれて徐々にスピードが乗ってくる、もしくはそれなりの実力者になれば最初はトップスピードが出せるが、その瞬発力は文字通り瞬発的な物でしかなく結局は一時的な物で、距離にも拠るが目標に届くまでには最初に出たトップスピードからはがくっと早さが落ちてしまう。


 だから、どちらも対処は容易いということになる。


「――――」


 だが、マルスさんの場合は最初から姿が消えたのかと思うほどのトップスピードであり、そこから早さが落ちるどころか目に見えてグングンと伸びてくる。


 そのため、何とか姿を捕らえることが出来、反応も出来たと思っても自分の元へと辿り着くまでにも加速してくるので、このぐらいで来るだろうと到達を予想したよりも全然早く到達する。


 その結果、気が付いた頃には目の前にマルスさんは迫っており、その手元にある剣は自分の身体にいつの間にか届いているという、一種の認知的な錯覚を引き起こすのだ。


「――――」


 故に常人が同じ事をすればただの能なしと嘲ることも出来るが、マルスさんが行なえば、それは一撃必殺の強力な攻撃と昇華する。


 しかし、嫌な予感と直感を肌に感じた瞬間、迷わず横に飛び退いた僕に当たることは無かった。


「――――」


 昨日の最初の攻撃と文字面で見たのならば大体は同じになるだろう。だが、内実は似て非なる物で、早さも力強さも技術も全くと言って良いほどレベルが違う。例えて言うならマルスさんが昨日最後に出したマルスさんの本気のほんの一端を見ることが出来たあの足踏み――震脚と同じくらいの熱量を持っていただろう。


 そんな一撃を躱した応酬としてマルスさんの称賛を聞いていた僕は、胸をほっと一撫でした。


「何とか避けられた……」


 だが、安心したのも束の間、


「もうそこまで来たんだなぁ――そんじゃこれはどうだ!」


 マルスさんは空に向かって剣を何振りかした。


「――――!」


 空に向かって放たれた大量のエネルギーを内包した数本の太い剣撃は、空中でそれぞれ細かく分散し、小さな剣撃となって無数に僕の方へ向かって来る。


「剣技・レイン


「――――ッ!」


 初めて名前付きで繰り出されたマルスさんが振らせている剣技――レインは、空に向かって剣を振ってから僅かな間に、こちらへと降り注いできた。


 昨日の僕なら、大小様々な大きさで降り注ぐこの剣撃に為す術も無く次々と撃たれ、おもちゃのボールのように弄ばれた後呆気なく倒れていただろう。しかし、昨日の僕とはひと味ちがう。


「――――」


 上空から大きさも位置も角度も何一つとして同じ物はないほどランダムに振る剣撃を、リリスさんと修行した賜である方向転換を駆使して、時には右、時には左、そして前や後ろと、剣撃が地面に当たり土や草が爆ぜる中を360度、縦横無尽に駆け回った。


「――――」


 やはり修行の相乗効果は凄い威力を持っていた。方向転換は歩行を強化し、急停止は方向転換の精度を格段に底上げしており、必要に応じて緩急を付けた動きがいとも容易く出来るようになっていたのだ。

 そのため、規則がないことが規則になっている剣撃も臨機応変に対応出来るので、集中を途切れさせなければ当たることはないと確信した。


「まだまだ遊ばせろよ」


 まだまだ剣撃が降り注ぐ中、マルスさんは空へと上り、今度は剣を振りかぶった。


「剣技・サンダー


 マルスさんが剣を一気に振下ろす間際、初撃の突進よりも強い嫌な予感がゾワゾワっと背中を撫で回した。


「やばい――!」


 もう逃げようが無い、そんな予感に従うように僕は咄嗟に剣を構え、防御の態勢を剣撃が降り注ぐ中取らざるを得なかった。


 幸い咄嗟の判断にも関わらず、比較的降ってくる剣撃の数が少ない場所へと移動で来たおかげで、そちらの影響は最小限に留めることが出来たが、背中を撫でた嫌な予感以上にマルスさんの次の攻撃は強力だった。


「今度は逃げられねぇ―ぜ」


 剣を振り追えた後、マルスさんは挑発的な笑みを浮かべたが、こちらはそれどころではなかった。


「――――ッ!!」


 急ごしらえとは言えしっかりと体勢を整え、防御の態勢は出来ていた。しかし、横に掲げている剣にのし掛かる力は常軌を逸しており、踏ん張っている脚が後ろへと押され、更には地面の中へと沈まされていた。


