第228話 休息

「この中からお好きに召し上がってください」


 僕はコートに付いている収納から、いつかの日に何かあった時用のために屋台で買い漁った食べ物を次々と取り出した。もちろん収納は外の時間経過が無視されているため、出来たてでモクモクと香気と湯気が食欲をそそる。


「……良いの?」


 リリスさんと食事を共にするのはなんだかんだ初めてだったが、ご飯にすると決めた時の反応からして案の定と言うべきか、リリスさんは食べ物に目がない。その証拠に、「……良いの?」と一応は尋ねられてはいるが、言葉とは裏腹に手は既に食べ物たちへときっちり伸ばされていた。


「好きなだけ良いですよ、たくさんあるので」


 僕が言うや否や、リリスさんはさくらと同じ位のもの凄い勢いで食べ始めた。


 今引き合いに出したさくらも同じなのだが、その圧倒的な力に見合わないほどリリスさんもとても華奢だ。にも関わらず、何処にそれだけの量の食べ物が入るのか、不思議でしょうがなかった。


「――――」


 一通り食事が終わり、満腹の状態では修行どころではないということで、僕たちは気が付けば真上へと昇った太陽の下で、草原を駆け抜ける爽やかな風を浴びながらゆっくりとしていた。


「リリスさん、休んでるところ申し訳ないんですけど、停止のコツって他に何かありませんか?」


「コツ……」


 リリスさんは猫がひなたぼっこをしているようなポワポワとした、完全にリラックスした表情のまま反芻した。返答を待つ間、僕は自分が停止をするときに使っていた草原の一部分を、遠い目で見つめる。


「――――」


 所々緑が生い茂っていた草原は禿げ、茶色の土が僅かに顔を覗かせていた。しかし、広範的に草原を見てみれば、その禿げた場所は気にならないほど小さく、ただただのどかな風景が広がっていた。


「――――」


 そのまま草原をぼーっと眺めながら長らく待っていたが、リリスさんからの返答が一向に無い。そのため、今一度リリスさんの方へ視線を移してみると、


「…………」


 いつの間にか横になって静かに寝ていた。


「一流は休息に関しても一流なのかな」


 ダンジョンの攻略の際、普段独りで潜っているリリスさんだが、その時だけは臨時でパーティーを組むとのことで、ダンジョンの深くまで行くためもちろん長期戦になることが多い。


 そのため限られた時間で代わる代わる交代で休憩を取っていくので、一分でも一秒でも無駄には出来ない。だからリリスさん、他ダンジョン攻略パーティーに選ばれるほどの冒険者は、限られた時間の中で休息を出来る限り最大限に取れるように、それなりの訓練でもしているのだろう。


「――――」


 それにしてもまるで死んでいるようにも思える余りの静けさに、僕は驚きを禁じ得なかった。





「そろそろ再開しよう」


 トントンと肩を叩かれてようやく僕は、自分がぐっすりと眠ってしまっていたことに気が付いた。


「!!……僕、寝ちゃってた」


 意図せずに寝ていたせいで本調子とは言い難い頭を必死に働かせて、周囲を見渡しながら自分が何故ここに居るのかを考えた。


「修行やろう」


 すでに立ち上がって剣を片手に持っているリリスさん。その姿と掛けられた言葉から眠ってしまう前に何をしていたかを徐々に思い出し始めた。


「そうだ、修行の最中だったんだ」


「停止のコツ、教えてあげる」


 リリスさんはそう言うと、数回剣を素振りし、何かを調整しているような素振りを見せた。


「お、お願いします!」


 寝てしまった直前に僕がリリスさんに尋ねた質問を覚えていてくれたことに驚きつつも、僕は急いで立ち上がり、リリスさんの元へと駆け寄った。



「剣を構えながら全力で向かってきて」


 あれだけ頑張っても一度たりとも進歩がなかった停止を、やっと攻略出来る糸口が掴めるかもしれない、と期待が高じ、少し興奮気味にリリスさんの元へと辿り着く。しかし、リリスさんは謎の一言を残して、僕から一足飛びに100メートルほど離れていった。


「――――」


 リリスさんは遠くに見えているけれど、実際本気で向かったらほんの一瞬で辿り着いてしまうだろう。

 おそらくその道中で、僕に停止のコツを教えてくれるのだろうが、いつも通りの言葉足らずさで何をされるのか、また僕は何をしたら良いのか分からないことに、一抹の不安を覚える。


 しかし、幾ら考えたところで、リリスさんが何を目的に離れたのか分からず終いであり、結局はコツを教えて貰えるらしいので、とりあえずリリスさんの言う通りに、全力で向かうことにした。


「――――」


 ステータスはまだ薬が効いているため、ほぼ初期値。しかし、効率良く身体を使うことを訓練したおかげで、そこら辺の中級冒険者よりは全然早く動ける自信があった。


「……そうだ」


 ふと思いついた、今の全力を越す全力。


 より力強く発進出来るように利き足である右足に、余計な力が入ってしまう上限ギリギリまで力を込める。予想通り、徐々に足全体が熱を帯び、今か今かとその時を待っていた。早くこの溜めた力を爆発させたい、と。


「――――」


 力の上限メーターなるものがあるとすれば、それがはち切れんばかりのギリギリのところ、そこで膨大な力を圧縮しつくした物を、今解放する。


「――――」


 何の抵抗もなく壁に突っ込んだように、身体が持って行かれそうなほどの風圧を全身に浴びる。それでも目標であるリリスさん目掛けて、体勢を崩すような真似を見せないように、気張った。


 そのおかげで、徐々に近付いていくリリスさんの驚いた表情がハッキリと見て取れ、ある種の小気味よさを感じた。しかし、師匠であるリリスさんを驚かすことが出来たというその痛快な気持ちは、文字通りそのリリスさんの手で真っ二つにされるのだった。

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