第225話 目標
渡されていたステータスを初期化する禁忌薬の入った瓶を一飲みし、今一度マルスさんとの戦いを思い起こす。
「――――」
あの時はただマルスさんに一矢報いたい一身で動いていたため、あまり細かい記憶は残っていないが、一つだけある感覚を身体が覚えていた。
「糸に引っ張られるような感覚」
歩行の修行の時は、最初は鉛を身体に詰めたような動きにくさだったが、修行を続けることで徐々にその重さはなくなっていき、次第に半自動的に足が動くように変移していった。
その半自動の感覚は、歩くまたは走ろうと思うと、身体が勝手に手順を踏んでくれるようなセミオート。
「――――」
しかし、マルスさんの時は違った。
踏み出そうとか歩こうとかの動作の意識をほとんどせずに、ただひたすらにマルスさんの元へと行き、剣を振るわなければいけないという意地がそうさせたか、中心にいるマルスさんに向けて身体が糸で引っ張られるような、言うなればそれに向けて自動的に身体が最適化されたフルオート的な感覚がしていた。
「――――」
昨日の歩行の修行で僕は、足を前に踏み出す時の体重移動と緩やかなカーブの仕方を完璧とは言えないながらもある程度は会得した。
加えて、その後緩やかなカーブを徐々に厳しめにしていくことで、学校にあるトラックぐらいの角度でならば曲がれるようにはなっていた。
そのため、直角に近い位のキツいカーブはまだ昨日の時点では出来ていなかったけど、戦いの時に出来たのはただの偶然ではないはずだ。
「――――」
何故ならステータスに任せっきりではない動きは、上手くピースがハマったからなどという偶然で出来てしまうほど、易しい物でも生半可な物でも無いからだ。
ましてや、力だけで動いている動きから、力に頼らない動きにとっさに変えること、またはその逆の力に頼らない動きから、力で無理矢理動くことは、ただどちらか片方で行動するよりも難易度が上がる。
例えるなら全力で走っている最中に足に重りを急に着けられたり、逆に付けながら走っていた時に急に外されたりする様なことと同じで、いきなり重くなったり軽くなったりするため、リリスさん達なら出来るだろうが、未熟な僕は身体の制御が間に合うはずがないのだ。
「――――」
では、偶然でないとすれば、何故あの時に僕はほぼ直角に近い動きを出来たのだろうか。リリスさんとの修行の時と、マルスさんとの戦いの時、果たして両者の何が違うのだろうか。
そう考えたとき、ある仮説が思い浮かぶ。
「そっか!」
仮説とは、方向転換する目標の有無の違いだ。
リリスさんとの修行の時は、僕はカーブを曲がることにだけ集中しており、目線はスムーズに体重移動をするため足下だけをじっと見ていた。しかし、マルスさんとの時は、僕はマルスさんが居る中心、つまり方向転換すべき場所に目標を置いていたため、ある程度習得し、昨日できる限り身体に染み込ませた方向転換の仕方を、身体が自然に適応させて直角に近い動きが出来たのだろう。
「――――」
僕は早速、草原を走り抜け、街に対して直角に鬱蒼と広がる森に真っ直ぐ向かった。
「これでどうだ――ッ!!」
森の木々にいつかのように突っ込んでいく直前、森に沿うように右に向けて目標を定め、定めた目標だけを意識しながら急に曲がった。
「――――!!」
徐々に近づく森からぴょんと飛び出た木の枝に鼻を掠りそうになる物の、枝は掠るギリギリのところで正面から左へと流れていき、目の前に広がっていた森が視界の左側に位置するように方向を意図的に転換することが出来た。
「次だ!!」
更にそこから森を背にするように右側に方向転換を重ねる。
「次!次!!次!!!」
そのまま身体が忘れないようにと、次々と方向転換を繰り返した。
最中では回数を重ねる度に精度と滑らかさが格段に上がっていくのが目に見えて分かった。加えて、慣れてきたおかげで、目標地点を決める時間的な間隔も次第に狭くなっていくため、従って曲がってから次に曲がるようになるまでの時間的な間隔も狭まっていた。
「――――」
しかし、一つ問題というか、引っかかるところがあった。
僕は今、マルスさんとの戦いの時に無意識に出来た直角に曲がることが、自分でこう動きたいという意識の元、出来るようになった。
とは言うものの、直角に曲がっていると言っても力の流れと、それ準ずる身体の動きは、飽くまでも曲線的に直角に曲がっているだけで、イメージとしては交差点を右左折する車の様。
だが、リリスさんが見せてくれたお手本の方向転換は、定規の角を沿うようなカクカクとした曲がり方で、曲がる兆しを一切見せないで急に曲がることが出来ていた。それも水が流れるように滑らかに。
僕たちの違いは何だろうか。
足を止めそう考えていた矢先、リリスさんがおもむろに近付いてきた。
「方向転換の次の段階に移ろう」
どうやら歩行と違って方向転換はまだまだ奥が深く、時間が掛かる代物らしい。
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