第232話 実践
「それじゃあ、今度は私が止まるタイミングを指示する」
停止を精度を上げるためにひたすら練習し、成功体験を数十回積み重ねていた時、リリスさんは剣を手に持ちながらおもむろに近付いてきた。
「――――」
リリスさんが剣を手に持っている事に加え、何かを確かめるように軽く素振りをしている様子を見て、嫌な予感が汗となって地面にポツポツと垂れた。
「まさかですけど、その剣は使いませんよね……」
あれから数時間ぶっ続けに停止を練習したため、今は十中八九思った通りのタイミングで止まることが出来るようになっていた。だから次は実戦でも使える様に、停止を行なうことに集中せず無意識に出来るように、停止ではない他の事を考えながら練習しようかと思っていた。
そんな矢先だったが、それはどうにも叶わないらしい。
「私がやるから、避けて」
「僕まだ完璧じゃないんですけど……」
今までとは違いさすがに高難易度な技術なことだけあって、数時間練習しても完璧に習得したとまでは言えないレベルだった。そのため、今からリリスさんの剣を避けるような実践的な練習をこなせる自信は何処にもなかった。
「良いからやる」
リリスさんは僕の不安な言葉と気持ちをスルーし、ゆっくりと剣を構えたかと思えば、突然今話していた場所から姿を消した。
「――――!!」
その瞬間、背中にビリッと電流が走ったかのように強い悪寒が駆け抜け、無我夢中でその場所から脱兎の如く飛び退き、移動している最中振り返る。
「まだ遅い」
最速であると言っても過言ではないほとんど何も考えずの反射にも関わらず、リリスさんからすればまだまだ足りないらしく、精度と速度を高めないと、と今後の課題を頭に書き留める。
「――――!!」
今度は右肩に、限界まで熱した鉄を前にしたような思わず息を吐き出してしまう膨大な熱を感じたので、咄嗟に左側へと避ける。
すると、またしてもその場所ではリリスさんが剣を容赦なく振るっており、一秒にも満たないほんの僅かな時間でも遅れれば、今頃縦にスライスされ身体の前後で真っ二つになっていたのは明白だった。
「――――」
緊張と恐怖に身震いしたのも束の間、たった二回で終わるはずもなく、それから数十回少しも気が抜けない実戦さながらの修行は続けられた。
上からの攻撃は加速させることで避け、地面に同化したようなスレスレの一振りは推進力を上へと変換させ、跳ねることで避けた。
そして、僕が剣に自分から向かっていく形となる真正面からの刺突は、推進力を停止力でもって相殺させることで免れ、次のリリスさんが向かってくる状態での振りは推進力を大幅に上回る停止力、いや後退力でもって真後ろに退き回避。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
消えては現れ、消えては現れの繰り返し、それに加え当たることは許されないほどの剣の威力は精神をすり減らすのに十分すぎるほどの力を持っていた。
そのため、息も絶え絶え足はガクガクの僕は、リリスさんが最後に出した身体の周り1センチほどを隈無く剣撃で囲んだ、高度すぎて意味の分からない剣術を避けるためにピタリとその場で完全に停止したことを期に、その場で崩れるように倒れてしまった。
「リリスさん、もう無理です……」
「このぐらい目瞑って出来るようにならないと駄目」
後手後手だった僕よりも、次々と先回りをして剣を振っていたため圧倒的に運動量が多いにも関わらず、剣を仕舞いながらそう言ったリリスさんは息を一切切らしておらず、立ち姿からも余裕さが滲み出ていた。
そのため、リリスさんに届くまではまだまだ時間がかかることを改めて痛感した。しかし、思いの外リリスさんは手応えを感じていたようで、
「でも、今までの応用も出来てた」
次の修行でやろうとしていたことは、直進している状態から停止を応用して自分の肩よりも後ろ側に退くこと、そしてその次は完全に後ろへと後退することだったらしいが、必死だったため気が付いていなかったが、言われてみればそんなようなことも出来た気が薄らとしていた。
「あと跳躍も少し出来てた」
リリスさん曰く急停止が一番難しいとすると、人によっては一瞬で出来てしまう人もいれば下手したら一生掛けても出来ない人がいる、センスというか相性が必要で、人によって習得に掛かる時間の個人差が天と地の差がある一番厄介な代物なのが、跳躍という技術だという。
センスや相性とは言っても、一瞬で出来るのは一握りの人材だけで、こんな易々出来る人は珍しいとのこと。
「普通そんなぽんぽんと出来るはずがない」
一番難易度の高い急停止に続いて、一番厄介な跳躍と、なんだかんだあった物のあっという間に出来るようになった僕に、半ば呆れ口調のリリスさんだったが、その顔は少し嬉しそうで薄らと微笑みが見て取れたのは言わないでおこう。
それから間もなくステータスが元に戻ったおかげと、回復薬のおかげで身体が動かせるようになり、ぼちぼちと町へ帰ることにした。
「それじゃここで」
リリスさんと僕は昨日と同じく、冒険者ギルドの前で互いに別れを告げた。そしていつも通り研ぎ澄まされた刃と称されるのに相応しい凜々しい後ろ姿を見送る最中、ふと疑問が浮かんだ。
「昨日に続いて今日も、この時間からリリスさんは何をしているのだろう」
今冒険者ギルドはと言うと、ダンジョンへは原則立ち入り禁止とされているので、ダンジョンから持って帰ってきた魔石やドロップを買い取ったり、ドロップで何々を持ってきて欲しいなどの誰かからの依頼を斡旋していた本来の機能は果たせていない。
そこで、どちらからと言えば生活に必要な魔石を配る配給所としての役割を担っているのが現状だ。
そのため、ダンジョンでの成果を冒険者ギルドへ持ってくることを生業としていたほとんどの冒険者は立ち寄る意味が一切無く、自分が使うだけの魔石は十分確保してあるだろう実力のある上級冒険者以上の強者は、魔石をお金のために売却していた普通の冒険者よりも更に立ち寄る意味が無いはずだろう。
「でも、今のところ二日間とも冒険者ギルドに……」
上級冒険者の中でも十分すぎるほどに蓄えてあった魔石をギルドへ寄付しているというのもあり得るが、必要以上に持っていた冒険者は僕含め大体がダンジョンが封鎖された初日にギルドへ寄付しているはずで、それからは立ち寄る理由も特にないため、それもどうやら薄そうだ。
「――――」
そんなこんなを考えながら歩いていたら、やっと身体を休ませることが出来る寮に着いたため、
「明日聞けば良いっか」
と、結論を出すことを後回しにした。
後にこのことが街中騒がせる大事件に繋がることを知らずに。
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