「くッ!!」


 先ほど出した雨の比では無い。それこそ現実の雨と雷の関係のようにザーザー音を立てて降る中でも一際目立ち目を引く雷のように、今剣にのし掛かっている力は比べようもなかった。


「そんなんじゃ潰されんぞ」


 マルスさんの言う通り、このままでは圧倒的な力の前に屈服する道しか残されていない、じり貧状態。


「力を……」


 推進力と停止力を扱う停止のように、力を打ち消すには同じ力を反対のベクトルでぶつけなければいけない。しかし、この雷を打ち消すような圧倒的な力はまだ僕にはないため、それはどだい無理な話だ。


「それなら……!!」


 百の力を押し返すには、百の力が必要だ。だが、百の力の角度をずらすことならば、その半分で事足りるだろう。それは僕がまだ方向転換の直角が出来なかった時に編み出した、曲がるときにカーブを描くやる方のように。


「――――!!!」


 まだ直角に曲がることが出来なかった時、カーブを曲がる際は左右の歩幅の違いを利用して、直線的な力を斜め前へとゆっくりと変換していた。その応用で、両手で持っている剣に対しての力の入れ方を右手と左手とで微妙に差を出すことによって、真っ直ぐに向かってくる力を徐々に横へとずらす。


 そして、雷の力の方向が僕から逸れたところで一気に力を抜き、僕の剣に雷のエネルギーを乗せた。


「お返しです!」


 身体の横で雷の力に押されるが、それを利用し身体を捻ることで剣に雷のエネルギーを乗せたまま、左足を軸にその場で回転。剣の角度と力の入れ方を工夫することで余すことなくマルスさんへと雷のエネルギーを剣に乗せ、そっくりそのまま振り返した。


「な!?」


 空中で高みの見物をしていたマルスさんは目を見開く。しかし、自分で出した技であり、僕が剣で持ち堪えた分の力は減っているため、対処は容易いだろう。


「――――」


 だが、そんなこと雷のエネルギーを剣に乗せていたときから分かり切っていたことだ。詐欺師に同じ手法の詐欺では通用しないと。


 だから、僕は雷を技を繰り出した張本人であるマルスさんへと返すとき、残りの1割、僕が何の苦も無く扱える力をこっそりと剣に残していた。


「こんなんで勝ったつもりになるなよ――!!」


 その剣に残した残り1割の力、それを地面に向かって放つことで上方向への推進力へと変換し、返した雷の後ろに隠れて、同じくマルスさんへと向かっていた。

 そのため、案の定空中で雷を片手間に打ち消したマルスさんを、僕はエネルギーの塊であった雷の後ろに息を殺しながら隠れ見ていた。


「まだ終わりませんよ」


「丸腰じゃねぇーか」


 僕が雷と共に自分の元へと向かってきていたことに僅かに驚いていた物の、マルスさんは飽くまでも冷静だった。そのため、向かってくる僕に対してすでに剣を突き出していた。しかし、マルスさんが一流であるからこそそれも僕の中では計算済みだ。


「これが僕の本気です」


 僕は見えないように手に持っていた髑髏が描かれている小瓶をその剣先に向かって投げた。


「それは……まさか――ッ!!」


 マルスさんが自分に向かって投げられた瓶がステータスを初期化する禁忌薬が入っている瓶と気付いた時にはもう剣先に瓶がぶつかっており、ガラス瓶はすでに中身をまき散らし始めていた。


 そして割れた瓶の細かい欠片も、毒々しい見た目をした中身も、慣性に従ってマルスさんの元へと向かっていた。


「――――」


 正直禁忌薬をどの程度摂取すれば、あるいは塗布すれば効くのかは分かっていなかった。それでもこうしてマルスさんに瓶を投げたのは、この薬に頼らざるを得ないほどの高ステータス冒険者を捕らえる為なのだから、例え少量でも飲んだり身体に付いたりすれば効くという予想を立てていたからだ。


「まさかこれを出すとはな……」


 反則に近いことを行なったためいくら何でももう対処のしようが無いと思っていた矢先、マルスさんの一言と共に、この戦況を一気に覆す強力な技が出された。


「剣技・噴火ボルケーノ


 マルスさんの身体から肌を焼き焦がす膨大な熱が爆ぜるように発せられ、飛ばした薬とガラスの欠片はすぐさま蒸発し、気が付けば僕は地面に叩きつけられていた。

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