第230話 試み

「――――」


 先ほどリリスさんの手伝いあって感じた、進む力と止まる力、それらが完璧に相殺し合った停止の成功感覚。例えようもないその感覚は今までに感じたこともない、何かにぶつかったわけでもなく、かと言って後ろから引っ張られたわけでもない、けれど気が付いたら結果的に止まっていた、という奇妙な感覚だった。


 そんな筆舌にし難い感覚を忘れまいと、頭の中で反芻しながら必死に考える。


「そうか、僕は今まで次々と変わる推進力に合わせよう合わせようとしていた」


 だから、止まろうと思った時にすぐに推進力を計算し、それに合わせて止まる力も一瞬の内に出さなければいけない状態に自ら陥らせていた。そのため切羽詰まった結果、推進力と停止力が合わせることが上手くいかず、時に前に倒れ、時に後ろに倒れるなど安定とは程遠い状態になってしまっていたのだ。


 しかし、今回リリスさんが行なったこと――つまり突進してくる僕に対して、向かってくる力を予測して、予測した力と同じ力の斬撃を的確に飛ばした事から分かるように、その瞬間瞬間の推進力の予測は極めて至難の業だが、全体として一歩引いて見ると推進力の低下は大体一定になる。


 なので、まずはどのくらいの力で止まるかの停止力を、大まかでも先に決めてしまえば良い。その後で、減ってきた推進力が停止力とぶつかる瞬間に前もって決めていた停止力を使って停止を実行すれば、こちらの方がまだ安定するだろう。

 少なくとも、わざわざ自分で難易度を上げていた前よりは。


「――――」


 あとはリリスさんの縦になっていた三日月型の斬撃を剣で切ったときと同じように、どこか一箇所で止まるようにするのではなく、身体全体で進む力を相殺するようにすれば、もっと安定するかもしれない。


「……よし!」


 準備は整った。


 リリスさんが教えてくれたコツから、僕が現時点で可能なことが二つ浮かび上がった。停止力を前もって決めることと、身体全身を使って推進力を相殺すること。


「――――」


 まずは先ほどと同じく右足に力を溜めて、爆発的な速度でスタートが切れるようにする。


「今だ!!」


 右足が十分な熱を持ち、今にも爆発しそうになった時に溜めた力を解放する。そのおかげで今まで止まっていた景色が弾かれたように後ろへと流れ始めた。


「とりあえずはこのぐらいにしよう」


 そして作戦通り、推進力を完璧に押し殺し、かつ対する停止力自身も余力を残さない程度の力で決めた。その間にも推進力は目に見えて減っていくが、おおむね予想していた範疇に留まっているので、ひとまずは安心だろう。


「――――」


 最後に身体全身を使って進む力と止まる力をぶつけるのだが、これをどうやってするか決めあぐねていた。


 リリスさんとの時は、斬撃に向かって大きく縦振りした剣によって反発する力の範囲を広げていたが、基本的に修行の時は何も持たずに挑んでいる。道具で補佐した状態で出来ても、実践で補佐無しで使えなかった場合意味が無いからだ。


 とは言うものの、今回ばかりはそもそも出来ていないので、致し方ない。


「――――」


 僕は補助として使うべく、剣を取り出した。


「――――」


 そろそろかな。


 色々と考えている間に前に進む力が徐々に弱まっていき、当初予定していた丁度良いタイミングとなっていた。


「今度こそやってやる!!」


 端から見れば初速と比べても見劣りしない位の早さは保っているだろう。けれど、体感的にはしっかりと遅くなっているのが感じられ、前に進む力が徐々に力を落としているのが分かる。


 そして、予定していた場所まで推進力が落ちたところで、


「今だ!!」


 推進力に対して準備していた停止力を剣に伝え、一気に振ることで停止を試みる。スローモーションで剣を振る最中、景色の流れるスピードが一気に遅くなり、進む力が衰えていく。そして、止まる力もその力を弱まらせていく。


 賽は投げられたため、もう結果が出るまでは僕ではどうすることも出来ない。進む力が勝つか、止まる力が勝つか、あるいは両者は完璧に釣り合うのか。


「――――」


 その結果は――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る