第224話 進歩
「――――」
身体の痛みや疲労が全て吸い取られていく奇妙な感覚で、僕は目が覚めた。
「まだ痛む?」
リリスさんは地面にぺたっと座りながら、僕の顔を覗き込んでいた。その手には結構高そうな回復薬が入っていたであろう瓶があり、空になっていることと僕が目覚める前に感じた奇妙な感覚から、リリスさんはその中身をマルスさんにやられて伸びていた僕に使ってくれたようだ。
「おかげさまで……ってそれいくらでした?」
コートからお金が入った袋を出そうとすると、リリスさんは座ったまま首をふるふると振った。
「これぐらい全然良い」
「でも……」
それでもリリスさんは頑なに首を振る。
「もうこれ以上の物を貰ってるから」
リリスさんはそう切り上げると、座った状態からゆっくりと立ち上がった。どうやらこれ以上食い下がったところで意味が無いらしい。
「それより始めよ、修行」
「は、はい!!」
リリスさんに対して僕が何をあげられたのかは今一分からないが、本人が良いと言うのだから良いのだろう。
「今日のやつを見て、どうでしたか?」
「君はどう思う?昨日と比べて」
昨日に引き続き今日も、マルスさんとの一戦で僕はあっさりと敗北を喫した。
しかし、あくまでも個人的な感想だが、昨日よりは結構良い線行っていたと思う。
と言うのも、昨日はただマルスさんに試合の支配権をひたすら握られており、始まりから終わりまで僕のターンというターンが得られなかった。そのため、マルスさんの行動に僕が対処するという後手後手に回った戦闘になってしまい、最後まで勝ち筋が一つも見えなかった。
「――――」
だが、今日の試合は昨日の修行のおかげか、手加減をされていたとは言えマルスさん主導で戦いが進められることはなく、僕が終始攻撃の権利を握られていた。だから、試合をどう動かすか、どう組み立てるかが僕の手の中で作られていく感じがしていたのだ。
「昨日とは違って、手応えはありました……でも、まだ遠く及ばない」
手応えはあるとは言っても、マルスさんは手加減をこれでもかと言うほどしてくれている。唯一僅かでも力を見せたのは、僕の出した砂嵐による姿隠しの時に出したあの足踏みで、それでも高く見積もってあれはマルスさんの本気の十分の一程度だろう。
よく言えば、冒険者2位のマルスさんの十分の一を引き出した、悪く言えばまだその程度にしか実力が付いていない。どちらにせよ今の十倍は強くならなくてはいけないだろう。
「でも、着実にやればいつかたどり着く」
「はい!!」
どんなに高い山でも、どんなに厳しい砂漠の中でも、登っていれば、歩いていれば頂上やオアシスにたどり着くことが出来る。それに道を示してくれるナビーだって、最短ルートを教えてくれるリリスさんだっているんだ。
もう独りじゃない。
「それで今日は何をするんですか?」
「今日は方向転換の精度を上げる。その後、出来たら跳躍に入りたい」
その時は無我夢中で自分では何も考えていなかったのだが、外から見ていたリリスさんが言うには、今日足踏みによって砂嵐をかき消された後、マルスさん元へと向かった際の方向転換はそれなりに出来ていたらしい。
しかし、まだ精度というか、方向転換の際にステータスによる力に頼った結果若干のラグのような不自然な箇所があり、そこを滑らかにさえ出来れば、あの時もマルスさんには剣先だけではなく、他の場所を使わせることが出来ていたはずだという。
もっとも、歩行と方向転換が完璧に出来たところで、それでもまだマルスさん自身に剣は届けられず、受け止められること請け合いらしい。
「それじゃあ頑張って」
助言はそれ以上ないらしく、リリスさんは剣の素振りを始めた。
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