第229話 相殺

 リリスさんは驚いた顔をスーッと引かせ、瞬く間に真剣な目つきへと様変わりさせた。そして、おもむろに剣を振りかぶると、僕に向けて唐竹割りの要領で可視化されるまで力を込めた剣撃を飛ばしてきた。


「!?!?」


 三日月を立てたような形で真っ直ぐに飛んでくる、空気を切り裂き、地面を抉る剣撃の威力は言わずもがなであり、ステータスが最低である今の僕では、僅かに皮膚に掠っただけでも簡単に死んでしまいそうにしか思えなかった。


 真っ直ぐに向かってくる剣撃と、それに真っ直ぐに向かう僕。


 混乱中であっても避けられないことは当然、明白であった。


「――――」


 回避は不可能。それならばもう出来ることは決まっていた。


 ――叩っ斬る。


「…………」


 腹はもうすでに決まった。あとはどうやるかが問題だ。


 避けられなくてもステータスが万全の状態ならば、剣撃に対して剣をどうにかこうにか当てさえすれば最悪はなんとかなっただろう。しかし、今は万全とは程遠い、むしろ文字通り最低の状態だ。その中でまともに剣を振って剣撃に立ち向かったところで力負けしてごり押された結果、そのまま僕の身体が縦に真っ二つになるのが関の山だ。


 だとすると、あの剣撃に対して僕が出来る最善の策は、あの剣撃と寸分の狂い無く剣の振りを合わせることだ。それならば今の僕の勢いを余すことなく斬撃に伝えることが出来るので、剣撃を何とか打ち消すことが出来るだろう。


「――――」


 息をゆっくりと吐き、神経を研ぎ澄ませる。そして、地面に対して直角の角度で立ち向かってくる剣撃に対して、全力で剣を振れるように空中で体勢を整えた。


「――――ッ!」


 近付くにつれて高まっていく剣撃自体が放つ高圧のプレッシャー。余りの威圧に気圧されそうになるも、歯を食いしばり剣を振下ろす。


「はああああ!!」


 三日月型の剣撃を、1°も、1ミリもずらすことなく、弓の糸を張る場所から一番太い場所、そして再度糸を張る場所まで全てを剣でなぞった。


「――――ッ!!」


 リリスさんが繰り出した剣撃は、物の見事に僕の振下ろした剣で真っ二つにされ、間もなく煙のように綺麗に霧散した。


 その後、僕は不思議な感覚を体験したのだった。


「どう?それが停止のコツ」


 先ほどリリスさんの剣撃を打ち消した場所、その場所に僕はぴたりと立ち止まっていた。


「これが……?」


 不思議さの余り感じる気持ち悪さに首を傾げざるを得ない。


 通常、向かってくる魔物を斬ったとき、あるいは魔物の出した魔法などによる攻撃を物理的に斬った場合、斬った後に動かないように意識したとしても斬った場所からいくらかは動いてしまう物だ。それは斬った勢いで前に行くか、多少押されて後ろに行くかは状況によるが、最低でもどちらかには多少は動く。


 そして、魔物の勢い、もしくは魔物の攻撃の早さが斬った本人との差が大きければ大きいほど、またどちらかのエネルギーが大きければ大きいほど、前後の移動の幅は大きくなる。


「――――」


 あのリリスさんが出した剣撃を、今までで一番の早さで向かっていた僕が斬ったのだから、上記のことによれば僕は斬った場所から前、あるいは後ろに動いていなければおかしい。


 おかしくないとすれば、それは――


「これが大きすぎず小さすぎずの、ピースを嵌めるような感じですか?」


「そう、それが停止のコツ」


 リリスさんは、僕の突進する勢いに加え剣を振る力に対して、同じ力の剣撃を飛ばすことで完璧に相殺した。その技術と力の見極めには脱帽せずにはいられないが、今はそれよりも停止に関する何かをようやく掴んだ気がして、その何かが形になるのではないかと早く試したくてうずうずしていた。


「分かりました、ありがとうございます!早速試してみます!!」


 僕は頭を下げて、リリスさんの元から立ち去った。その背後で、



「まさか一回で出来るなんて……」


 リリスは弟子である真冬が停止の感覚を掴むのに、真冬が持つ推進力を完璧に見極め、それと同じ力の斬撃を数十回は放たなくてはいけないな、と内心覚悟していたため、たった一回きりで掴んだことに、しかも自分の斬撃に一発目からぴたりと斬撃を合わせられたことも含め、驚いていた。


「末恐ろしい」


 リリスの身震いは草原を駆け抜ける風に連れ去られたのだった。

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